長編4 空箱1-2

未完成のTS長編を投下します

*以下、注意事項
1:TSの話ではありません
2:女装キャラがメインにいます
3:女主人公です
4:相変わらず拙い文書です
*以上に不愉快を感じる方は、読まないことをお勧めいたします


空箱 1-2
 一度やってみればわかる、などという胡散臭さ百点の台詞に流され、ヒビキは夏コミとやらに参加することを渋々ながらも承諾した。
「ジャンルとか、そういうのは気にしなくていいから。書きたいものを、好きなように書いて下さいね~?」
「す、好きなようにって、言われても」
 文芸部の端くれである以上、これまで一通りの文章は作ってきた。しかしテーマは先輩たちから与えられたものばかりで、完全オリジナルを急に作れといわれてもどうしたらいいのかサッパリわからない。
「まずは自分の頭だけで考えてみろ。伝えたいことや表現したいことと、じっくり向き合うんだ」
 綾女に続いて、いつのまにか回復したらしい章一が言葉を繋ぐ。
「三日ぐらいかけて見つめてみれば、大抵何かしらが見えてくる。それでも駄目だった時は、俺達がアドバイスしてやろう」
「その通りです。これも練習だと思って、がんばってくださいね」
 ニコニコと、表情はいつもの綾女のままで辛らつな台詞が飛び出してくる。大げさといえばそれまでだが、ヒビキにとってその言葉は見放されたも同然の意味を持っていた。
「あ、ああ、アヤ先輩。無理。ほ、本当に、無理です」
「ヒビキちゃん、無理無理言ってたら出来ることも出来ませんよ~?」
「で、でも」
「はい、それじゃあ本日の文芸部はここまでっ」
「ほぁ!?」
 まさかの強制終了だった。
「お疲れ様~。また明日です」
「ああ、お疲れ」
「またね、お姉ちゃん」
 弟と彼氏は部長の職権濫用に戸惑いもせず、カバンを提げて部室を出て行く綾女をごく自然に見送っていた。もはや慣れっこといった様子だが、少なくとも入部してからの二ヶ月、こんな風にして話を急に終わらせられた覚えはない。
「……今年も始まったか」
 辛酸を嘗め尽くしたような苦い顔をして、章一がため息をつく。
 ヒビキの視線に気付くとすぐに元のポーカーフェイスを纏い、冷徹さを含むいつもの声色を取り戻した。
「俺はまだここにいるが、君らはどうする?」
「ボクは帰ります。小説のこととか考えておきたいですし」
「稲木弟は慣れているだろう? 文芸部に入る以前からアヤの手伝いをしていたのだから」
 同じ一年生なのに、フミがやたらと事情に通じていたのはどうやらそういう理由らしい。
 彼は苦笑いで章一の問いかけに答えた。
「うーん。売り子は慣れてますけど、作る側って言うのは初めてですからねー。何とも言えません」
 言いながらカバンを手に取り、髪とスカートを翻して部室の入り口に向かう。
「武内はどうする?」
「わわた、わたし、も、帰ります」
 目線を遣されただけで緊張してしまう相手と二人きりだなんて、まさしく身の縮むような話だ。翻弄される章一に親近感を覚えているとはいえ、苦手意識はそう簡単に払拭出来るものではない。
「そうか。気をつけて帰れ」
 第一声をつかえながら喋るヒビキにさしたる興味はないのか、本棚から一冊の文庫本を抜き取ると章一は愛想のない義務感からの挨拶を最後に口をつぐんだ。
「お、お疲れ様です」
 テンプレート化した台詞だけは難なく出てくるのだから、不思議な話だ。
 部室の入り口で待機しているフミの下へ歩み寄る。
「武内」
 背中で聞いた不意打ちの声は、飛び上がりそうになるぐらいの圧迫感があった。
 顔を見ながら聞くのとはまた違う単体での威力に、心臓が悪い意味で波打つ。
「三日といったが、あくまでそれは目安だ。煮詰まったその時はいつでも力になる」
 恐ろしく感じていたのが失礼なほど、それは後輩を思い遣った台詞だった。だからといってすぐに態度を改められるかといえば、無理と答えるしかないのも現状であり。
「あ、ありがとう、ございます」
 どうにかお礼を述べると、逃げるようにして部室を出て行った。
「……難儀だな、お互い」
 ヒビキの言葉が伝わったのか伝わっていないのか。
 章一は文庫本に目を落としながら、そんな呟きを漏らした。

 夕暮れというには暗すぎる雲は、いまにも雨粒を漏らしそうな色合いを出している。
「雨が降りそうだねー」
 ヒビキが思っていたことそのままに、憂鬱そうなフミの声が隣から上がった。
 予報では明日の朝から降り始めるらしいが、今にもポツポツと来ておかしくなさそうだ。
「キョウちゃんは、傘持ってる?」
 首を横に振る。家を出るときは晴れていたし、荷物がかさばるからという理由で傘は携帯してこなかった。
 駅までの道のりは長く、急に降り出したそのときは雨宿りをするか走るべきか迷うところだ。
「ボク、折り畳みのやつ持っているけど、良かったら家まで送っていこうか」
「えっ、いえ、いいです。そんなっ」
 今度は声に出して否定を強調した。
 フミと相合傘など、不整脈を起こして倒れかねない。それならば体力にいまいち自信はないが、駅まで全力疾走したほうが心臓への負担は結果的に少なくなるはずだと思った。
「あーごめんごめん。『一緒に帰って、噂とかされるの恥ずかしいし』だよね?」
 一緒に帰って噂される何も、たった今並んで歩いている。
 フミの台詞はたまに理解が及ばない。綾女といい、つくづく妙な姉弟だ。
「一緒は確かに、恥ずかしい、です。でも」
「でも?」
「嫌じゃ、ないです」
 不得手な会話は赤面を呼び、緊張が動悸を問答無用で激しくさせる。だがいま感じているこの胸の高鳴りに、不快感は抱いていなかった。
 フミと接していると、まるで自分も強くなれるような勘違いをさせてくれる。
 彼の服装は当然だがたくさんの注目を集めている。女よりも女らしい容姿は一部で熱烈なファンを獲得しているらしいが、多くの人は女装男に対する偏見の眼差しを向けていた。
 それでも、彼は決して女装をやめない。奇異の視線や心無い言葉に少しも怯むことなく、フミは今日も長い髪で風を切り、制服のスカートをひるがえしている。
 ヒビキは自分の中にはないその『我の強さ』に、憧れていた。よりにもよってこんな男の人に、と初めは思ったが、しばらくするとそんなことは気にならなくなっていた。
 フミは確かに女装男だが、その立ち振る舞いはどこからどう見ても女の子だ。本人も、似合っているのだからいいではないかと悪びれる様子もない。
「フミさんと話すの、好きです」
 出会ってすぐに失神させられた相手に、好きですと伝えられるほど暖かな気持ちでいられることは、なぜだかとても喜ばしく感じた。
「ふぅん、そっか。キョウちゃんは優しいねー」
「優しい?」
 会話の前後がどうにもちぐはぐだが、いちいち気にしても仕方ないしツッコミを入れるだけの勇気も出ない。
 だからヒビキは、優しいと言われことを素直に受け止めた。
「ありがとう、ございます」
「ゴザイマスはいらないから。ボク、同級だよ? ってこれ、もう二ヶ月ぐらい前から言ってるよね」
「あ、あは……」
 くるくると話題の方向性が転換し、答える言葉を見失う。独白モドキの台詞に対して何と答えればいいのかわからず、ヒビキは取り合えずとばかりに苦笑いを浮かべた。
「なかなか敬語が抜けないよねー。まぁ無理強いはしたくないけどさー」
 台詞量の異なる、というよりもほとんどフミが一方的に喋っていた雑談は駅に着くまで続けられ、折り畳み傘が披露されることは最後までなかった。


 件名:【ゼロスキタ────ッ!!】。
 着信メール用の短い着信音が奏でられていた携帯電話を開くと、まずそんなタイトルが目に飛び込んできた。
「カナ……」
 深夜にも関わらず、幼馴染は相変わらず元気一杯だ。
 メールの中身も相変わらずで、彼女が現在夢中になっている漫画『ダブルオーズ』についての感想がぎっしり詰め込まれていた。
【今週のW.O読んだ? レイズのピンチに颯爽登場とか、ゼロスマジツンデレ! 早くもアニメ化の予感!】
 書かれている内容の半分ぐらいが理解できない単語を並べ立てられるものの、その大興奮はありありと伝わってきた。
 『ダブルオーズ』は、未来だか別の星だかわからない世界で、特撮モノっぽいスーツを着た男二人が戦うストーリーだ。主人公はレイズという少年で、敵の代表にゼロスというキャラがいる。
 あまりに強く勧められたので一度だけその漫画が載った少年誌を買い求めたこともある。が、専門用語や激しいバトル描写ばかりが目立ち、それ以来作品には触れていない。
「ライバルが主人公を助けたのかな?」
 普段からいがみ合っている二人の共闘は、バトルものならばお約束の展開である。
 使い古されたシーンなのに、読者はそれに飽きない。奇抜な展開などなくとも、惹き付ける魅力があるのだろう。
 きっとそれは、漫画にも小説にも、人間にも当てはめられることのような気がした。
 まばゆいほどの魅力があれば、女装男だって、憧れになる。
「……うん」
 小説を、書こう。
 つまらないし、ありきたりな話になるだろうけど、構わない。自分が文芸部に入ったのは、優しい綾女や厳しい章一に挟まれてうろたえてばかりいるためではなく、少しでも変われればと思ったからだ。
 幼馴染のいない高校で、三年もの間どう過ごしたものかと迷っていた入学式の日、ヒビキは女装姿で文芸部の部員勧誘をしていたフミと再会した。
 臆することなく元気いっぱいに声を張り上げていた彼は、とても眩しかった。あんな風に堂々としていられたらと、あのとき抱いた憧れは日々膨らんでいる。
 自分も輝いてみたい。小説を書くことが自信につながるというのなら、ペンを手に取ろう。
「書ける、かな」
 手の中にある、漫画の感想を限界文字数まで語りつくした幼馴染へ問いかける。だが、すぐに首を振った。
 書ける書けないではない。
 まずは、書いてみようと思う所からだ。

***

 机の上には、罫線の引かれたノートが広がっている。いや、よくよく目を凝らしてみれば白い紙の片隅には黒い点々が印されていた。点と点を線で結べば何がしかの絵が完成されるというわけでもなく、過密状態の黒点はノートの汚れにしかなっていない。
「むー……」
 白面がそれほどまでに気に入らないのか、ヒビキはノートを睨みながらうめき声を上げ、鉛筆でのノックを加算し続けていた。
「ヒービキッ」
「ぅやん!?」
 両肩の重みに驚いて、後ろを振り返る。
 鳴子が、健康的な笑顔を覗かせてヒビキの両肩をつかんでいた。
「あ、あれ?」
 辺りを見回してみると、クラスメイトの数が明らかに減っていたことに初めて気付く。
 朝に登校してきたときは欠席者などいなかったのに、今は自分と鳴子を含めても十人に満たなかった。
「み、みんな、どこにいったの?」
「どこって、そりゃあ学食とかじゃない? 昼休みなんだし」
「え」
 教室の時計を見上げる。九時前だったはずの針は、いつの間にか昼の十二時を過ぎていた。
「なーんか、ずっと考え事してたよね。授業もそっちのけでさ」
「わ、わわわわわわわ」
 胸の底に悪寒が走り、息苦しさが募る。朝のホームルーム時から記憶がないということは、つまり四教科分の授業をサボったも同然のことをしでかしてしまったわけだ。サボりなど今までしかことがないヒビキにとって、その事実はあまりにも心細く恐ろしいことだった。
「わた、わた、わた、わたし、どどどうしようっ?」
「ちょっ、ヒビキ落ち着いて。平気だから。先生たち誰も気にしてなかったし」
「ほほ、本当、に?」
「本当本当。はい、深呼吸ー」
「う、うん。すぅ~~~~~~……はぁーーーっ」
 鳴子の言葉に従って大きく息を吸い込み、吐き出す。
 気持ちに冷静さが戻ってくると、今度はこんな些細なことで取り乱してしまった自分が情けなくて恥ずかしくなる。
「帰りたい……」
「大丈夫大丈夫。そんなヒビキがめーちゃんは大好きだから」
 頭を撫で、フォローになっているのかかなり微妙なラインの言葉で鳴子が慰めてくる。彼女の優しさはありがたく頂戴するものの、このままで良いはずがない。
 こんな小心者でも、小説を書き上げれば何かが変わるのだろうか。……早速自信をなくしかけている。
「それで今日はどうしたの? 悩みごとあるなら相談に乗るよん」
「え……と」
 明るい声とおどけた口調で、親友はさらに優しさを上乗せしてくる。黙っている方が申し訳なく感じるほどだ。
「ご、ごめんね。今、話すから」
「うーん、まるで脅迫されたから仕方なく言うって感じだね」
「ひぅっ!?」
「あははは、冗談冗談。謹んで拝聴いたしましょうっ」
 鳴子の冗談は、とても心臓に悪い。
「えと、部活でね。小説、書くの」
「小説? ヒビキ小説書けんの? すっげー!」
 鳴子が口を開くたびに、話すための気力と体力が減退していく。相談に乗ってくれるというのなら、大人しく最後まで聞いて欲しいと思うことはわがままだろうか。
「す、凄くないよ。話、全然浮かばないし」
 書こうと決心したまでは良かった。
 しかしいざペンを手に取ると、何をしたらいいのかがわからなかった。ストーリーの書き方は確かに文芸部の先輩から学んだが、アイディアの出し方など一度も練習していないのだ。
「わたしもう、頭ぐちゃぐちゃ」
 書いてみようと思うことが大事だとか偉そうなことを言っておきながら、このザマだ。叶うのなら昨夜の自分を思いっきり叱りつけてやりたい。
「んー、それって、タイムがなかなか伸びないのと同じ感じなのかなー?」
「ごめん。わかんない」
「あはは、だよねー。でもま、ヒビキの悩みはわかった!」
 ことさらに明るく言い放ち、鳴子が親指を立てる。
「メイ?」
「ここは、親友のめーちゃんに任せなさい! ベストセラー作家だって夢じゃない!」
「え、え、え?」
 意味のさっぱり通じない太鼓判に戸惑い、またまた混乱の予兆が芽生える。ヒビキを安心させたいのかパニックに陥れたいのか、鳴子の言動はいちいち予測不能だった。
「放課後を楽しみにしてなさい。ベストフレンド」
 芝居がかった口調を置き土産にして、教室を出て行く。
 その背中を見送りながら、なぜ自分の周りには強気な人間しかいないのかとの思いが頭をよぎった。
「わたしが、変なのかな」
 声はざわめきにかき消され、教室の中に溶けていった。


「な、なんだあの剛速球は。あ、あの男、まさか!」「ふ、そうさ僕が虹見高校野球部のエース、〝魔球の鈴木次郎〟さ。そらそらそら!」「ぐわー打てない、こんなの打てるわけがない!」「諦めるな、まだ俺たちには〝神速の盗塁王、椎不速男〟がいる!」「ああ俺に任せろ!」ダダダズザー!「ば、バカな。こ、この僕が盗塁された!」「やった俺たちの勝ちだー!」


「これはひどい」
「えー、どこが?」
 素直な評価をそのまま口に出したら、さらに頭が痛くなりそうな疑問で返されてしまった。
 放課後になり、満面の笑みで手渡された鳴子のノートには、台詞と効果音が書きつづられていた。本人いわく、小説らしい。
「突っ込むところ、たくさんすぎる」
「例えばどのへん?」
 煮詰まった自分に代わって話を考えてくれた鳴子の心遣いは、もちろん嬉しい。だが、いくらなんでもこれを小説とは呼びたくなかった。
「会話文だけでわかりづらいし、すごく読みづらい。改行して欲しい。『!』も多いし台詞が全部説明的。あと名前のバランスも変。そもそも話の流れが無茶苦茶すぎるよね」
 剛速球なのに魔球だったり、打てない球なのにのにいつのまにか出塁していたり、そもそも盗塁で得点は入らないだろという見事なまでに悪い例を網羅していた。
「はー……」
 鳴子は目を丸くして、呆けたような吐息を漏らしている。
 その態度の意味に気付き、慌てて平謝りする。
「あっご、ご、ごめんっ! ごめんね! え、偉そうなこと、言って!」
 自分では書けないくせに人の書いてきたものには浅知恵で批判をするなんて、恥ずべきことだ。いますぐ帰りたい。というか、もう帰る。放課後だしちょうど良い。
「いや別に気にしなくていいよ。それより、さ」
「そ、それより?」
「よく喋るヒビキなんて、新鮮だよね。なんか格好良かった」
 八重歯を見せて笑う鳴子の言葉を聞いた瞬間、電流のような衝撃が全身を駆け巡る。饒舌などと言われる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
「かっ、こっ、て、そんそん、そんな、ないっ。ぜ、絶対!」
 電波でも受信しているのかというぐらい、どもりまくる。どうやら元々ポンコツの言語機能がさらに益体無しへ退化したらしい。
 輝きたいとの願望はあったがせいぜい豆電球位の明かりでいいのだ。饒舌だの格好良いだの、不相応にも程がある。
「くぅ~っ、さっきのヒビキもいいけどやっぱこっちよねこっち。マジ可愛いっ!」
「むきゅうっ」
 鳴子はヒビキの頭を捕らえると、年頃並に隆起した自分の胸へと抱き寄せてきた。
 柔らかな感触を頬に受け止めたことより、圧迫による息苦しさへの抗議として瀕死のハムスターのような呻き声があがる。
「は、はあひてぇ。ふぇい~」
「ハッ! わりっ、平気?」
 幸いにして鳴子はすぐに自我を取り戻した。
 同性の抱擁から解放され、乱れた呼吸をゆっくりと整える。
「あうぅ~」
「もー、そんな警戒しないでよ。ウチの部じゃ日常茶飯事だよ?」
 最近とみに思うが、この学校はどこかおかしい。女装男が堂々と校内を闊歩している時点で、それに気付くべきだった。
「わ、わたし、絶対にメイの部活に行かない」
「そんなこと言わないで、一度見学してみてよ。マスコットがいると部全体のヤル気が二倍。可愛い子ならさらに倍。そしてヒビキなら四倍だーっ!」
 訂正の必要を感じたので、もう一度。
 この学校に通う生徒は、とってもおかしい。
「い、いまは文芸部、忙しいから。また今度、ね?」
 小説で手一杯なのは事実だ。仮に書きあがったとしても、人をマスコット呼ばわりする部活の見学に行きたいとは思わないだろうが。
「そう言えば稲木先輩も文芸部だっけ?」
 急に知り合いの名前が出てくる。先輩ということは、きっと綾女の方だ。
 稲木姉弟の有名ぶりは、この学校に通う人間ならば誰もが耳にしている。姉はその性格と容姿から、弟は主に服装から話題を呼んでいた。
「女神サマは後輩が悩んでいるのに、手伝ってもくれないわけ?」
 綾女の慈愛っぷりは天井知らずで、一部からは女神とさえいわれている。もっとも鳴子の口調は冗談めいていて、本気で綾女を崇めているわけではなさそうだった。
「えと、頼るなって言われて」
「それ先輩が言ったの? 超スクープじゃん。【呆れた女神の正体!】って感じ」
「運動部、だよね? メイ」
 そういうのは新聞部の仕事です。
「言ったのは、違う人」
「あー、じゃああの変態かぁ」
 一個人に向けた悪意のない呼称を、臆面もなく鳴子は口にする。彼女が言っているのはもちろん、このおかしい生徒だらけの学校でもトップレベルにいる女装男のことだ。
 確かに、まともな感性から見ればフミの格好はどう考えても異質で、そのせいで悪口雑言によるレッテルは生徒のほとんどから貼り付けられている。しかし当の本人はといえば、中傷なんかどこ吹く風で受け流していることも、ヒビキは知っていた。
 ────なのに。
「め、メイ」
「うん?」
 親友の口から、自分の憧れの人を悪く言われるのが、なぜだかとても我慢ならなかった。
「フミさんのこと、よく知らないのに。そういうこと言わないで」
 気持ちとは裏腹に、紡いだ語調は懇願するようなか弱さをまとっていた。
 鳴子は怪訝な顔をしている。弱気で臆病で小心者の友人がこともあろうに口答えをし、誰もが認める変態男を擁護しているのだ。驚かないはずがない。
「まさかアンタ……」
「は、はいっ」
 探るような鳴子の視線が、身をすくませる。鬼教官に目をつけられた新兵の気分とは、こんな状況を指すのかもしれない。
「あの男のこと、好きなの、ラブなの? 愛しちゃっているわけ!?」
 突然、憤りをあらわにして詰め寄られた。
「え、え、え?」
 迫り来る親友の、初めて見る形相に怯えるよりも混乱が勝る。
 鳴子の言葉をゆっくりと噛み締めるように反芻し、その意味を紐解いていった。
「うあうあうあうあ」
 思考力が臨海突破し、再び電波を受信する。同時に、風邪を引いたときなど比較にならないほどの熱っぽさが身体中を走る。
「ひゃっほう、顔真っ赤だぜベイベー! アタシの片足どころか両足をつかんでずぶずぶ引きずり込むつもりかこのー!」
 なにそれこわい。
 怒涛のごとく意味のわからない台詞をなぜかホラー風味にしてお送りする鳴子に、ヒビキの神経はねじれ切れそうだった。
「えうおおおあおうぇい」
「テンパるヒビキかーいい! あんな男に渡すぐらいならもうアタシが嫁にもらうし!」
「むぎゅうっ」
 また抱擁される。さっきよりも胸に押し付けてくる力は強く、もがいても一向に離れなかった。
 同級生の胸で窒息死など、ギャグにもならない。きっと情けない死に方日本一ぐらいには輝けるだろういや輝けるのならそれもいいかなと朦朧とした頭が推奨するそんなバカな。
「居たぞ、鳴子だ!」
「んあ?」
 突如、鋭い声が飛び込んでくる。
「こちらチームブラボー、高橋選手を発見。捕獲作戦に移行する」
 続いて聞こえてきたのは、最初のものとは違う冷静さを保った声だった。
「え、ちょ、こら離せ、アタシはヒビキ分の補給がまだ」
「やっかましぃ! さっさと部活に出ろこの阿呆!」
「わーわー! どこ掴んでんだおいこら脱げる脱げる脱げるぅ!」
「……ふにゅう」
 圧迫から抜け出したばかりの酸欠気味の脳みそが捉えたシーンは、ジャージ姿の女子数名が鳴子を引きずりながら教室を出て行くというコントのような光景だった。
「チームブラボー、高橋選手を確保。グラウンドへ連行する」
「ヒービーキィーッ!」
 携帯電話で誰かと連絡を取る少女が廊下に出て、くるりと教室の中を振り返った。
「お騒がせしました!」
 なぜか敬礼をし、同時に鳴子のセーラーカラーを引っ張るもう一人が、教室の扉を閉める。
 まるで舞台に幕が下ろされたような印象を与える流れだが、あいにく廊下からは鳴子とさっきの女子の怒鳴り合いが聞こえてくるため、いまだに夢覚めやらぬ気分だった。
 この学校の生徒は、どこかおかしい。が、その筆頭はフミではなく鳴子を始めとする陸上部の面々ではないかと、たった今から思うことにした。
「……あぅ」
 フミのことを思い出し、連鎖的にさきほどの言葉も強制リピートされる。
 憧れは、恋とは違う……たぶん。恋をしたことがないのだから、断定は難しい。けどそれなら、胸の奥で高鳴るこの気持ちはなんと呼べばいいのだろう。
 答えは、いまは出せそうになかった。





文体が一人称だったり三人称だったり
統一しなければ
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巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

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・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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