長編三回戦スタート

未完成のTS長編を投下します
未完成なので拙い部分が多々ありますがご了承ください

*【ネガティブ注意報】
今作はマイナス感情が目立ちます
お気楽ストーリーをお求めの方はご注意ください

長編3 1-1

 ハッピーエンドとは、幸せであることが条件だ。
 いがみ合っていた二人が和解したり、小さな事件を乗り越えて男と女が結ばれたり、あるいは死の淵にいる人間が奇跡的に回復して挨拶代わりにおどけた台詞と笑顔を浮かべたりする結末は、誰もが納得するまさにハッピーエンドの鏡たり得る展開だと思う。
 しかし現実では、幸せの絶頂期を迎えた瞬間に人生が締めくくられることなどない。いがみ合っていた二人は再び対立するかもしれないし、結ばれた男女は破局するかもしれない可能性を秘める不安定な『この先』を生きていかなきゃいけない。
 この俺、小宮恵輔の人生だって例に漏れず、和解しようがカノジョが出来ようがいつまでたってもエンドロールは流れなかった。
 もしあの瞬間に終わりを迎えられたのならば、今こんなに苦しむこともなかったのにと、考えても仕方のないことを考えながら病棟の廊下を足早に進んでいく。
 やがて、白い壁に備え付けられたベンチの一つに、恋人の姿を見つけた。俯いたまま微動だにせず、長い黒髪を重く垂れ下げるその姿はまるで物語に出てくる幽霊のようだ。
「美幸」
 近付いて名前を呼ぶと、肩がピクリと動いた。だが、それだけだった。
 いつもなら朗らかな笑顔で暖かく出迎えてくれるはずの彼女が、目に見えて落ち込んでいる。その事実が嫌な想像を後押しし、不安をいっそう加速させた。
 少なくとも、幸せが待ち構えている気配は欠片も感じられない。
「……遅刻、だよ」
 ゆらりと持ち上がった顔は、ひどくやつれていた。生気の感じられない空虚な瞳で、じっと俺を見つめてくる。
 うつろな視線を受けて心臓は痛いほどにバクバクと鳴り響き、ノドは急激な渇きを訴えた。
「けーくん」
 どろりとした暗い声が、俺のあだ名を呼ぶ。
 美幸の座るベンチのすぐ脇にあるドアからは、バタバタと騒がしい音がしていた。扉の横に添えられたネームプレートには【澤村幸平】の表示がある。
 俺の親友でライバルで、生まれる前から美幸と同じ時間を共有してきた男の名前だ。
「お兄ちゃん、ね」
 双子の妹が、片割れの名を弱々しく呟く。
 胃がキュッと縮こまり、その先に出てくるであろう言葉を耳を塞いで拒絶したくなった。けれど身体はいうことをきかず、指先一つすら動かせない。
 ざわつく心へ染み入るように、ゆっくりと、静かな声で、決定的な何かが形作られていく。

「お兄ちゃん……死んじゃった、よ」

 その台詞を耳朶が捉えた瞬間、身体中からサッと暖かさが引いていった。
 いまさら動くようになった手のひらが、顔を覆う。
 現実はいつも過酷で無情で、奇跡なんてどこにもない。
 ハッピーエンドなんて、物語の中だけにしか、存在しないのだ。

   *   *   *

 凍てついた季節の中でも最も寒さの厳しい二月。ホームルームの終わった教室で、俺は机の上に腕枕をして顔を臥せっていた。
 幸平のいなくなったあの日から、一ヶ月あまりが過ぎた。哀しみは時間と共に薄れていくというのはよく聞く話で、親友の死を受け止めることが出来る程度には、俺はもういくらか落ち着きを取り戻している。
 問題なのは、美幸の方だ。
 双子ともなれば性別は違えど半身も同然の存在であり、それを失った辛さは想像もつかない。元気を出せと励ましてやるのは簡単だが、安直な言葉は無責任で薄っぺらなものにしか思えなかった。
 ドラマとかならば『いつまでも落ち込んでいたら兄貴も心配するぜ』なんて言ってヒロインを慰めたりするんだろうが、あいにく双子の片割れを差し置いてそんなことを説けるほど俺は偉くない。
 唯一出来ることといったら、ただ黙って傍にいてやることぐらいだ。
 辛いときに傍にいて支えてやれる男になれればと願ってから、約一ヶ月。
 泣きたい時だってあったはずなのに、美幸は一度も涙を見せていない。俺が知る限りでは、笑顔もずっと封じられている。
 つまり、俺は何の役にも立っていないわけだ。
「どうすりゃいいんだ……」
 こんなとき幸平がいればと、本末転倒もいいところの考えが出てきた。そもそも幸平がいるのなら、美幸が落ち込むことも最初からないのだ。
「ねぇ、小宮」
 自分を呼ぶ声に、閉じていたまぶたを引き離す。顔をもぞりと横に動かすと、席の脇に二本の脚が立っていた。
「あんたさぁ、今日も部活に出ないつもり?」
 スカートから伸びる生脚が、ため息と一緒にお節介な台詞を吐き出す。キンキンと頭に響く高い声が「無視」という選択肢を取り除き、仕方なしに俺は顔を上げて傍らに立つ人物を睨み付けた。
「やほ、起きた?」
 男子高校生の平均と大差のない身長を有する女は、俺の不機嫌な眼光などまったく意に介さずといった様子で口元を綻ばせた。
 同性からの人気が高いのも頷ける爽やかな微笑みに、わずかながら苛立ちを覚える。
 幸平が死んだのに、美幸が落ち込んでいるのに、なんでこの女はもう笑っていられるのか、理解できなかった。
「何の用だ」
 言葉少なに用件を済ませるよう促すと、高原椿は自分の頭を雑な手つきでかきむしり、ショートヘアを揺らした。
「何の用、じゃないでしょうに。大会予選がもうすぐなの、知ってるよね?」
「……まぁな」
 予想通りと言えば予想通りの台詞に、暗い気持ちがさらに暗くなる。
 インターハイへの出場を決める大会予選は、俺の所属する柔道部にとって最も重要視される試合だ。レギュラーメンバーは当たり前のように朝練に参加し、日が落ちるまで学校の武道場に残ることが半ば義務付けられている。
 けれど俺は、ここしばらく練習に出ていない。
「自分が選抜されていることも、知っているんだよね?」
「……他の部員に譲ってくれ」
 一日サボれば取り戻すのに三日かかる。それが一ヶ月も続いてしまえば、レギュラーとしての実力など失ったも同然だ。
 それならもっと有望な部員を昇格させた方がいいのに、高原はあくまで俺の復帰を勧めてくる。
「アンタ以外、初心者の一年とか幽霊部員ばっかなの」
「一人ぐらい使えるのがいるだろ」
 いつもならここまでで会話は止まり、後味の悪さだけを残して解散していた。
「…………よ」
 しかしもう二週間もない刻限が、高原をその先へと踏み込ませたようだ。
「澤村の穴に使って、それでおしまいよ」
 彼女が言う「澤村」は美幸のことではない。そもそも美幸は運動が出来るような体力を持っていない。
「ねぇ。アンタはいつまでもそうして引きずっているつもり? いい加減、元気出しなよ!」
 苛立ちを声と行動で吐き出し、俺の机を両手で叩く。
 憤怒の形相で睨みつける高原は、その長身と相まってマネージャーらしからぬ迫力を出していた。
「柔道部のみんなにも迷惑かかるんだよ? ……澤村だって、きっと心配している。それがわかんないの?」
 言われずとも、自覚ぐらいある。せっかくレギュラーに選抜されたのにサボり続けていることも申し訳なく思っている。
 しかし浅慮な高原の台詞が、俺に不愉快と幼稚な反発心を与えた。
「言われるまでもねーよ」
「……何、その態度」
 苛立った声とケンカ腰の口調で返してやると、早くも相手のこめかみにアオスジが走る。だが俺の口は止まらなかった。
「わかった上で、俺はしばらく部活に顔を出すつもりはないって言ってるんだ。退部にしてくれて構わないって、そう主将に伝えてくれ」
「開き直るんだ。最っ低……」
 高原は怒っているのか悲しんでいるのか、それとも蔑んでいるのか。いずれにも当てはまりそうなスッキリしない顔をして、スポーツバッグを肩に背負い直した。
 小うるさい女子マネが教室から出て行くのを見届けながら、懐古に浸る。
「柔道、か」
 一年前は二人とも柔道部で切磋琢磨をしていた。当時はまだレギュラーに選ばれず、俺と幸平は場外から先輩達の団体戦を応援していたはずだ。
 歓声の中で交わした言葉は、今も耳に残っている。
『どっちが先にレギュラー取れるか、勝負しようなっ』
「……不戦勝なんか、嬉しくねーよ」
 果たされることのなかった約束を思い出し、気持ちが沈む。
 これから美幸と会うのに、俺まで落ち込んでしまっては話にならない。マイナスにマイナスを掛け算すればプラスになるらしいが、実際はマイナスが肥大化するだけだ。
 カバンを手に取り、まっすぐ昇降口へ向かう真面目な帰宅部員の波を逆流する。
 柔道部へ行くためでないことは、いうまでもない。

 教室のドアを通り過ぎ、隣の教室のドアを二つ通り過ぎ隣の隣のドアを二つ通り過ぎ、六つ目のドアの前で立ち止まる。
 別クラスの門戸に臆すことなく、俺は勢いをつけず静かに扉をスライドした。
 ドアの入り口近くにいた不真面目な帰宅部員の視線が集まる。しかし好奇心は持続しなかったようで、すぐに目を背けられてしまった。もし豆腐メンタルだったなら、軽くショックを受けていたところだ。
 不良帰宅部員の仕打ちにめげることなく、俺は教室の中を見渡した。
「美……」
 ぐったりと机に身を任せる恋人の姿が、つい先ほどの自分自身を思い起こさせる。だが男子高校生のつまらない突っ伏しとは格が違っていた。
 美幸の長く細い黒髪が夕日を纏い、肩へ背中へ机の上へと無造作に広がった姿は、声をかけることさえためらわせる絵画のような美しさを持ち────俺に詩人気取りは、無理だと悟った。
 痛々しい気持ちを、こんな美辞麗句で飾り立てて誤魔化すことなどできない。見た目は確かに絵のようだが、これはまぎれもない現実で、そのポーズも普段からは想像も付かない格好であることを俺は知っている。
 落ち込んだ姿をどれほど美しく着飾っても、虚しいだけで何の意味もない。
「美幸」
「……けーくん」
 教室に入り、美幸の傍に立つ。ひねくれた俺と違って、心なしか暗めではあるものの美幸は顔を上げてぼんやりとしたいつもの調子で呼びかけに応えてくれた。
「気分、悪いのか? 保健室行くか」
「……んーん。平気」
 放課後のざわめきに掻き消されそうな声で、ゆっくりと左右に首を振る。低いテンションとトロンと緩んだまなじりは起き抜けの表情にも見えるが、そんな安らかなものに恵まれていそうにはなかった。
「けーくん、部活は?」
「休む」
「そう……」
 簡潔にそう言うと、わずかに顔を曇らせる。
「もうすぐ大会、でしょ? いいの?」
 いいわけがない。けど、その道理を引っ込めてでも俺は彼女を優先させたかった。
「気にするな」
 ぽん、と頭に軽く手を置き、ぎこちない笑顔でうやむやにする。
 それが上手くいったのか、はたまた無意味だったのか。
「帰ろっか」
 晴れ晴れとしない気持ちを表すように、美幸は小さな声で席を立った。

 二月の冷えた空気を全身で堪えながら、ポケットに手を入れて校門を出る。
 すぐ隣には、俯き加減のままトボトボと力無く歩く美幸がいた。
 一言も言葉を交わすこともなく、俺達はただ足を前に伸ばすだけの作業を繰り返している。恋人同士のはずなのに、まるで見えない壁で隔てられているかのような居心地の悪さだった。
 何を言えば元気付けられるのか、気持ちがはやるばかりで会話の糸口は全然つかめない。
「ねぇ、けーくん」
 沈黙が破られたのは、横断歩道の手前で信号待ちをしているときだった。
「な、なんだ?」
 美幸は心ここにあらずといった目で行き交う車を眺めている。何を考えているのか、その胸中を推し量ることは難しい。
「わたし、さ」
 抑揚のない小さな声で、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「わたし……なんで、生きているんだろうね?」
 生きることに疑問を抱くとは、またずいぶんと哲学的だ。……そんな風に茶化してやれれば良かったのに、俺は出来なかった。
 続く言葉が、それを冗談ではぐらかしてしまえる話題でないことを物語っていたから。
「どうしてお兄ちゃんが、先に死んじゃったのかな?」
 美幸は、一言で言ってしまえば病弱だ。強い日差しにすぐ根を上げ、立ちくらみや体調不良を訴えることもしばしばだった。この時期に薄着をしようものならあっという間に風邪を引き、三日ほど動けない状態が続くこともある。
 だからこその、疑問だった。身体の弱い自分が生きて、柔道部の期待を背負っていた兄が死んでしまった理不尽に、美幸はずっと思い悩んでいる。
 なのに俺は、口に出されるまでその懊悩に気付かなかった。
 傍にいて支えてやりたいなどと言っておきながら、このザマだ。どんなそしりが飛んできたところで、免れようもない。いやむしろ、そうしてくれたほうがずっと良かった。
 その方が、少なくとも。
「わたしが、先に」
 先とか後とか。
「死ぬはずだったのに、ね」
 命の優先順位を決めるような台詞を、聞かずに済ませられたのだから。
「そんなこと言うなよ……頼むから」
 弱々しい俺の懇願はきっと、目の前を走り去ったトラックの音に掻き消されただろう。
 美幸は突風で乱れてしまった髪に気を遣う様子も見せず、再び歩き始めた。信号はすでに赤から青に変わっていたが、その背中はろくでもない想像を掻き立てるには十分すぎるほどの陰鬱を背負っている。
 そう。もしトラックが通り過ぎる前に、彼女が歩き出していたら?
「は、ははは」
 あまりにも情けなくて、乾いた笑い声が漏れ出す。想像通りのことが起こった場合、俺は、彼女の身体をとっさに引き戻してやれる気がまるでしなかった。
 どうやら自分は支えになるどころか、命を守る盾にすらなれないらしい。
 自分が何のためにあの子の傍にいるのか、わからなくなりそうだった。

   *   *   *

 懐かしい夢は、出会いの場面から始まった。
 当時はもっぱら公園で遊ぶ同世代たちを遠巻きに眺めるのが日課だった俺に、服装と髪型ぐらいでしか見分けが付かない瓜二つの顔が声をかけてきたのだ。
「何だお前、一人なのか?」
「わたしたちと一緒に遊ぶー?」
 いまでこそ澤村幸平と澤村美幸の違いはハッキリしているが、まだ声変わりもしていない年齢ともなれば誰が見ても双子だと理解させるぐらい、よく似ていた。それはつまり兄である幸平も一見すると女にしか見えなかった、ということであり。
「お前」
「おう、オレか?」
「男みたいだな」
 そんな感想を、バカ正直に呟いてしまった。
「あんだとゴラァッ」
 これまで大勢の人間から同じことを言われていたのだろう。最初の友好的な印象などかなぐり捨てて、頭に血が上った幸平は怒りの形相で俺の胸ぐらをつかんできた。
「ああ? やんのかオカマヤロー!」
 当時の俺も、決して温和とはいえたもんじゃない人格で、わけもわからず売られたケンカは即買いした。
 そこから先は、まるでコマ送りの一瞬だった。
 片足が内側から刈られたように絡め取られ、地面から浮く。重心がブレ、バランスが崩れる。肉薄してきた幸平の全体重が片足の俺にのしかかり、仰向けに倒れ込んでしまう。
 これが柔道の足技、『オオウチガリ』だと知るのは、少し後になってからの話だ。
 受身など体得しているはずも無いずぶの素人だった俺は、頭をしたたかに打ち付け無様にのた打ち回った。
「わわわ。す、すみません~。ほら、お兄ちゃんも謝る!」
 兄を怒り、俺に何度も頭を下げていた美幸の姿は、いまも鮮明に思い出すことができる。おそらく俺は、あの頃から彼女に心を奪われていたのかもしれない。
 もっとも、妹に叱られて不機嫌そうにしていた幸平の一言の方が、より強烈な思い出として残っていたりするわけだが。
「ほっとけよ美幸。こんな弱っちい奴」
「も~、お兄ちゃんってばぁ! ホント、ごめんねぇ」
 プンスカと怒る美幸からもう一度お詫びをされ、双子は公園から出て行った。その姿を呆然としたまま見送り、だんだん腹が立ってくる。
「よ、弱いだぁ?」
 負けず嫌いのつもりはなかった。腕っ節に自信があったわけでもない。
 ただ、女のような顔をした男にあっさり負けた上、そんな台詞を言われたことがとても悔しかった。
「上等だ!」
 強くなる。強くなって、あのオトコオンナを絶対に倒す! 笑ってしまうほど単純な目標だが、男がスポーツを始める理由なんて大抵そんなものだ。
 それから俺は柔道を習い始めた。大した理由があったわけじゃない。近場で子供向けに教室を開いていたのが、たまたま柔道だっただけだ。
 だがその偶然のおかげで俺は同じ土俵に立ち、幸平の背中を追いかけることが出来た。
 少年部で優勝を飾った男を敗退者の席から眺め。中学の卒業試合で一位を競ったライバルの栄光を隣で祝い。進学先で再会した双子の兄に闘志を燃やした。
 一方で、どっちもガンバレと能天気に微笑んでいた美幸に惹かれ。
 妹と交際したければ俺と戦えなどとのたまうシスコンから、初めて勝ちを拾い。
 それが──最初で最後の勝利となった。


 携帯の着信メロディーが、追憶に浸っていた意識を夢から引きずり降ろす。
 輪郭のぼやけた瞳が映し出すのは、適度に散らかった自分の部屋だった。美幸に言わせると足の踏み場もない有様らしいが、これはこれで整理されているんだという俺の主張は譲れない。
 寝ぼけた頭にもかかわらずすぐさま携帯電話を手に取ることができたのも、このレイアウトだからこそ成せるワザだ。どうでもいいが。
「誰だ」
 不機嫌そのものの声を出し、平日の朝から電話をかけてきたアホの正体を訊ねる。
 ベッドからずるずると這い出て時計に目をやった。針は部活の朝練さえまだ始まっていない時間をさしている。
≪恵輔か? だよな?≫
 通話口から聞こえてきたのは、女の声だった。
 だが俺を呼び捨てにする女は母親ぐらいしかいない。声は美幸に近いが、電話の相手は彼女とは似ても似つかない口調だ。呼び方も違うし、そもそもこんなシャンとした話し方をしているのを見たことすらない。
 一瞬高原の顔も浮かんだが、あの女とはファーストネームを呼び合う間柄ですらないことに気付き、もう一度問いかける。
「誰だよ?」
≪今すぐ会いたい。萩公園、わかるよな? すぐ来てくれ≫
 相当焦っているのか、電話の主は質問に答えず、矢継ぎ早に自分の要望だけを伝えてきた。当然、名乗りもしない相手からの要求を呑むつもりなどない。
 少なくとも、この時点ではそのつもりだった。
≪美幸が、大変だ≫
 困惑しているような声で不明瞭なことを最後に言い、通話が切れる。
「……なんなんだ」
 大変だという割には、行き先は澤村家ではなく地元民でも通じるかどうか怪しい公園だというポイントに胡散臭さを感じる。
 漫画だったらまず間違いなく罠がはられているパターンだ。とはいえ俺にそんなものを仕掛けてもメリットなどない。それに、動くには十分すぎるキーワードが与えられた。
 罠でもイタズラでも、電話の相手が物っ凄く不審でも、美幸が大変だというのなら俺はすぐに駆けつけてやる。
 自分のダメさ加減を昨日はまざまざと見せ付けられた。けれど、俺にできることは必ずある。あるはずだ。
 制服に着替え、枕元に置いた携帯を再び握り締める。
「……【美幸】?」
 着信履歴には、「大変」であるはずの名前が残されていた。




さて、いつ頃終わるのかな…
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プロフィール

巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

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・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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