長編 完結

未完成の長編を投下します
今回で一応、終わります



今北産業(前章までのあらすじ)

後輩の直哉に好意を抱く一樹は少女に憑依し生き返った
好意を抱く雛菊に対して素直にならない直哉を見かねた一樹は勢い余って告白してしまう
その日の夜、身体の持ち主、沙耶歌の意識がようやく目覚めるのだった

最終章:こころの形象(カタチ)


 淡い金色に彩られた演劇部の部室で、俺は一人イスに座ってパソコンのモニターをみつめていた。
 耳を澄ませば、運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。早ければあと数時間で今度こそこの世とオサラバだというのに、やけに心は落ち着いていた。
 キーボードがパチパチと軽妙な音を立て、開きっぱなしにしているテキスト画面に文字が打ち込まれていく。
 > 本当に、ここで待つつもり?
 本来なら自由に口を動かすことだって出来るのに、沙耶歌はあえてパソコンを使い俺とのチャットもどきに励んでいた。
 誰もいない場所であたかも会話をしているような独り言を続けるよりは、よっぽど冴えたやり方ではある。
 > つい先日、あんなことがあったばかりです。部室に来るかどうかは、分の悪い賭けでは。
 意図することなく両手が滑らかに動き、沙耶歌の言葉が文字として発信される。平坦な彼女の声を頭の中で再生しながら、俺は腕の主導権交代を意識しメッセージを返した。
 > 来るよ。
 ぎこちなく左手を動かし、一字一字を確かめているようなスピードでキーを叩く。
 タッチに慣れていないわけじゃない。ただ単純に、手を動かすという行為が億劫なのだ。
 眠いです。と書いて筆談を強制終了した沙耶歌の気持ちが、今ならよくわかる。抗えなくはないが、そうすることが非常に面倒くさく感じた。
 けれどまだ、その流れに身をゆだねるつもりはない。やり残していることが俺にはたくさんある。
 > あいつは絶対に来る。
 > その自信はどこから……。
 > モヤモヤしたままは嫌いだろ、あいつ。
 > そうですか。
 片方の返信がすさまじく鈍いチャットは続く。ふと思ったが、もしこのまま待ち人が来ない場合、沙耶歌が俺の最後の話し相手になるわけか。
 考えてみれば不思議な縁である。
 幼馴染とはいえ特有の親しさがあったわけでもないし、彼女が演劇部のドアを叩かなければ間違いなく自然消滅していただろう、そんな薄い関係だ。
 なのにいまは一つの肉体を共有し、これといった諍いもないまま最期を迎えようとしている。
 普通こんな状況になったら、バカとかスケベとか散々なことを言わてケンカになってしまうと思うんだが……。
 > 一樹が私のために、いろいろ良くしてくれたことはわかっています。
 モノローグに対し、答えが出てきた。
 相変わらず俺の頭の中はだだ漏れらしい。こちらから沙耶歌の思考は読み取れないのに、少し不公平だ。
 > お節介だとも思いましたが、いじめのこと、感謝しています。ありがとう。
「……」
 ずっと後ろめたさを抱えていた。
 身体を無断で間借りし、裸を見て、会長の評価を下げ、後輩達に正体を明かし告白までやらかし。それでも『ありがとう』といわれたことで、少しだけ気持ちが軽くなる。
 俺がやったことは、バカで無駄で迷惑な真似ばかりでは、なかったらしい。
 > もう一度聞きます。本当に、ここで待つの?
 答えなどわかりきっているくせに、沙耶歌はまた同じ質問をする。
 アゴを小さく引き、その問いかけに肯定の意を表した。
 来ないなら、このまま黙って消える。
 来たら、言い残したことをちゃんと伝える。
 部長から預かった鍵を使い、このイスに腰をかけた瞬間から、俺の心は決まっていた。
 > 後悔しませんね?
「人のことより、お前はどうなんだ?」
 倦怠感が左手の操作を諦め、口を使ってのやり取りに切り替える。
 幸いにも演劇部の部室だ。もし誰かが部屋の前を通りかかっても、台詞の練習をしていると勝手に勘違いしてくれるだろう。
「会長に伝えないのか? 好きですって」
 どうやら雛菊にこっぴどく振られたようだし、今がチャンスだぞ。と冗談めかして言っても、沙耶歌は無反応だった。
 でもまあ、やたら自分の顔が熱いので彼女がどんな気持ちでいるかは、大体想像がつく。
 どうしてこの幼馴染に取り憑いたのか、いまならわかる気がした。
 俺たちは、とても似ている。
 会長のために演劇部に入り、恋敵の雛菊へ生徒会のアピールを続けた沙耶歌。
 同性だからという理由で告白せず、死後も直哉の恋路を応援しようとした一樹。
 本音を閉じ込めて、相手のために自分を殺しているお人好し同士で。
 だから、こうして引き寄せられたのかもしれない。
「勇気を出してみようぜ?」
 本気の想いを伝えることで、相手に気持ち悪がられるかもしれない。ひょっとすると、けなされるかもしれない。それは、今わの際に映る光景としては辛すぎる思い出だ。
 だけど構うものか。
 告白してもしなくても、どのみち後悔するというのなら。
 やるだけやって後悔した方が、ずっとマシだ。
「俺は玉砕したけど、お前はまだこれからだろ」
 奇妙な因果で再び絆を結んだ相手に、精一杯の激励をする。
「頑張れ、沙耶歌。お前は可愛い」
 自分が果たせなかった望みを、叶えて欲しい。
 わがままついでに、俺はそんな無責任な言葉を託すのだった。
 っていうか。
 顔、あっちぃ……。


「……い、おい!」
「!」
 締め切られたドアの反対側から、乱雑な男の声が聞こえてくる。
「来たか」
 確信が確定に変わり、パソコンを閉じて勇み立つ。
 高揚した気持ちを抑えながら、俺はドアが開かれるのを待ち構えた。
「待てっつってんだよ、福山!」
「へ?」
「ヒナ、乱暴されちゃいます~。助けてください部長さん~」
 必死な声に対し、ふざけきった女の声も近付いてくる。
 よくわからんが、直哉は雛菊を追いかけているらしい。
「え、ちょ、ちょっと、ストップ、待って」
 二人一緒に、しかもこんな険悪っぽい状況をおまけに付けて部室にやってくるとはさすがに思っていなかった。
 いま鉢合わせするのは、非常によろしくない。どう考えても、俺が喋るターンを逃してしまうような気がする。
「どどど、どうすれば」
「──もう、情けない!」
 動揺しまくる声とヒステリックな声を間髪いれずに吐き出し、とっさに教室の隅にあるロッカーへ飛び込んだ。
 以前、部長がこの中に直哉と雛菊を閉じ込めてから使用されていなかったのか、一人分が隠れるスペースは十分にある。
 内側から戸を閉め、覗き口で部室の様子が伺えることを確認し息を潜める。その数秒後に、入り口のドアが派手な音を立てて開いた。
「部長さぁ……ん? おでかけですかぁ?」
「福山! もう逃がさねぇぞコラ!」
 雛菊に続いて、直哉が悪漢の決まり文句と共に現れる。
 どうでもいいが、もうちょっと言葉は選べ。
「やぁん。ヒナ、マワされますぅ~」
 いつも以上にウザイ口調で、けらけらと笑いながら腹黒娘が部室の奥へ行く。ロッカーの小さな隙間からでは、入り口に立つ直哉の表情を窺うのが精一杯だった。
「ナオくんしつこいですよぉ? ヒナ、今日はお話しする気分じゃないのです」
「いや、聞いてもらう。聞け」
「んー……本当に問題児ですねぇ。腫れ物のように、じゃなくて、うじ虫のように扱うべきだ、と校正すべきでした」
 からかうように喋る雛菊が、公開されなかった壁新聞の文章内容を口にする。
 直哉を危険視せよと読者に呼びかけたあの記事も、やはり彼女が関わっていたのだ。
「それにしても、どうして新聞は貼り出されなかったんでしょう? ヒナはちゃんと特ダネ提供したのに、これじゃあ契約違反ですよぅ」
「何の話だ」
「高校生を二人も入院させた、ナオくんの、か~っこいい中学時代のお話です」
 明るく言い放たれる一言で、直哉の表情がスッと曇る。
「どうして、それを」
「知っているんだ、ですか? 言ったじゃないですか。ヒナは、お友達がたくさんいるんですよ~」
 のんびりとした喋りで、雛菊は自分の腹黒本性をどんどん露呈していく。
 そのあまりの豹変ぶりに、直哉は戸惑い二の句が継げなくなっていた。
「うふふふ。どうしましたか、ナオくん。可愛いヒナちゃんが、実はこんな子だったって知って幻滅しちゃいましたか?」
「……雛菊」
「ヒナ、名前で呼ぶのを許可した覚えはないのですが~」
「俺は、お前が好きだ」
「ふぇ?」
「────ッ」
 両手が口を押さえ、叫びそうになった声をすんでの所で押し止める。
 ロッカー越しとはいえ、直哉が「好きだ」と言った。そんな台詞を聞いて、舞い上がるなという方が無理な話だ。むしろいますぐこの戸を開き、俺も好きだったと言って抱き合うべきである!
「──落ち着きなさい一樹。あなたに言ったんじゃないから」
 沙耶歌の口が、小声で俺をたしなめる。
 …………うん。また、バカな真似をやらかすところだった。
 ちょっとは空気読もうぜ、俺。マジで。
「えっとー? どうしてこの流れで、そんなこと言うのかワケがわからないのですが」
「流れなんか知るか。俺と付き合ってくれ、雛菊」
 直哉が真剣な眼差しで告白をし、歩を進める。
「ヒナは、あなたのこと嫌いです」
「俺はお前が好きだ」
 思いの丈をもう一度口にして、さらに一歩、踏み出す。
「近付かないで下さい」
 それまで常に薄ら笑いが付きまとっていた雛菊の声が、初めて怒気をはらんだものに変わった。
「はっきり言わないとわからないんですか? ヒナは暴力を振るうような人を好きになりません」
 隠れている俺にまで苛立ちが伝わってくるような声調だった。面と向かった相手に掛かるプレッシャーは相当のものだろう。
 なのに、それを微塵も感じさせることなく直哉はきっぱりと言い切る。
「俺はお前を傷つけない」
「不良の言葉を信じると思いますか?」
 二人の会話はそこで止まった。
 直哉は何も言い返せないのだろうか。
 事実、過去に暴力沙汰を引き起こしたのは確かみたいだし、現在だってその気性は穏やかなんていえたものじゃない。
 けれど、根っこのところはとても優しくて、自己中心的で強引だがいつも誰かを気遣っていて、そしてなによりも、好きな奴を前にしただけでうろたえ真っ直ぐな性質をへそ曲がりにするぐらい、ピュアな男で。
 そんな直哉のことが、大好きで。
 男同士で、やっぱり気持ち悪がられるだろうけど、自分の気持ちを伝えられなかったことが、とても悔しくて。
 ……ああ、認めてやるさ。
 俺の未練は、直哉の幸せを見届けることなんかじゃない。
 好きだと言いたかった。ただ、それだけだったんだ。
「雛菊」
「まだ何か?」
 二人の会話が再び始まる。
 見ると、直哉は手を前に突き出し、右手で左の中指と人差し指を握っていた。
 何をするつもりだと、そう思う間もなく。
「俺は、お前を傷つけないッ!」
 叫びと同時に、指を握った手が外側に向かって一気に力を加えられる。
 パキ、と奇妙な音が聞こえた気がした。もしかすると幻聴だったのかもしれない。だが、苦痛を押し殺したうめき声を上げる直哉と、彼の左手の二本指が爪先を手の甲に向けているこの光景は、間違いなく現実だった。
「なお」
「何をしているんですか!」
 ロッカーから飛び出そうとした俺の声にかぶせるように、金切り声が部室に響き足音が近付いてくる。
 戸の覗き口に、慌てた様子で直哉に駆け寄る雛菊の姿が映り込んだ。
「自分で自分の指を折るなんて! バカなの? 何を考えてるの? それでわたしが動揺すると思ったの?」
 余裕に満ち溢れたフィクサー気取りから一転して、物凄い剣幕で直哉を詰る。
 それでも雛菊は、言葉とは裏腹に不良と罵った男に寄り添い、手を取り折れた指にシャープペンとハンカチを巻きつけていった。
「してんじゃねーか。動揺」
「ええそうよ動揺しているわよ悪い? わたしは、あなたみたいな血も涙もない不良とは違うの!」
「言葉遣い」
「何よ!」
「言葉遣い、それが素か?」
 雛菊が息を呑むのが伝わる。
 無垢な後輩でなく、情報通の黒幕でもない少女の素顔が、そこにはあった。
「いつものフヌケな感じのお前も好きだけど……そっちのお前も、悪くないな」
 折れた指がすさまじい痛みを訴えているだろうに、直哉はそう言って思いがけない収穫を手に入れように微笑んだ。
 わざと自傷行為に走り同情を買おうとした、そんなくだらない算段があったわけではない。純粋に、雛菊は絶対に傷つけないという己の言葉に誓ったまでだ。
 自分を痛めつけてでも、直哉はその真っ直ぐな想いを相手に伝え、そのひたむきさが彼女の仮面を剥がした。
「…………どうして?」
「?」
「どうして、あなたも生徒会長も、簡単に好きだと言えるの?」
 素の顔をさらけ出した雛菊は、弱々しい声でそう尋ねる。
「わたしは、ずっと言えなかった。好きな人に本当のわたしがどんな子か知られたらって思うと、怖くて何も伝えられなかった」
 ぽつりぽつりと、普段からニコニコしている能天気そうな顔の裏で考えていたことを吐露していく。
「同じ部活だし、チャンスはいくらでもあるからって、ずっと言えずに、ずるずる引き伸ばして……そうして気がついたときには、わたしの好きだった人は、いなくなっちゃいました」
「カズキのこと、か?」
 そこまで言われればいくら鈍感でも気がつくのだろう。
 直哉が導き出した答えに、雛菊は力無く頷いた。
「わたしの時間は、先輩の訃報を聞いたときから、ずっと止まっています。それなのに、もう他の人を好きになるなんて、できるわけがない。……考えたくも、ありません」
「いまからでも、アイツに言えばいいだろ」
「あなたは、あの先輩が一樹先輩だなんて本気で信じているの?」
 雛菊の言葉が、俺の胸をえぐる。
 いまここにいる一樹はまやかしだと、彼女はそう言っていた。
「確かに、仕草も喋り方も完璧だと思う。でも、幽霊? 憑依? そんなことあるわけないじゃない。高瀬先輩は、一樹先輩のフリをしてあなたに近付きたいだけよ。考えても見て? 男だった先輩が、男のあなたに告白なんてする? 先輩はそんな人だった?」
「言いたいこと言うじゃんか、腹黒娘」
 俺の手は今度は止まらず、また、止められることもなくロッカーの戸を開いた。
「え」
「お前……」
 戸惑いをあらわにしたぶしつけな二人分の視線が、俺に集まる。
 今までの会話を盗み聞きしてしまったことには、もちろん罪悪感がある。だが、もう大人しくしていることなどできなかった。
 本当の自分を知られるのが怖い、と彼女は言った。それは俺も同じだ。
 でも、好きな相手にまで隠していたら、一歩も前に進まない。後悔ばかりが後に残る。
「あのな、お前のそれはただのイメージだ。本当のヒナちゃんが可愛くて無邪気な子じゃないのと同じで、俺だって本当の自分を隠しているんだよ」
 傷つくことや傷つけることを恐れていて、恋愛なんてできるはずもないのに。
 俺も、雛菊も、沙耶歌も直哉も。
 みんな、心の中にある気持ちを隠していた。
「ここらで一つ。勇気、出しても良いんじゃないか?」
「か、一樹先輩のフリするなって、言ったじゃないですか!」
「──私が一樹の真似をして何の得があると?」
 突如として口調を入れ替え、雛菊の気勢を削ぐ。もっとも、狙ってやったわけじゃない。勝手に口の主導権が沙耶歌に移り、結果的にそうなっただけだ。
「──そこの不良に懸想し、近付くための手段に用いた? ハッ! 何を言っているんでしょうねこの小娘は。私の目には、あの気高き会長の他において好意を抱く対象はいません!」
 いや、一人の男として、そうきっぱり言われたら悲しいものがあるんだが。
「──史上最低の女ったらしで、その上、同性愛者! それが、私の知る本当の一樹です」
 容赦ねぇな! 相手を傷つけることを恐れてちゃいけないっつっても限度があるだろう!
 っていうか、誰が同性愛者だ!
「好きになった奴がたまたま男だっただけ……って、あれっ?」
 いつの間にか、主導権がまた俺に移っていた。……引っ込むなら引っ込むって言えよ、沙耶歌。
「……えっと、さ。それで、ヒナちゃん」
 あー、どこまで話したっけ?
 くそ、完全に水をさされたじゃないか。
「レベルの高い一人二役ですね、高瀬先輩」
「だから違うって……ああ、もうそれでいいや」
 なんだか、だんだん面倒になってきた。
 言い残したことを伝えたいだけなのに、なんでこんな風になっているんだろう。
「ああ、そうそう。悔やむくらいなら、ちゃんと伝えるべきだと思うんだって話」
「何のことです?」
「好きな人に好きだって言えなかったの、後悔しているんだろ?」
「……」
 俺が一言一言を投げかけるたびに、雛菊の表情は鋭いものに変わっていく。しかし、直哉に比べれば可愛いものだ。もともと童顔なのがさらにいけない。
「そうですね、その通りですよ。でも、わたしが好きだって言いたいのは高瀬先輩にじゃない」
 電話では顔が見えない恐怖も手伝い臆してしまった。
 だがいざ対峙してしまえば、目の前にいるのは無理矢理気を張ってやきもきする普通の女の子だ。
「俺が本当に一樹かどうか、確認する必要があるのか?」
「はい?」
「──あなたも認めたじゃないですか。私は、一樹を完璧に演じている。なら、あなたの気持ちにも一樹として答えることができるのでは?」
「…………」
「これが最後のチャンスだよ、ヒナちゃん。例え俺がニセモノだとしても、気持ちを吐き出すことが無意味なわけじゃないと思う」
「……」
 雛菊は目を泳がせ、しばらく無言のまま逡巡を重ねる。
 一樹と沙耶歌がかわるがわるに背中を押し、その効果がどんな決意を促したのか、再び前を向いた大きな瞳には強い意志が篭められていた。
「わたしは……」
 搾り出したような声を詰まらせ、少しだけ俯いて首を左右に振る。
 もう一度顔を上げると、そこには俺のもっとも見慣れた表情があった。
「ヒナは、一樹先輩のことが、好きです」
 飾り気などまるでなく、腹黒さもない、笑顔での純粋な告白。そんなストレートな好意を向けられ、不覚にも、可愛いなと思ってしまう。
「ありがとう、ヒナちゃん」
 自分を好きだと言ってくれた相手を、邪険にできるはずもない。だが、それでも俺はちゃんと言うべきだった。
 これは、俺なりのけじめでもある。直哉に抱く好意をごまかすため告白をしてきた女の子たちを中途半端な気持ちで受け入れてしまった、森実一樹という女ったらしの、最初で最後の正直な返答だ。
「でも、ごめん。俺、好きな奴がいるんだ」
 ずっと黙ったままの直哉を横目で窺う。
 何を考えているのか、その表情は複雑すぎて読み取れない。
「ひどい、ですね。フるために、わざわざ告白をさせたんですか?」
 視線を戻すと、さっきまで微笑んでいた目つきが険悪なものに一変している。
「本当に、ひどい…………でも」
 いったん言葉を区切ると、雛菊は俺の目に背を向けて、顔をごしごしと制服の裾で擦り小さく息を吸った。
 しなくてもいい失恋をさせられて、なのに彼女は晴れ晴れとした声で言う。
「ありがとうございます、さーちゃん先輩。ヒナ、ちょっとだけスッキリしました」
 気持ちを伝えることは、どんな結果であれ、無駄ではなかったのだ、と。
「さて」
 今度は自分の番だと意を決し、さきほどからずっと静観を続けるツンデレヤンキーへと足の向きを変えた。
 俺も、スッキリさせてもらうとしよう。
「直哉、俺は」
「わかんねぇ……」
 一大決心をした人の告白を、鈍感男はいとも簡単に遮ってくれやがった。
「わかんねぇよ。カズキが言ってたのはタチの悪い冗談なんだろ?」
「冗談……」
「雛菊に言われるまでもねぇ。俺だっておかしいと思っているんだよ。カズキが、俺を好き? 冗談だろ? それとも、本当はお前はずっと副会長のままで、あいつのフリをして俺をからかっていたのか? どうなんだ!」
 いままでグッとこらえていた疑問を怒涛の勢いでに俺に浴びせかけ、雛菊とは比べるべくもない凶悪な形相が詰め寄ってくる。
「お前の言葉は、副会長のものか? それともカズキか? 頼む、ハッキリしてくれ」
 両肩がつかまれ、見上げたすぐ傍に、直哉の顔があった。
「…………────演劇部部長として、です」
「は?」
 胸の動悸を感じているくせに、〝沙耶歌〟は相変わらずのアンニュイな顔で、肩に置かれた直哉の手を振り払う。
「────演劇部部長として、いまから辞令を下します」
 平坦な声と、何事にも動じていないクールな立ち振る舞いを演じて、当たり前のように目の前の男を指差す。
 そして、〝一樹〟はけろりと笑った。
「次の部長、お前な」
「はぁッ!?」
「あとは、全部お前に任せる。受け取れ」
 スカートの中から部室の鍵を出すと、行き場をなくし宙に浮いたままになっていた直哉の手を取りぎゅっと握らせる。
 そういえば俺も、部長にまったく同じことをされた。もし来年も演劇部が残っているのなら、この引き継ぎ方は慣例にしてもらえたら面白いかもしれない。
「ヒナちゃん」
 目を白黒させる直哉から顔を背け、背中を向けたままでいる雛菊にも、部長として残したい言葉を伝える。
「君の演技は、本当に上手かった。できれば、これからもこの部に残って、直哉をサポートしていって欲しい」
「…………来年はヒナが部長さんですから、サポートはナオくんの役目です」
 就任早々の部長に、さっそく下克上宣言か。
 だが、堂々と反旗を掲げる部下を前にしても、直哉はまだショックから立ち直っていない。
「はは、頑張れよ。新部長」
 愕然と口を開けたまま棒立ちになっているヘタレ男の胸板を叩き、短い激励をし、脇を通り過ぎる。
「お、おい!」
 雑な呼び止め声が吐き出されたときには、俺はもう、部室の出入り口にいた。
「じゃあな」
 笑顔のままで軽く手を振り、ドアを閉める。
 直哉がまだ何か叫んでいたようだが。
 残念ながら、全速力で部室から走り去る俺の耳に、その声は届かなかった。




「はぁ、ぜぇ、はぁ、ひぃ」
 周りの風景がほとんど夕闇に呑まれた通学路で、一人の少女が息も絶え絶えになって電柱に手を付いていた。
 ちなみに学校からこの場所までおよそ五百メートルしか離れていない。
 沙耶歌……お前、ホント鍛えろ。
「うる、さい。生徒会副会長は、肉体労働なんて、しないの、です」
 いやしろよ。
 生徒会役員である前に演劇部員だろうが、お前。というか副会長でも普通に雑務ぐらいあるだろ。
「頭脳、労働が、私の本職です。……はぁー」
 沙耶歌は一つ大きなため息をついて息を整え、背筋を伸ばして歩き始めた。
「佐川君に、伝えたかったのでは? 好きだと」
 いや、それもう済ませたし。
「はい? まさか、あんな勢いだけの告白で?」
 満足だったが、なんか文句あるか。
 っていうか、俺の考え読めてただろ?
「どんどん、聞こえにくくなっていっているんですよ、一樹の声。周りに人もいませんし、ちゃんと喋ってください」
 ああ、それ無理。
 正直な話、沙耶歌の口を動かすほどの気力、残ってない。
「………………そうですか」
 ドライだ。
 いよいよお別れなんだから、普通は泣くところじゃね? ここ。
「さて、泣くのは私でしょうかね?」
 沙耶歌に似つかわしくもない余裕ぶった台詞で、淀みなく、本人の意志で足が動く。
「歩くのは、久々です」
 感慨深げに呟き、家路へと向かう。
 おそらく俺にとって、本当に最後の最後になるだろう風景を、沙耶歌の目を通して心に刻み付ける。
 同時に、この短くも長かった奇妙な日々を振り返った。
 高瀬沙耶歌として過ごした一週間は、カーテンコールみたいなものだったのかもしれない。一度は下りた幕を再び上げ、舞台の人間は観客に何度も何度もおじぎをする。
 俺の場合、感謝を表すどころか喜劇を上演してしまったわけだが、その結果は上々だったんじゃないかと思う。
 ウケていない客だっていたし、喜劇に戸惑う客や、舞台に無理矢理引っ張り込まれた客もいた。
 でも、最後はみんなが笑ってくれたのだから。
 「森実一樹の人生」という演目は、間違いなく上出来だ。
「着きましたよ」
 なんだ、早いな。
 もうちょっと、自分に酔った締め方を続けたい気持ちもあったが、沙耶歌の家もこれで見納めだと思い頭を切り替える。

 そこは、俺の死んだ場所だった。

 修復されたガードレールの傍らに添えられたスミレの花や、すっかり薄くなったアスファルトのタイヤ跡を見るまでもなく、以前と同じく瞬間的に理解した。
「一樹」
 ガードレールの前にしゃがみこみ、じっと紫色の花を見つめる。
「あのバカな後輩には、先代部長と一緒に私が伝えておきます」
 何を。
「この世には、女同士で生まれる純愛も、男が男を好きになる恋の道も、男が女になる現象も。全部、有り得るのだと」
 元部長と組んでまで、それ、教える必要あるか?
「一人の人間の恋心を終始冗談扱いするような朴念仁には、適切な躾が必要だと思いましたから」
 どうやら、声が聞こえていなくても沙耶歌にはお見通しらしい。
 俺は本当は、満足なんてしていないことを。
 自分の恋心は、相手に認められさえしなかった。失恋さえ、俺はできなかったのだ。
 それが残念で、ひたすら無念で、とても悔しくて泣くに泣けないほど辛くて。
「一樹」
 俺に影響されたのか、沙耶歌の声が涙ぐむ。
「ここでなら、泣いててもおかしくないと思います」
 …………。
「私も、そういえばまだ、あなたのために涙を流していませんでした、から」
 そうか。
「は……い」
 なら、一緒に、泣くか。
「ええ……っ」

 それから俺たちは、宣言通り一緒に泣いた。
 一つの身体で、二人は一心不乱に泣いた。
 泣いて、泣いて、泣いて。涙が枯れるほど泣いて。
 どっちがどっちの嗚咽だかわからなくなるほど、泣いて。
 やがて。
 泣いて。泣いて。泣きつかれた、俺は。
 静かに、まどろむように、意識を閉ざすのだった。


   *   *   *


 子供のように泣きじゃくったその翌朝、鏡に映った自分の顔を見て、どうやって目の腫れをごまかそうかと長い間考えた。
 だが妙手は思い浮かばずじまいで、あろうことか遅刻までしてしまった。死人に口なしなのをいいことに、全部あの幼馴染が悪いのだという結論に至る。
 理不尽すぎる責任転嫁をしても、私の頭の中に声が響くことはなかった。
「珍しいね。サヤカが遅刻なんて」
 参加の遅れてしまった授業が終わると、クラスメイトの日立さんが好奇心をあらわにした表情で私に声をかけてきた。
 ついこの間までいじめていた相手に、彼女は気後れすることなく、まるで前からそうだったかのように接してくる。
 一悶着あった翌日に親愛を公言し、かと思いきや裏切り、また次の日には友人という立ち位置に堂々と居座る日立さんの図太さには、もはや呆れるしかない。
「バカ……」
「え、何か言った?」
「なんでもありません」
 ふいと目を逸らし、窓の外を眺める。
 彼女の元恋人が下した評価は、限りなく適切だったと実感した。
「っていうかなんか、目、すごいね。どうしたの?」
「……」
 人の事情にずかずかと踏み込んでくる少女に、呆れを通り越して苦笑すら浮かんでくる。
 私はこの同級生と、果たしてどんな友情を育んでいくのか、なんだか楽しみに思えてきた。


 お昼休みのチャイムが鳴り、これから何を食べようかと思いを巡らせながら廊下を歩いていたときだった。
「好きだ」
「!」
 無愛想がそのまま声になったかのような物言いに、私は足を止め壁際に身を寄せた。
「好きだ。好きだ。大好きだ」
「はいはーい。わかりましたから、ヤンデレさんはそれ以上近付くなですぅ」
 素っ気無い男の声とは対照的に、媚びを意識した可愛らしい女の子の声色が遠ざかる。
 そぅっと曲がり角から顔だけ出して会話のする方を窺うと、一組の男女が私に背を向けて歩いていた。
 大きな男の後姿が、小さな女の子の背中を追いかけている。
「なんだよ、ヤンデレって」
「じーじーあーるけーえす、です」
「……ますますわかんねぇ。けど、そんなお前も好きだ」
「つーん、です」
 二人は付かず離れずのまま、歩調を一切緩めることなく進んでいく。
 向かう先は、私と同じく学食だろうか。もしそうなら、最悪の場合お昼抜きを覚悟する必要が出てきた。
 躾をしてやるという約束は、しばらく果たせそうにない。
「早めにくっつけば良いのですが」
 壁にもたれかかり、ため息と一緒に独り言を漏らす。
 彼の望んでいた未来が、二人に訪れますように、と。


 空腹を抱えながら放課後を迎えた私は、いままでなら演劇部へと真っ直ぐ向かっていた足に寄り道を命じた。
 くぅくぅと鳴っていたお腹は、目的の場所が近付くに連れてドキドキという心臓の音にかき消されていく。
 体温がとんでもないほど高ぶっているのがわかる。俯いたままでいる顔が特にむず痒かった。いますぐにでも目的地の変更を要請したい気持ちでいっぱいだ。
「────ゆ、勇気を出してみよう、ぜ?」
 ぎこちなく、自分自身を他人事のように励まし、勇気付ける。
 昨日までの私ならすんなりと言えた男口調が、いまはとても難しかった。
「すぅ……」
 目を閉じて、大きく息を吸う。
 私ではない私が、恥ずかしげもなく言い切った言葉を思い出す。
「────頑張れ、沙耶歌」
 私は、可愛い。……らしい。
「うあ……」
 さらに顔が熱くなってきた。
 あのロクデナシは、なんという言葉を残していったのだろう。
 好きでもない女に向かって、可愛いなどと、正気の沙汰ではない。
 ……そんな男が嫌いではなかった私も、どうかしている。
「ふん。あの天然ジゴロ」
 顔を上げ、足早に進む。
 目的の場所、生徒会執行部はもうすぐそこだ。
「見ていなさい、一樹」
 好きな相手のために、何かしてあげたい。その気持ちは嘘ではない。
 けれど、それは献身的な『フリ』をしていただけだ。
 本音では、私も一樹も、同じことを願っていた。

 好きですと、愛しい人に伝えたい。

 気持ちを吐露することで、迷っていた道に光が差すのなら。

 たとえ傷ついても、前に進めるのなら。

「あなたの願った幸せを……いいえ」

 私は歩く。
 二人で願った幸せを、行くために。







そのうち推敲したものを一つにまとめます
拍手やコメント、ありがとうございました

これにて完結です
ご意見ご批判等あれば、なんでもありがたく頂戴します



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非公開コメント

完結お疲れ様でした!

ちょっと長くなりそうだったのでこちらで失礼します。
あと、ネタバレになりそうなので、まだお話を読まれていない方はご注意を。



特に後半のクライマックスへの収束の仕方が良かったです~
主人公のキャラクターの設定が妙を得ていて、それを自然にストーリーに織り交ぜていく手法は流石の一言でした。
また、登場するキャラクターも個性豊かで、良い意味で一筋縄ではなく物語の幅をしっかりと広げて支えているように感じました。
ヒナちゃんが黒いままで終わらなくて良かったw
ggks(じーじーけーえすと言うあたりがナイス!)などの小ネタも楽しませてもらいましたw

TS・憑依・恋愛とそれぞれの持つテーマ性が最後の場面でのカタルシス感を一層際立たせてているように感じました。
エピローグも登場人物のこれからを予期させる良い余韻を伴って爽やかな読後感を得られたと思います。
またまとめ版をじっくりと読み直してみたいです。

偉そうなことばかり言って申し訳ないです。
ただの戯れ言と流して頂ければ幸いです。

また次のお話も楽しみにさせて頂きます。
それでは~
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巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

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・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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