長編3-1

未完成の長編を投下します
未完成のため各所で拙い点がありますがご了承ください

今北産業(前章までのあらすじ)

後輩の直哉に好意を抱く一樹は幼馴染の沙耶歌に憑依し生き返る
沙耶歌がいじめられていることを知った一樹は、紆余曲折を経て
いじめの実行犯と黒幕を退治したのだが……
6・I live you

 俺が沙耶歌の身体になってから、もうじき一週間が経つ。
 レイアウトのまったく異なった部屋で目覚めるのにもそろそろ慣れ、パジャマから制服に着替える際の硬直時間もわずかだが短縮されてきた。
 ただ、下着に対する羞恥心とか、胸を締め付けられる窮屈な感じとか、スカートの衣擦れとか。そうした男と女の性差をことさらに主張するポイントにはいまだ戸惑いを覚えるわけだが、これもまた日常の一端となりつつあった。
「んっん~」
 身体の筋を伸ばし、男だった時は全力疾走していた通学路をのんびりと歩く。
 小鳥がさえずり陽光もまばゆい、うそ臭いほどに爽やかな朝だった。

 ……その平穏が破られるのは、学校に着き、落書きの消された靴箱を開けてから、割とすぐのことだ。
「うわ、これ」
 玄関から入ってすぐ傍の渡り廊下。おそらく全学年が一日一度は通り過ぎるだろう通路の壁には、新たな旋風を巻き起こす原因がでかでかと貼りだされていた。
 【生徒会書記の逆襲! ~狙われた副会長~】
「ラノベかよ」
 清書前と変更された学校新聞の見出し文字に一瞬目を奪われ、なぜか負けた気分になりながら記事を流し読みする。
 かいつまんでいうと、生徒会書記の坂井は報道部員の一人を裏で操り、副会長を精神的に追い詰めようとしたらしい。
 まぁ、ほぼ間違ってはいない。沙耶歌が取り上げられたときと違い、今回は真実を捻じ曲げたような内容にはなっていなかったことを確認し、俺はほっと息をついた。
 雛菊は黒幕にも先輩と同じ苦しみを味あわせるのだと息巻いていたが、直前で事実だけを取り上げるようにと説得したのが功を奏したようだ。
 もっとも、彼女は「先輩がそういうのなら」と最後まで不満を表していた。おそらく納得もしていないだろうが、こういうのはどちらかが引き際をわきまえておかなければならないものだと思う。
 右の頬を殴られたら右の頬を殴り返すのでは、どちらかが倒れるまで延々と傷つけ合うだけだ。
「理想論、かな」
「────さて、どうでしょう」
 自問自答の一人芝居もだいぶこなれてきた。答えてないけど。
 俺の言っていることは感情を無視した方便だと、もう一人の自分はそう言っている。
 右の頬殴られて左の頬を差し出す聖人君子など、いまの世の中どこにもいやしない。けど、やられたらやり返す雛菊の主張が正しいとは、どうしても思えなくて。
「……はぁ」
 らしくもなく悲観的な気分を抱えたまま、俺は新聞の前から離れようとした。
「サヤカーッ!」
 直後、背後からの甲高い声が、そんなしんみりとした空気をぶち壊す。
 走り出したら止まらないイノシシでもあるまいに、声の主は勢いに任せるまま背中に飛びついてきた。
「ごふっ」
「マジごめん! もう絶対あんなことしないから! マジマジ絶対! 私、超反省したから!」
 語彙の少なさを露呈するかのように騒ぐその声で、急に飛びついてきた相手の正体を直感的に確信する。
「ゆ……日立、さん」
「うん、アタシだよ。っていうか、ユウって呼んでいいよ。そのほうが呼びやすそうだったし」
 まるで昨日のやり取りなどなかったように、優生は付き合っていた頃よく見た明るい表情で『沙耶歌』に話をかけてきた。
 なんだ、この豹変っぷりは。
「やっぱ、急に仲良くなろうなんて虫がいい? でもアタシ、マジで本当に反省したの。靴箱、綺麗になってたよね? あ、もちろんそれで許して欲しいってワケじゃなくて……アタシ、バカだからさ。たくさんたくさん、サヤカに迷惑かけちゃったけどさっ。でもっ、これからでも仲良くしたいの! お願い!」
 一気にまくし立て、急転した心変わりと懇願を口にする。が、こっちは別のことに気を取られ、彼女の胸中を察するどころではなかった。
「あの、さ」
「ダメ?」
「そうじゃなくて」
 おそらくは首をかしげたのだろう。そういった身じろぎを優生がするたびに、俺の背中には柔らかなものがこすり付けられているわけで。
「当たってるんだけど。胸」
 今の自分の身体にもついているからといって、背中でこの感触が味わえるわけでもなく、『一樹』のときですら淡白な交際しかしてこなかったせいでこれほどフランクなスキンシップをはかられたこともなく。
「へ? ……女同士だし、気にすることないじゃん?」
 するんだよ。めちゃくちゃにな。
「あ……つ、つまりアタシには触られたくもないって、そういうこと?」
「なんでそういうネガティブな発想だけたくましいんだよ、お前はっ!」
「……また、男言葉」
「あ」
 またやってしまった。
 そろり、と首をひねり後ろを見る。意外なことに、優生の表情にかげりは見られなかった。
 前は一樹に似ているからという理由で大泣きまでしたのに、いまはむしろどこか嬉しそうに俺を見つめてさえいる。
「へへ。そっくりだね、やっぱ」
「えっと、それは」
「ねぇね。もしかして演劇部って、みんなそういうモノマネできるの? アタシの声真似した人もゲキ部なんでしょ?」
「え? ま、まぁ、そうだけど」
 妙なことに関心を向ける優生に、わけもわからず曖昧な返事で言葉を濁す。
 ちなみに他の部員達の演技力が高いなんてことは、もちろんない。
「ふぅん……よし、アタシも演劇部入る」
「はい?」
 話の脈絡がフリーダムすぎだ。
「何よ。サヤカだって生徒会と掛け持ちでしょ?」
「り、理由は?」
「アタシも一樹君の真似してみたい」
 間近にある顔が、何も考えてないような瞳でさらりとわけのわからないことをのたまう。
 演劇部はモノマネ集団じゃないんだぞと窘めてやろうか。そう思ったのも束の間、いつになく真面目な口調が俺の気勢を削いだ。
「アタシは一樹君のこと、忘れたくない。覚えていたい。……だからアタシはゲキ部に入って、忘れないために頑張りたいの!」
 優生は一瞬だけ笑顔を辛そうにして、しかしすぐに声を張り上げると空元気をアピールした。
 人は、誰かに忘れられたそのときこそが本当に死ぬときだ。部長に聞かされた記憶があるのか、それとも何かの本による受け売りか、そんなフレーズが浮かんだ。
 ここにも一人、『俺』を忘れないでいると言ってくれる人間がいた。
「……ユウ」
「と、いうわけでよろしくお願いね、サヤカ師匠!」
 言葉にできない感謝の気持ちは、ぺかぺかと笑う少女のその一言であっという間に霧散する。
「ちょっと待て」
「おーっと、いきなりレッスン? サヤカ師匠もやる気だねっ」
 見事にわけがわからなかった。
「────日立さん。なんですかその、師匠っていうのは」
「もー、喋り方変えないでよ。師匠が嫌なら、アネゴにするからさ。あ、それともお姉様って呼ぶ?」
「なんでだよっ!」
「あは、戻った。じゃあお姉様で。……サヤカお姉様、レッスンをお願いします」
 イケナイ妄想を掻き立てる、艶かしい台詞だった。思春期男子的に考えて。
 そこで丁度よくというか、タイミングを計ったかのように予鈴が鳴る。
「ああ、もう話は後だ後。とりあえず、教室行こう」
「はい、サヤカお姉様っ」
「普通に呼んでくれ……」
 妙な信頼を植えつけた優生に絡まれながら、俺はどっと疲れた気分で教室を目指した。
 ありふれた日常を噛み締めるには、まだまだ問題が山積みらしい。


 高瀬沙耶歌に新しいステータスが追加されました。
 そんなウィンドウ画面が目に浮かび上がるような気分だった。
 黒幕の生徒会書記による『男を誘惑する尻軽女』という噂はいつのまにかカスタマイズされ、いまでは『男も女も食い散らかす淫乱女』という世評に変わっている。書記の特集記事で少しは蔑み系の視線も減るかと思ったのに、むしろ悪化しているわけだ。
「ほら、あれ」
「うわぁ、マジだ」
 学食へと向かうその道中、見ず知らずの誰かが聞こえよがしに噂話をささやく。
 隣の女は何者だ。あれが例のセックスフレンドだ。いや違う性奴隷だ。
 声を潜めようという気概すら感じられない下世話な会話をキャッチするたびに、うんざりとした気持ちになる。
「お姉様ー。昼ごはん、何食べるの? おそば?」
「お姉様言うな」
 噂の元凶はそんな風聞などまったく聞こえていないようで、のんきに昼食談義などしていた。
「っていうか、腕。離して欲しいんだけど」
「えー? 別に普通でしょ、このぐらい」
 俺の常識の中に、まるで恋人がするようにして腕を絡ませてくる女同士のスキンシップなど存在していない。
 朝に言葉を交わして以来、優生はずっとこんな調子だった。
 これで相手が雛菊だったならその笑顔の裏に何か画策があるのだろうと勘ぐるところだが、この少女はそういったはかりごとのできない性質だということはすでに身に染みてわかっている。
 相手のことなどお構いなしに自分の好意を捧げ、都合の悪いことは全スルー。さぞや人生楽しかろう。
「高瀬副会長。お話しが」
「ん?」
 元カノジョの軽量な脳細胞を羨んでいると、対向方面に俺と同じく注目を浴びる女の子が佇んでいた。
 その女生徒は凛とした表情のまま短く切りそろえた髪を揺らし、わずかな距離を置いて立ち止まる。
「坂井、さん」
 今朝の新聞で初めて知った書記の名前を口にして、じっと向かい合う。悪評の看板を背負う二人が揃っているせいか、突き刺さる視線の数はよりいっそう増えていた。
「……まずはお詫びします。ご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした」
「え……」
 深々と頭を下げられてしまい、俺は思わず隣にいる優生を振り返った。
 彼女もまた書記のその言葉に戸惑っているのか、きょとんと目を丸くしている。
 まさか黒幕がこうもあっさり、しかもこんな場所で正面きって謝ってくるとは思わなかったためか、腰をほぼ直角に曲げる少女を前に俺たちはただただあっけに取られていた。
「ですが、私は副会長のイスを諦めたわけではありません」
 殊勝な態度のまま、書記は自らの野心を誇らしげに宣誓する。
 そうしたアンバランスな発言に対して、ギャラリーの食いつきっぷりは容赦がなかった。
「おい、卑怯者が謝りながら何か言ってるぞ」
「開き直り? 今度はどんな汚い手を使うんだろうねー」
「しっ、聞こえるよ。あたしらも裏から狙われるじゃん?」
 人を傷つけている自覚のない悪意の言葉が、本人に届いていないはずもない。しかし顔を上げた坂井の表情は、俺のよく知る先輩のような過剰気味な自信で満ちていた。
「黙りなさい、臆病者たち」
 あろうことか、ケンカの叩き売りまで始めやがった。
「会長は言いました。副会長を目指す私の向上心は認めると。その心、素晴らしくさえあると」
「さ、坂井さん?」
「会長は言いましたっ。学生新聞ごときの低級メディアに振り回される有象無象など、大衆の中でしか声を出せないただの臆病者だと!」
 言葉が徐々に熱を持ち、舞台栄えのする発声と共に身振り手振りが激しくなる。
 どうやら会長抜きでもスイッチのオンオフは可能らしい。瞬く間に、是非ともウチの部に欲しい逸材の全力全開の寸劇がスタートした。
「会長は言いました! 自分の手を汚してでも己を磨けと! 会長は言いましたッ! 自分の足で高みへ行けと! ゆえに私は宣誓するのです! 高瀬副会長、私は貴女を蹴落とし、副会長になりますッ!」
 普通に来年の選挙を待てよ。というツッコミは、坂井の妙な迫力にけおされてしまい言葉にできなかった。もっとも、来年度に副会長へ昇格しても彼女にとっては何の意味もないことぐらい、俺でもわかる。
 坂井は、いまの生徒会長がいる生徒会で、副会長という地位につきたいのだ。それが会長に対する憧れからなのか恋心からなのかまではさすがに判別できないが、しかしその意志を認めるぐらいはしても良いんじゃないかと思う。
 黒幕行為は反省し、今度は正々堂々と副会長の座を狙うと決意表明をしてきた。具体的に何をするつもりなのかわからないが、それならばもう過ぎたことは許し、差し出された手を握るべきだ。
 その方が、絶対にいい。
「────わかりま」
「えっと……坂井? なんでアンタ。そんな副会長にこだわるのさ」
 アホの子がマックスギア状態の書記に恐る恐る質問をする。
 読めよ、空気。
「ハイテンションうぜぇ」
「会長信者か。キモッ」
 臆病者の判を押されたギャラリーたちも、ざわざわと遠巻きに中傷を口にしていた。
 勢いに呑まれ説得されたのは、俺だけだったらしい。
「日立さん。あなたを利用したことは謝ります。しかしながら、いざ事ここに至ればあなたはもはや無関係! 質問に答える義務などありません!」
 シラフとは考えがたい台詞回しで、坂井は自分が利用した相手を無関係と言い切った。
 当然、向けられる非難の目はいっそう厳しくなる。収拾のつかない状態というのは、まさにこういう状況をさすのだろう。
≪あー……オホン≫
 空気を変えたのは、校内のいたるところに設置されたスピーカーから漏れ出すわざとらしい咳払いだった。
≪生徒会から全校生徒に告ぐ。〝F〟を探せ≫
「は?」
 一瞬にして、周囲が水を打ったように静まり返る。
 多少雑音交じりだったが、その声は聞き間違えようもなかった。
「会長……?」
 最高潮に達していた書記の高揚感もクールダウンし、天の声を探して視線をさまよわせる。
 校内放送は、まだ続いていた。
≪誰よりも早く〝F〟を生徒会に入れることができた者には、報酬を与える。何でもいいぞ? 予算アップも。部活動への昇格も。もちろん肉体労働から勉学のサポートまで、生徒会は可能な限りお前達の要望に応えよう≫
「な、なな、な」
 〝F〟というのは確か、雛菊の通称だ。しかし沙耶歌と生徒会長との間でだけ使われていたその単語が、なぜ今このタイミングで飛び出してくるのかさっぱり理解できないし、したくない。
≪さあ、生徒諸君。〝F〟の謎を解き、栄光をその手につかめ! 以上!≫
 ブッ、というマイクを切った音を最後にして、放送が終わる。
 見上げていた天井から目線を元に戻すと、ギャラリーたちの目の色がすっかり変わっていた。
「なぁ、いまの放送」
「なんでも……って言ったよな?」
 会長の言葉をどよめきながら反芻し、ややあって数え切れないほどの瞳が一斉にある人物へ集中する。
「へ?」
 俺だった。
「ねえ、サヤカ」
 隣にいる優生が、おそろしく似合わない真剣な面持ちで問いかけてくる。
 口にされずとも、次に出てくる台詞がなんなのか想像は実にたやすかった。
「〝F〟って、何?」
 実際に喋ったのは一人だけのはずなのに、まるでこの場にいる全員がその言葉を尋ねたような錯覚に陥る。
 ギラギラとした眼差しでここにいる誰もが期待する回答を、果たしてあっさり喋ることができるだろうか? 無理だ。
「いや……知らない」
 つーか、怖えよお前ら。欲に目がくらみすぎだろ。
「ふぅん。坂井は?」
 優生がそう尋ねると、今度は書記に視線が集中する。
 さっきまで彼女に向けられていた蔑視はいまや、完全に〝F〟の情報に関する期待に代わっていた。
「い、いえ。私も存じません」
「そっか…………ごめん、サヤカ。アタシ報道部行ってくるからさ。お昼、先食べてて?」
 呼称を一般的な感性に戻し、優生は片手で拝む真似をすると一目散にどこかへ立ち去っていった。
 それをきっかけにして、集っていた生徒たちも思い思いにこの場から離れていく。
 めいめい飛び交う彼らの話題は、〝F〟で持ちきりだった。淫乱副会長や腹黒書記のことなど、もう誰も取りざたにしていない。
「……素晴らしいっ」
「はい?」
「会長のお心遣い、感服しました! 私は、生涯をかけてお仕えしましょう!」
 齢十数年でもう人生設計が完了したらしい。落ち着いたと思ったのに、坂井はまた暴走し始めていた。
「ああっ、こうしてはいられません。すぐ生徒会に行って、会長のサポートをしなければ!」
 ラララと歌いだしかねない勢いで誰も聞いていないことを口走ると、踊るような足取りでギャラリーたちと一緒に姿を消す。
 独りになった俺は、沙耶歌の髪を乱暴にかき上げ、頭皮に爪を立てた。
「つーか、さ」
 噂を作り上げた相手は、部長と雛菊が見つけ出した。
 噂そのものは、生徒会長の強烈で意味深な懸賞問題によって打ち消された。
 ならば俺は、何をしたのだろう。
「なっさけねぇー……」
 沙耶歌を助けてやらねばと気負っていた結果が、これだ。
 重くのしかかる無力感の後味は、とても苦々しかった。





折り返し地点にやっと突入
よければもうしばらくお付き合いください
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巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

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・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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