橙日々1

「ネコス」シリーズの番外編を投下します。
ネコスシリーズを知らなくても問題なく読めるよう配慮はしているつもりです
今回はTS成分なしな上にテンション暗めなのでお気楽を求める方はご注意ください

【みかん・デイズ】 その1

 その少女に右手を差し出したのは、ほんの気まぐれだった。
 雨の中、傘も差さず公園のベンチに座る彼女に目を留めたのは、偶然だった。
 風呂を貸し小奇麗になった女の子を自分付けのメイドにしたのは──期待だった。


 それは、家のために生き家のために死ぬはずだったくだらない男の。
 最初にして最後の抵抗であり。ささやかにして大それた将来のための。
 小さな小さな布石だった。


 成功を積み重ねると、人は自由になれない。『誰か』はそんな言葉を私に伝え、そして私を哀れだと言った。
 この家に生まれてしまった時点で、成功してしまったのだから、と。
 前世紀から続く大手貿易会社、その頂点に君臨する橙藤家。その跡取り息子として、私、赤那は生れ落ちた。
 成功を積み重ねた名家は、そこに住む人間に成功という名の供物を求める。
 しかし『家』はいくら成功を食っても、満ち足りることはない。
 名誉を。繁栄を。さらにさらに己を大きくするため『家』は中に住む人間へ成功を求め続ける。
 まるで、怪物だ。
 私の祖父は怪物を生み出し、怪物に食われた。
 父も自らの骨身を惜しげもなく怪物へ捧げ、怪物の成長に腐心している。
 そして私も、少しずつ少しずつ手首を切っては、その都度流れる血液を怪物に献上している。
 父亡き後、怪物は私に成功を求めるだろう。私が拒否しても、取り巻きはそれを許さない。
 成功を捧げよと、『家』の信奉者が叫ぶ。
 生きるのは家のために。死ぬのも家のために。
 成功できねば、待つのは滅び。『家』という名の怪物が滅ぶとき、信奉者は駆逐され、橙藤家に住む者は淘汰される。
 私に、そんなことはできない。
 信奉者は恐怖であるが、一人一人に人生があり、家族がいる。名家で暮らす者も同じだ。
 『家』に関わるすべての人間を犠牲にしなければ、この恐ろしい怪物は滅ぼせない。しかし私にそんな覚悟はなかった。
 だから、私は今日も成功を積み重ねていく。
 『家』を、『家』に関わる者を守るため、私は自らを家に食わせるために────。
「セキナ」
 ドアをノックする音と、少女の声。
 それが、私の覚醒を促した。
「……寝ていましたか」
 目の前には、虫が這いずった跡を思わせるインク文字が白い紙面に広がっていた。
 どうやら書類をまとめているうちに寝入ってしまったらしい。
 我が身を供物にする用意は順調のようだ。もしかしたら怪物に食われるのは私の方が父より先かもしれない。
「セキナ? まだ目覚めませんか?」
 再びノックの音と、少女の声が聞こえる。
 私を呼び捨てにする人間は、父以外に一人しかいない。
「いや、起きているよ。黄花」
 ドアの向こうにいるメイド少女の名を呼び、私は一晩ぶりにディスクから身体を引き離した。

 朝日を浴びた、稲穂を思わせる美しい髪が、くすぶっていた眠気を浄化する。
「おはようございます、セキナ。朝食の用意が出来ています」
「うん、ありがとう」
 小さな身にメイド服を纏う金髪少女は、いつもの仏頂面で朝の挨拶をした。
 もう少し愛想が良くなれば、身体的な問題を差し引いても多くの人間に好かれるだろう容姿なのに、この少女は不機嫌でもないくせに不機嫌な表情を常にしている。
 人に従事する者が、そんな面持ちでは即刻クビを飛ばされてしかるべきだ。
 だが、私はこれからも彼女を傍に控えさせる腹積もりであるし、手放す気も無い。
「今日の予定は?」
「午前は書類整理。午後からはセキナの父君がお客様を連れてこの屋敷に参られるそうです」
「ああ、そうだったね」
 ハキハキと、本日のスケジュールを淀みなく暗唱する。
 見た目に惑わされがちだが、彼女はかなり能力が高い。
 雨に打たれる少女をメイドにと拾ってから一年。黄花は徐々に頭角を現し、いまやメイド長を兼任するまでにのし上がった。
 出自にこだわり、最後まで黄花を雇うことに反対していた父も、その能力の高さを知るや自分に譲ってくれとまでのたまい始めたぐらいだ。
 父は完全に『家』の傀儡に成り下がっている。
 より強い成功を求め、父は才能のある人間はすべて自分の屋敷に引き抜いている、という噂はよく耳にする。
 果たしてそれは真実であり、実際、私の屋敷にいた優秀な人材のほとんどが父の屋敷へ奉公先を移した。
 その父が、今日は客を連れてやってくる?
「セキナ? どうしました。顔色が優れないようですが」
「うん……」
 今回の訪問が、ただの顔見せでないことは明らかだ。
 考えられる可能性は、最悪の場合まで想定していた方がいい。
 例えば、私と黄花を合理的に引き離す手はずを父が整えたとしたら?
「…………黄花」
「はい?」
「君は、私のものだ」
「……承知しております」
 人間をモノ扱いする言葉にも、彼女は台詞だけ礼儀正しく、マニュアル通りに返す。
 しかし不機嫌で塗り固められた鉄面皮がほのかな朱色を帯びているのを、私は見逃さなかった。
 自惚れかも知れないが、やはり彼女にとって私は特別な存在らしい。
 それは、私も同じだ。
 たとえこの気持ちが『家』とは無縁の少女を特別と思い込むことで、橙藤家の呪縛から抜け出したいがために生まれたものだとしても。
 私にとって黄花は、なにものにも変えがたい存在なのだと、そう認めたかった。



つづく



暗い
でも『成功に縛られる』(漫画『天』より)は名言だと思います

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