空箱2-2

未完成の長編小説を投下します

*以下、注意事項
1:TSの話ではありません
2:女装キャラがメインにいます
3:女主人公です
4:相変わらず拙い文書です
*以上に不愉快を感じる方は、読まないことをお勧めいたします


前章のあらすじ
 女 神 暴 走 


空箱 2-2

 【相手の気持ちを知ろう作戦!】
 カート付きのホワイトボードがキュッキュッとこすれる音を立て、一見すると走り書きのような荒々しさがある整ったそんな文字が書き出された。
「な、なんですかそれ」
「作戦名ですけど?」
「いえ、そっちじゃなくて」
 握っていたペンを置き、綾女はニコニコとしたまま的外れなことを答えた。そもそもここ文芸部にはホワイトボードなど存在すらしていなかったのだが、五分後にはこうして一式揃えられている。
 こんなもの、いったいどこから持ってきたのだろう。
「こうなったら腹をくくれ、武内」
「え、でも」
 協力をしてくれるという心遣いはありがたいが、自分の問題に横から口を出されるのはあまり好ましくない。恋愛ごととなれば、なおさらだ。
 しばらく静観してくれた方が、気も楽になるのだが。
「安心してくださいヒビキちゃん。私たちが、あなたをとびっきり素敵にしますから!」
「……アレを止められるものなら止めてみろ」
 恋人をアレ呼ばわりし、諦めの入った調子で投げやりに促してくる。
 章一が無理なことをヒビキが出来る道理などない。どうせ一人ではそのうち行き詰っただろうし、遅かれ早かれ手伝ってもらうことになるのなら素直に手伝ってもらった方がいいという、卑屈な言い訳をする自分もいた。
「よろしくお願い、します」
「承った。では、まず最初に聞きたいのだが」
「あは、なんだかんだいって章一さんも乗り気じゃないですかー」
「無駄足や空回りというものが、俺は嫌いでね。協力をするのなら、ちゃんと力になってやらねばならん」
 誠実さをうかがわせる台詞を当たり前のように言い、指で眼鏡の縁を押し上げる。
「それで、武内」
「は、はい」
「どのようにして、振られた?」
 真面目な表情のまま、傷口に岩塩を塗り込んできた。
「い、言わなきゃ、だめですか」
「まずは稲木弟がどう思っているのかを知ることが、最初の一歩だ。告白を断ったときの台詞や、表情、間。それら全ての情報を使って相手の気持ちを推察する」
 表情筋はほとんど動かさず、機械的に質問の意図をまくしたてる。
 真っ直ぐ見つめてくる章一の目は、沈黙を許してくれそうにない。ヒビキはその視線から逃れるようにして俯き、懺悔をする気持ちで、とつとつと語った。
「や、ヤダって、平気な顔して、言われました」
 その上、即答だった。が、そこまで伝えきるより先に心が折れる。
 これ以上喋っていたら、ズブズブと気持ちが沈んでいきそうだった。
「それだけか? どうして「ヤダ」なのか聞いてないのか」
 頷く。疑問はもちろんあったが、それよりも受けたショックの方が大きく、すげなく振られたあとは一目散に部室から出て行ってしまったのだ。
「…………アヤ、後は任せる」
 あっけなく見捨てられた。
 情報だの推察だのとうそぶいていただけに、章一の評価が驚くほど下落していく。
「んー、嫌われているようには見えませんでしたけど」
 彼氏のフォローのつもりか、綾女が話題を引き継ぎ気持ちの浮上することを言ってくれた。
 株が暴落していくのを感じていたのか、少しだけ焦った口調で章一も賛同を示す。
「あ、あぁそうだ。むしろ好意的だと思っていた。合作をしてみろといったのも、そういう見立てがあったからだ」
 その言葉で自分が小説を書くことを完全に忘れていたのに今更ながら気付いたが、それはまた、別の話だ。
「合作って、夏コミの話ですか?」
「ああ、だが今の状況で話を作れというのは酷だな」
「いいえ。むしろ、何が何でも二人をくっつける理由が出来ました」
 小さく握りこぶしを作り、疑問符を浮かべていた綾女の表情がじわじわと喜色を纏っていく。
「女子高生の恋愛実体験レポート……これは、イケます!」
 笑顔が弾けて混ざるのに、さほど時間は掛からなかった。
「さあヒビキちゃん、ウオーミングアップは終わりです。そろそろ本気で行きますよ!」
 テンションをあげる綾女を見て、あぁ『スイッチ』が入ったんだなと、なんとなく理解できてしまう。
 女神の偶像は、修正よりも一度粉砕した方がいいかもしれない。

 【私だって女の子だよ作戦!】
「なんですか、それ」
「え、だから作戦名ですってば」
 キュキュキュと軽快な音を立てて書き綴った題字に、綾女自身は何の疑問も抱いていないらしい。
 ホワイトボードの平板には早くも二つの作戦名が並び、前の作戦には大きなバツ印がかぶせられていた。
「アヤ。なんだその、がさつな幼馴染が密かに思いを寄せていた男に向けて言ったような台詞は」
 やけに具体的で物語的なツッコミが入る。
 ナンノコッチャと思ったが、想像してみればなるほど納得できるシチュエーションが浮かんできた。
「さすが章一さんです。わかっていますねー」
「……お褒めに預かり恐縮だよ。それで? 具体的に何をするんだ?」
「そんなの決まっています。ね、ヒビキちゃん」
「は、はいっ」
 笑顔の綾女に名前を呼ばれ、全身に緊張が走る。
 以前と同じ優しい声には違いないのに、イメージが砕けた今では、もう心穏やかになることが難しくなっていた。
「女装男と女の、決定的な魅力の差を見せ付けてあげましょう!」
「え、え、えと?」
「つまりコスプレです!」
 話が飛躍し、大気圏を突破していた。
「頼むから、俺にも理解できるように喋ってくれ」
 ヒビキの思いを、章一がそのまま代弁してくれる。頭でも痛いのか、こめかみのあたりをぐっと手のひらで押さえつけていた。
「この前読んだ本に書いてあったんです。『コスプレで落ちない男はいない』らしいですよ?」
「アホか、と感想を送っておけ」
「いくら女装が似合っていても、やっぱり女じゃなきゃ出来ないコスがあるんですよ。ヒビキちゃんにはそこを攻めて貰います!」
 章一の冷え冷えした言葉を軽やかに無視し、綾女はまるで敵の隙を突くような口振りで作戦の全容を明かす。
「こ、コスプレって、あのっ、め、メイド服とか、そういうのですか?」
「そうですよ~。その他にもアニメや漫画、ゲームのキャラクターに扮することを、私たちはコスプレって呼んでいます」
 宇宙から帰還したのか、ようやく丁寧な補足が加わった。
 それでようやく、綾女が自分に何をやらせるつもりなのか理解が及ぶ。
「え、えええぇっ!?」
 疑問が氷解した途端、パニックに陥った。
 漫画やアニメの登場人物が着るような服が現実にあるのも驚きだが、それを自分が着るという突拍子もない提案に、不慣れながら声を張り上げてしまった。
「ああああああの、そ、え、嘘」
「嘘じゃないですよー。大丈夫、衣装は私のを貸してあげますから」
「ででででっ、でもっ」
 いくらなんでも、ハードルが高すぎる。変わるとは確かに言ったが、まだそこまでの度胸は育っていないのだ。
「……アヤ、一ついいか」
「なんですか章一さん」
「君と武内とでは、サイズが違いすぎる」
 言われて、改めて気付かされる。
 綾女から服を借りたところで、女の魅力を見せ付けるより先に子供が背伸びしている印象しか与えられないだろう。章一の言う通り、これは大前提からしてすでにクリアが無理な話だったのだ。
「それ、セクハラですよ?」
「なぜそうなる」
「確かにヒビキちゃんと私じゃ、色んなところが余ると思いますが……」
「……稲木弟よ、いままで無視して悪かった」
 ここにはいないフミに向けて、章一は謝罪の言葉を呟いた。キャッチボールの出来ない会話ほど空しいものはない、ということに気付いたのかもしれない。
「うーん、ぶかぶかというのも需要はあるわけですけど……でも女というより小ささの演出ですし……でも小さいイコール女の子っぽい……? いえでも背の高い女の子もそれはそれで萌えなワケですし」
 何を考え込んでいるのか、口元に手を当てて綾女はぶつぶつと呟いている。
 しばらく、といっても時間にして五秒程度の沈黙を経て、いきなり恋人に微笑みを向けた。
「脱いでください、章一さん」
「…………は?」
「だからぁ、その制服、ヒビキちゃんに貸してあげてください」
 しれっとした顔で、また理解を置いてけぼりにする提案をしてきた。
「どこをどうしたらそんな発想に行き着く!?」
「ぶかぶかと言えば、裸に男物のワイシャツじゃないですか。何言っているんです?」
 まるで聞き分けのない子供を言い聞かせるような口調で、章一ににじり寄っていく。
 ニコニコしたまま彼氏に脱衣を迫る綾女の姿は、ついさっきまで自分が信奉していた先輩と同一人物だとは到底思えなかった。悪霊か何かに取り付かれていると言われた方がまだ納得できる豹変ぶりだ。
「待て待て待て、綾女がいま感じている感情は精神疾患の一種だ。治し方は俺は知らん。俺に寄るな」
 章一も章一で取り乱しているのか、微妙に酷いことを言いながら制止の手を突き出す。
 それでもイスから立ち上がり後退しないのは金縛りにあっているからか、もしくはプライドの問題か。
「もー、つべこべ言わずちゃちゃっと脱いでください」
 二人の距離がじりじりと詰められていく。
 傍観者でいられるうちにさっさと部室から逃げ出した方が賢明な気もしてきた。が、それを出来る勇気が足りない。
 すっかり蔑ろにされている感は否めないが、一応これはヒビキのために行われていることだ。パーティの主役が欠席してはいけないのと同じで、なかば強迫的にこの場にとどまらなければ駄目だという思いがあった。
「こらネクタイを引っ張るな離せ、大体俺はどうなる下着でいろとでも」
「そんなの、ジャージでもヒビキちゃんの脱ぎたて制服でも好きな方を着ればいいじゃないですか」
「え」
 逃げるための勇気が少し強くなった。
「何を言っている! 入る訳がないそもそも女装する気もない、というか後輩の制服までひん剥くつもりかお前は!」
「ツッコミが冗長です! いーから脱ぎやがれです!」
「えぇいわかった、ジャージを取ってくる! だから、手を、離せぇ!」
「もー、最初からそういってくださいよ」
 たった二人なのにまさに喧々囂々といった騒がしさを見せた恋人達は、彼氏側の降伏によりひとまず収束した。
「ぜー、ぜー……アヤ。明日はじっくりと話し合おう」
 息も絶え絶えの調子でそう呟くと、章一はふらりとした足取りで入り口に向かう。言った通り、ジャージに着替えてくるのだろう。
「デート中に改まって話し合い、ですか? ……プロポーズフラグですね」
「そんな甘い展開になればいいがな」
 憔悴しきったように呟き、部室から出て行く。
 二人きりになり、久しぶりに口を開く機会が巡ってきた。
「あ、の……アヤ先輩」
「なんです?」
「先輩、怒っちゃったんじゃ……」
 引っ掻き回したのは間違いなく綾女自身だが、原因の一端はヒビキが担っている。この件が尾を引いて別れでもしたら、申し訳なさのあまり死んでしまいそうだった。
「あはは、平気ですよ。衝突をしたのだって、別に今日が初めてってわけじゃありませんし」
「そう、ですか?」
 普段から和気藹々としているものとばかり思っていたが。
「そうです。それに、ちょくちょくぶつかり合っていた方が長くお付き合いできるものですよー?」
「……よく、わかりません」
 避けられる衝突ならば、避けたほうがいいに決まっている。
 わざわざぶつかって、それが結果的に良い方向へ行くという綾女の言葉は、どうにも納得できなかった。
「ヒビキちゃんは世間ずれしていませんねー。可愛いですー」
「そんな、こと」
 可愛くなんて、ない。
 すぐ卑下したがる自分が、心の中で代わりに答えていた。


「さてと、制服を渡したらジャージのまま帰ってしまった章一さんはとりあえず放っておくとしてです」
「先輩、すごい怒っていません!?」
 着替えを終えて戻ってきた章一は、綾女の言った通り驚くほどの速さで帰ってしまった。
 もともと暖かみの少ない顔立ちに仏頂面まで加わった上級生の表情は、思い出すだけでも胃をきりきりとさせる。
「お、お、追いかけた方が」
「平気ですよ。明日はデートですし」
 根拠が根拠の呈をなしていなかった。
 デートがそのまま別れ話にならないことを祈るばかりだ。
「心配性ですねぇ。じゃあ仲直りしたら、すぐに教えますー」
「はぁ、お願いします」
 仲直りできると信じ切った、一点の曇りもない笑顔が、もやもやとした憂いを振り払う。
 綾女と章一の付き合いがどのくらいになるのかは知らないが、ここまでハッキリ言われてしまうと、思い悩んでいる方が逆に失礼な気もしてきた。
「それはそれとして、ヒビキちゃん。さっそくお着替えしましょうか?」
「え」
「何のために章一さんの身包み剥いだと思っているんですか。これで着ないって言うなら、それこそケンカのし損です」
 両手に、さっきまで自分の彼氏が着ていた白の半袖シャツを見せびらかすように広げ、笑顔で近づいてくる。どうやら人の心配をしている場合ではなかったらしい。
 慈愛に満ち満ちた顔のまま迫ってくる彼女の姿は、なるほど章一が取り乱していたのも頷ける恐怖に似た感覚が背筋に走った。
「い、いえ、わたしも、他の場所で着替えてきます、から」
「あはは、駄目です」
 笑顔のまま、きっぱりと断られる。
「だって、私が一番初めに見たいじゃないですか。ヒビキちゃんの男装」
「で、でででも」
「いーじゃないですか。女の子同士、恥ずかしがる必要もありません」
 同性相手だろうが、他人に素肌を晒すのはやはり抵抗がある。ヒビキはとりわけ、その意識が強い。
「お、お願いですから。後ろ、向いて下さい」
 蚊の鳴くような小さな声で、せめてもの譲歩を請い願う。
 その懇願にいかほどの効力があったのか、綾女の口元が消極的な笑みを浮かべると、仕方ないといった感じに口を開いた。
「じゃあこうしましょう。私に陵辱のごとく制服を一気に剥ぎ取られるか、命令に従って一枚一枚脱いでいくか」
「ほはぁっ!?」
 折り合いをつけるどころか、要求のグレードを上げてきた。
「すいまっせーん、遅れましたー」
 ドアの開く音と同時に割り込んできた声が、ぎりぎりのところで保っていたヒビキの意識を引き戻す。
 救われたような思いで綾女から顔を背けると、入り口の方へ視線を移した。
「……何してんの? お姉ちゃん」
「フミ、さん」
 ドアの所に立っていた相手を確認し、再び緊張のボルテージが上がっていく。
 なんといっても昨日、振られたばかりだ。ちゃんと正面から向き合う心の準備は、当たり前ながらまだ出来ていない。
「ふふふ、どうですかこのシチュ?」
 弟の登場に動揺を表すこともなく、それどころかフミの登場は予定調和だったといわんばかりの余裕ぶった台詞で、綾女が目を細める。いつもなら姉と一緒になって賑やかしに回るフミも、今回はさすがに戸惑っているようだ。
「状況がさっぱりわかんないんだけど」
「弟の同級生に迫るお姉ちゃんって、萌えません?」
「ゴメン。実はボク、妹萌えなんだ」
 戸惑っていても、フミはフミだった。
 相変わらず二人は、ヒビキには理解の難しい高度な会話をしている。
「姉がいると姉萌えは理解できない。逆もまたしかり、ですか」
「業が深いね」
「無い物ねだりは、ヒトの性ですからねぇ」
「その性があるからこそ、人類は発展したっていう考えもあるよね」
「鳴かぬなら、鳴かせて見せよう、ホトトギス?」
「うん。無いなら自分で作ればいい。その心が────」
「あのぅ……」
 このままでは延々と話し合っていそうな姉弟に向けて、ヒビキは手を挙げ自らの存在をアピールした。視線はおのずと集中し、毎度のごとく気後れを感じながら口を開く。
「ふ、フミさんも来ましたし、その、部活、始めませんか?」
 思い返してみれば、部室に着いてからこれまで、雑談しかしていない。あれこれ作戦を練るよりも、もっと差し迫った問題がこの文芸部にはあるのだ。
「私としては、もっとお節介を焼きたいんですけど」
「お節介?」
「アヤ先輩。本当、お願いします」
 フミの疑問に被せるように、話を無理矢理に切り替える。
 強引というには弱々しすぎる、ただのお願いだったが、綾女はそれを笑顔で受け入れてくれた。
「わかりました。それじゃあ、お着替えはまた今度ですねぇ」
 あっさりと引き下がり所定の席につくと、持っていた制服を丁寧にたたみ始める。
「着替え? っていうか、どうしたのその制服」
「章一さんから借りたんです」
「……ボクのいない間に、何があったのさ」
「女の子同士の秘密ですよ。ね、ヒビキちゃん?」
 屈託なく言い放つ綾女に、無言で首肯する。
 とりあえず、次に章一に会ったら、謝っておこう。
「それで、どうです?」
「え?」
「小説、間に合いそうですか?」
 喋る間隔をまったく変えずに、文芸部員としてのヒビキがいま抱えている問題をずばりと指摘してくる。そういえば昨日も、似たような質問を章一からされた。
「む、無理かも、しれません。すいません」
 残念ながら、答えも昨日と同じだった。
 まだあと三週間以上残っているとはいえ、これまでの執筆速度を顧みる限りではギリギリまで粘って完成するかどうかだ。もっとも、それはあくまでもすでに構想が練り上がり、今すぐ書ける状態であることを前提とした話である。
 あらすじすら浮かんでいない現状では、たとえ期間が倍になったとしてもお手上げだった。
「ボクも同じく。プロットとか、全然できないし」
 フミはあっさりとした口調で、ギブアップを告げる。びくびくしながら言葉を発したヒビキとは、まったく逆だ。
「思いつくまま、書いてみたらどうです?」
「そ、そんなこと、できません」
 短い話ならさておき、八千字ともなればを筋書きは必須だと思う。
 大雑把でもいいから展開を決めておかなければ、後々になって絶対に物語が破綻する。ヒビキはそうした不安を少しでもなくしたいと考え、いつも丁寧にあらすじを考えてきた。
「プロットに悩んで書けないなら、そんなの考えなくていいんですよ」
 綾女は笑顔のまま、大胆すぎる提案を続けた。
「ね、ヒビキちゃん。いっそ、思い切ってやっちゃいましょう」
「でも、何を書いたらいいのか、全然」
「わからない、ですか?」
 頷く。
 ヒビキは、自分の作る物語のイメージがどうしても浮かばなかった。既存の物語を参考にしろとも言われたが、昨日は告白騒ぎもあって、文芸部の本棚から借りた小説はまだ表紙すらめくっていない。『桜の森の満開の下』は、いまもカバンの中にある。
「そういえば二人は、合作するかもって話でしたね」
「お姉ちゃん、知ってるの?」
「ええ、さっき聞きました」
 朗らかな話し方はそのままに、綾女は次の一言を放つ。
「二人いるなら何かと便利なのですが……そこの所、どうですか?」
「え、と……」
 何を言わんとしているのか、察することぐらいは出来る。告白を断った男と断られた女が、力をあわせて一つの小説を作れるのかと、そう訊いているのだ。
 振られてから、わずか一日しか経っていない。いまのところは間に綾女がいるからかギクシャクせず済んでいるものの、フミと二人きりになった瞬間気まずくなるのは、火を見るよりも明らかだった。
 いままでなら、逡巡の暇さえなく首を横に振っていたはずだ。それなのに。
「わたし、やりたいです」
 ヒビキは、捨て鉢とはまた違う気持ちのまま、そう明言した。
「フミさんが、嫌、じゃなければ、合作、したいです」
 息継ぎの回数を倍にして、途切れ途切れの台詞を紡いでいく。
 稲木姉弟は同じような顔をして目を瞠っていたが、大胆な発言に自身が一番戸惑っているヒビキはそれに気付いていない。自分の希望を主張するだけのことが、こんなにも心臓を激しくさせるのかとひどく動揺していた。
「ヒビキちゃんは、こう言ってますけど?」
 この場の誰よりも先に平常心を取り戻した綾女は、目を細めてフミにそう尋ねる。
 当たり前のことだが、希望は当然聞き入れられない場合もある。『ヤダ』とまたもや一蹴されてしまったら、今度こそ立ち直れる自信がなかった。
「ボクは、うん。いい、けど」
 果たして、ありがたいことに今回の願いは通じたらしい。どうにも奥歯に物が挟まったような物言いなのが少し気になるが、それはヒビキの断然とした態度にまだ気を持っていかれているからだろう。
「わかりました。それじゃあ、後は二人に任せますねー」
「えっ、お姉ちゃん帰るの?」
 フミの驚いた顔が、イスから立ち上がる綾女の方に向く。
「ええ。ちょっと、章一さんの機嫌を直しておこうかなって」
「さ、さっき、平気だって」
 識者風を吹かせて『たまにはぶつかり合った方がいい』、とまで言っておきながら、いまさら謝る意志を見せるその意図がわからず、困惑をする。
 その気持ちが顔に出ていたのか、綾女は滑らかな曲線を描く口をヒビキの耳元まで近づけると、そっと囁いた。
「私がいたら、ずっとヒビキちゃんとお話ししませんよ? アレ」
 指先を首を傾げる実の弟に向けて、アレ呼ばわりする。言われてみれば、確かにフミが部室に入ってきてから一度もちゃんと喋っていなかった。話をするどころか、いつものあだ名さえ呼ばれていない。
 避けられているのだ、間違いなく。
「何の話?」
「ひゃい!?」
 声が裏返った。避けられていることがわかってしまったからか、さっきよりも緊張の波が高まり溢れていく。
「だから、女の子同士の秘密ですよー」
「それ差別だと思うな、ボク」
「悔しかったら、章一さんと男同士の秘密を作ってみてください」
「章一先輩とって時点で、無理ゲー過ぎるんだけど」
「男同士の秘密の関係。ふふ、萌えますねぇ」
「身内と彼氏でそういう妄想はやめて貰えませんかお姉様」
 綾女にかかれば、弟だろうと彼氏だろうとからかいの対象になるようだ。止め処なく言葉を投げつけ合う会話の応酬は、見ていると目が回りそうだった。
「それじゃあ、私はそろそろ行きますねぇ」
 フミをやり込めたことで満足したのか、綾女は軽く手を振ると宣言通りに部室から出て行った。
 実際に二人きりになると、想像していたよりも遥かに緊張が大きい。何を話せばいいのかわからず、頭の中が早くも悲鳴を上げていた。帰りたい。
「え……っと」
 一方で、フミも避けているのを裏付けるような素振りで、口を開きあぐねている。沈黙を好ましく思うヒビキも、気まずさが漂う空気の中での閉口は胃に悪いことを理解していた。
「……かと、思ったよ」
 重苦しい空気を切り払ったのは、フミが先だった。
「嫌われた、かと思ったよ」
「き、嫌う?」
「うん。ボク昨日、あんなこと言っちゃったからさ」
 わざとなのか、口調を軽めにして明るく言う。
「ゴメンね。本当はもっと、ちゃんと答えてあげたかったんだけど」
「あ、あ、謝らないで下さい。わたしも、急に、あああ、あんなこと」
「でも」
「それにっ!」
 声を張り上げ、フミの台詞を強引に遮る。らしくない行動であると自覚はしているが、フミの言う、ちゃんとした返事を改めて聞かされるのは御免蒙る思いだった。
「キョウ、ちゃん?」
 先ほどから妙に強気なヒビキを訝しがっているのか、疑いの眼差しが寄越される。
 しかし、いつもなら真っ先に役立たずになるはずの口が、今回は最も暴走していた。
「それにわたし、まだ、好きですっ。あ、あなたが!」
 言い切る。
 告白をしたときと同じぐらいの激しい動悸に襲われるが、それよりも言い切ったという達成感が、気分を高揚させていた。
「い、いまよりも、わたしきっと、素敵に、なりますからっ」
 熱に浮かされたように、ヒビキの宣戦布告はまだまだ続く。
「本気で嫌いって言われるまで、わたし、諦めません!」
 イスから立ち上がり、いつもは見上げるフミの顔を眼下に据える。白髪の女装男は、その宣言をどう受け取ったのか、表情からは変化を察することが出来ない。
「……はぁ」
 感嘆にも似たため息が、ヒビキの激情を一気に冷ます。ネガティブな思いが『ストーカー』と書かれたフリップを掲げ、先ほどまでの自分を糾弾していた。
「なんで、ボクなのかなぁ」
「……」
 その台詞が、しつこく言い寄る女を責めるように聞こえ、言葉を失う。
 だが、謝ることだけはしなかった。それをしてしまったら、せっかくの決意が、全部嘘になってしまう気がしたからだ。
 この恋に、挑み続ける。そう決めたのなら、完璧に嫌われるまで貫き通したかった。
「こんな気持ち悪い女装野郎より、もっといい男がいるでしょ」
「気持ち悪いなんて思ったこと、ありません」
 素直な心を、あますことなくさらけ出す。
 実際、フミはどこからどう見ても可憐な少女だった。
「…………帰る」
「フミさん!」
 席を立ち上がり、部室から出て行こうとする。ヒビキは慌ててその背中に追いすがり、袖を掴んだ。
 十六年間積み上げてきた自分からは到底考えられない行動の連発に、心臓がはちきれそうになる。そろそろ失神までのカウントダウンが始まりそうだ。
「キョウちゃん、離して」
「でもっ!」
「少し考えさせて……お願いだから」
 痛切に搾り出されたフミの声に、気勢をそがれる。同時に、追い詰めるような真似をしてしまった自分が恥ずかしくて、自己嫌悪に陥った。
 袖を掴んでいた手が力なく下がり落ちる。再び離れていく背中に、かける言葉はもう見つからなかった。
「また、来週ね」
 ドアの前で一度振り返ると、フミは無理矢理に微笑んでみせた顔をして、手を振った。
 扉が閉まり、一人残されると、あることに気付く。
「戸締り……どうしよう」
 緊張しすぎた後遺症か、ヒビキはそんな、的外れの心配をするのだった。
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プロフィール

巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

・当ブログのリンクはご自由にどうぞ
・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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