空箱4-2

完成した長編小説を投下します

女装男の物語はこれにて終了します

*以下、注意事項
1:TSの話ではありません
2:女装キャラがメインにいます
3:女主人公です
4:相変わらず拙い文書です
*以上に不愉快を感じる方は、読まないことをお勧めいたします


前章のあらすじ
ヒビキ覚醒


空箱 4-2
 テストも終わり、あとは終業式を迎えるのみとなったある日、ヒビキは約一週間ぶりに文芸部に顔を出した。
「ヒビキちゃん。お久しぶりです~」
 ドアの一番近くの席に座っていた綾女が、しばらく顔を出さなかった理由を問い詰めるでもなく、いつかと同じような優しげな視線で出迎えてくれた。
 嫌いだと失言してしまったあの一件以来ずっと避けていたのに、まるで気にしている様子がない。もしかして衝突自体が記憶違いだったのではと一瞬疑いかけたが、ヒビキはすぐにそんな都合の良い思いを打ち消した。
「武内。なぜいままで部活に来なかったのか、五百字以内で説明しろ」
 綾女の向かい側に座る章一が、腕組をしたまま低い声を上げる。
 睨み付けるような眼差しと堅苦しい喋り方は、相手を無意識に萎縮させる。が、よくよく聞いてみればその台詞には温かみがあることがわかる。
 だからヒビキは笑顔を見せ、ぺこりと軽く頭を下げた。
「心配かせてごめんなさい、章一先輩」
「んなっ、お、俺は別に、心配なんか」
 しどろもどろに語尾を濁し、うっすらと赤くなった顔を背ける。素直でない章一の態度がおかしくて、ヒビキは含み笑いを漏らした。
「むむっ? ちょっとはヤルようになりましたねぇ、ヒビキちゃん?」
「いいえ。アヤ先輩に比べたら、まだまだです」
「そんなの当たり前です。私が一番うまく章一さんをイジれるんです!」
「俺の知っている武内は死んだ。なぜだ……」
 よくわからない意気込みを見せる綾女と、ぐったりする章一を交互に眺める。慈愛に満ちた女神も、威圧感の強い冷酷な先輩も、もう、どこにもいなかった。
「あの、それで、これ」
「はい?」
 カバンから、ヒモで綴じた二十数枚の紙束を取り出す。
 ヒビキはそれを両手で持ち直すと、綾女の前に差し出した。
「原稿、です。お待たせしました」
 そう言った時の、綾女と章一の表情は、どう表現したものか。少なくとも驚きが大半を占めていたことだけは確実だが、もうちょっと複雑なものが混在していたようにも思う。
 やはり八千字の小説を書き上げた程度では、まだまだ表現力は未熟なのだと、ヒビキは改めて気付かされた。
「先輩方」
 呆然とする綾女に、眼鏡のレンズを拭いては掛けてまた拭いて掛けてを繰り返す章一に、ヒビキは今度は身体ごと折り曲げ、頭を下げる。
「これからも、ご指導、よろしくお願いします」
 部室に反響した声に、心が『あなた誰』と問う。
 『これはわたしだ』と、ヒビキは胸を張って答えた。


 入稿が終わり、ひとまずヒビキが出来ることはなくなった。
 原稿の推敲や文字数の調整、データへの写し作業など細かな作業はまだ残っているようだが、今回は全てやっておくという先輩の言葉に甘えようと思う。
 あとは八月中旬を待ち、「夏コミ」とやらに売り子として参加をするだけだ。
「フミさん、驚くかな……」
 ヒビキは教科書をめくる手を休め、ペンを置いた。
 鳴子から借りた各教科のノートを閉じ、机の中から別の大学ノートを取り出す。合作小説のあらすじが載った紙面を、ヒビキは宝物を眺めるような目で読んでいった。
 やがて、フミには見せなかった、物語における結末部分に差し掛かった。
               ------
 男娘はじっと、弱気な女の子を見つめ、やがて、そっと目を閉じました。
 弱気な女の子は、男娘にキスをしました。けれど呪いは解けません。
 なぜなら、女の子がキスをした場所は、男娘の頬にでしたから。
 「信じてくれないなら、ここまでです」
 女の子は言いました。
 「私の気持ちを疑っている人に、私自身が気持ちを証明をしても、何の意味もありません」
 女の子は、はっきりといいました。
 「私の気持ちが本当のものかどうか、あなた自身で見極めてください」
 女の子は、強気で、言いました。
 私にはあなたがわかりません。
 女装している理由も、髪がなぜ真っ白なのかも。
 もしかすると、あなたは誰にも理解されない、孤独な人なのかもしれません。あの、「桜の森」のように。
 それでも、私は傍にいます。いまはまだ理解できない、あなたの傍に。果ての無い孤独を抱える、あなたの傍に。
 なぜなら私は、あなた自身を。
 稲木文人という人間を、愛しているから。
 そして私の想いが真実、あなたを愛しているのだと気付き、あなたが好意で応じる気になった、そのときこそ。
 私の唇を奪い、男に戻ってください。
 
 それが、私の、正直ないまの気持ちです。
               ------
「うん……」
 ヒビキはあらすじを読み終えると、目を閉じ深呼吸をした。そして──。
「これはひどい」
 思いっきり、後悔した。
 書いているときは夢中で気が付かなかったが、日を置いて読んでみれば駄目な箇所が怖いほどあらわになる。後半など、もはやただの独白で、「男娘」に向けているはずの言葉は完全に別人へのメッセージになっていた。
 あらすじの段階でこうなのだから、本文はいったいどれほどひどい仕上がりだったのか。想像するだに恐ろしい。
「うーあーうーあー」
 自室の床をゴロゴロ転がり、愚かな自分を責める。確かにこれならフミも驚くに違いない。駄目な意味で。
 推敲を怠った結果が現在の身悶えを生み出しているのだと思うと、ヒビキはやりきれない気持ちでいっぱいになった。変な意地を張らず、ちゃんと話し合いながら本編に望めばよかったのにと、悔いばかりが押し寄せる。
「どうしようどうしようどうしよう」
 この小説モドキが公共の場で販売されるのだと思い出し、さらに血の気が引いていく。人様に見せられる仕上がりであるかと問われたら、きっぱり〝NO〟をつきつけたい出来だ。
「きゃーきゃーきゃーにゃー」
 ゴロゴロゴロと、回転速度がさらに上昇する。
「フニャッ!?」
 壁にぶつかり、奇声が悲鳴に変わった。
 後悔の念と肉体の痛みにプルプル震えながら、ヒビキは今日も、眠れているのだかいないのだかわからない夜を過ごしていった。

 懊悩から解放されたと思いきや今度は煩悶の日々が始まり、数日が過ぎた。
「夏休みだよ! ヒビキ」
 気の早い親友が、終業式の日にそんな宣誓をする。通知表を受け取り、数秒前に担任と一学期最後の挨拶を交わした、まさにその直後だった。
 クラスメイトの視線が集まり、まだ教壇から降りてすらいなかった教師も、苦笑を浮かべて教え子を見ている。彼女が騒ぐのはもはや見慣れた風景だが、いつにもまして高いテンションを振り撒く鳴子にヒビキは赤面をしながら応えた。
「め、メイ。まだ、ここ、学校……声も大きいよ」
「だって夏休みだよ! 夏休みは遊び倒すためのものだし!」
 『勉強もしろよー』と気のない担任の声がするが、鳴子には届いてなかった。
「メイ、部活はいいの?」
「言わないでそんなこと……彼のことは、いまだけでいいから忘れたいの」
「陸上部だよね? メイ」
 切なそうな表情で自分の身体を抱きしめる鳴子は、演劇部顔負けだった。
「ま、本当は夏休みのほとんどが練習だけどねー。合宿とか記録会もあるし」
「そ、そうなんだ。運動部って大変、だね」
「んーそうでもないかな」
「え?」
 鳴子は自分のアゴに指を添えて、どこかで見た覚えのある、心の底から溢れ出したような、満面の微笑みを浮かべる。
「ヒビキがいないのは、ちょっとヤだけど。でもさ」
 その言葉の続きに、ヒビキは笑顔で答えた。
「楽しいから?」
「お? わかってるじゃんマイステディ! いやさアタシの嫁!」
「ふみゅっ!?」
 ガッ! と飛びつくような勢いで鳴子が抱きついてくる。そのままもつれ込んで、椅子ごと後ろに倒れそうになった。
 日に日に過剰さが増していくスキンシップと、意味不明な言葉を操る鳴子の真意だけは、まだまだ理解できそうにはなかった。

 ハイテンションな鳴子を落ち着かせ、揃って校舎を出る。
 昇降口を抜けたそのとき、校門のところに見知った姿があった。
「フミさん……」
 学校指定の黒セーラーを着た白髪の女装少年は、腕組をし下校中の衆目を一身に浴びている。本人の視線はヒビキに向けられていたが、自分から近寄るつもりはないのかつま先一つ動かす様子がなかった。
「何アイツ。待ち構えているつもりかな?」
「た、たぶん」
「どうするヒビキ? 裏門から帰る?」
 鳴子が提案をしてくる。フミと顔を合わせづらい思いのあるヒビキにとって、それは実に魅惑的な台詞に聞こえた。
「で、でも、話したいこと、あるみたいだし」
「だったら自分からこっち来いって話よね。あんなトコでポーズ決めてないでさ」
「あ、あはは……」
 鳴子の台詞はもっともで、仮にここで転進をしたところで責められるいわれはない。
 だが、ヒビキは首を横に振って応えた。
「メイ。あの、ご、ゴメンね? 先に、帰って?」
「えー、長話になんの? 一緒に帰って制服デートの予定は?」
「立ててないから」
「あ、そうやって真顔で返されるのはちょっと……でも、これはこれでイイ!」
 鳴子はくねくねと身をよじり、口をだらしなく緩めている。無視をしてさっさとフミの所に行けばいいはずなのに、まだ少し躊躇があるのか、ヒビキの足は次の一歩をなかなか踏み出さない。
 フミの用件は、おそらく小説のことだろう。もしかすると、勝手に本編を書き進めてしまったことを怒っているのかもしれない。そう思うと怖くて前に進めなかった。
「ヒビキ?」
「う、うん? 何?」
「ほら、行って来いっ」
「みゃうっ!」
 背中を叩かれ、よろめくように一歩二歩と前へ出る。
 痛みを訴える目で、ヒビキは後ろを振り向いた。
「がんばれ、ヒビキ」
 親指を立てて、軽快な口調の鳴子に主語のない激励が送られる。
「……うん。がんばるよ、メイ」
 両手に握りこぶしを作って応じると、もう一度前を向いて、走り出す。
「────あのとき無理矢理ちゅーしておけば……。アタシもまだまだ、甘い」
 背を向けて走り去るヒビキに、鳴子のその呟きは聞こえなかった。

 話したいことがある。そういってフミはヒビキを校舎に連れ戻すと文芸部に入った。フミがいつもの席につき、向かい合わせになる位置にヒビキも座る。
「何の話かは、わかってるよね?」
 余計な会話は挟まずに、フミはカバンの中から紙束を取り出した。綾女に渡したはずの二十数枚の原稿用紙が、音を立てて机の上に置かれる。
「……どうして、ボクに見せてくれなかったの?」
 フミの視線は鋭い。まるで章一のようだ。彼と違うところがあるとすれば、目の前の女装少年は本当に怒っているからそんな表情を浮かべている点だ。
「急にボクの名前を出して、いきなり孤独だとか、わけがわかんないんだけど」
 最後の部分が小説ではなく、物語すら破綻しているのは、自身でも気付いていたことだ。だから本来なら素直に頭を垂れ、謝罪をするのが正しいあり方である。
 しかしヒビキは謝らず、我を押し通した。
「それが、わたしの気持ちです」
「……なんか、会話が通じてなくない?」
「フミヒトさん」
 本名を呼ぶと、フミは身をすくめ警戒の眼差しでヒビキを睨んだ。
 そんな風に見られる理由はもちろんわからない。あるいは、綾女の言っていた〝前の恋〟と関係があるのかもしれないが、いまのヒビキにとって些末な事でしかない。
 正直、傷ついた過去を語られたところで困るだけだ。「冷たいヤツ」と後ろ指を差されそうな言い方だが、ヒビキは次の恋をしろと言って背中を押す役も、抱きしめて癒してあげる役も、どちらも望んでなどいなかった。
 望む役割は、最初から、一つだけだ。
「わたし、あなたのことが、好きです」
 つかえながらではなく、ゆっくりと噛み締めるように想いを伝えていく。
 口に出す言葉が気持ちを奮い立たせ、挫けそうになる心に勇気を着飾る。
 ヒビキはほのかに顔を赤く染めながらも、まっすぐ相手を見つめて言った。
「わたしと、付き合ってください」
 その言葉は、以前よりもはっきりと、文芸部の部室の中に響き渡った。
 小説のように想い人の苦悩を聞き出し、共に問題を乗り越えてからでもない、本当に突然過ぎる気持ちの吐露は、耳が痛くなるような静寂を生み出した。
 ヒビキはフミと何かを築き上げたわけでもなく、過去のトラウマを知ってさえいない。それどころか、滅茶苦茶なことをしでかし怒らせてからの告白だ。前回と同じく「ヤダ」の一言で切り捨てられても、文句は言えない。むしろもっとひどい言葉で断られる可能性のほうが高い。
 なのに。
「……変わったね、キョウちゃん」
 フミは目を伏せ、自分の白髪をふわりと払う。
「この髪の色とか、女装とか。そんなこと、どうでもいいって感じ?」
「どうでもいいわけないです。だってそれは、フミヒトさんの一部ですから」
「……とりあえず、本名で呼ぶのやめて? ムズムズする」
「ヤです。わたしの本気をわかってくれるまで、フミヒトさんって呼びます」
「ごめんなさい疑ってスミマセンでした。気持ちは十分伝わりました」
 驚きの速さで謝られる。まだまだ言い足りなかったが、どこかの先輩のようにフミを弄り倒すつもりはないので、ヒビキは本名で呼ぶことをひとまず封じた。
「それで、フミさん。わたしの、恋人に、なってくれませんか?」
「……前も聞いたけど、なんでボクなのかな?」
「好きになるのに、理由が必要ですか?」
「よく聞く台詞だけど、実際ドヤ顔で言われるとムカつくよね、それ」
「ほぁっ!?」
 目が笑っていない笑顔で、姉と同じようなことを言い出した。
「ボクが思うに君はさ、視野が狭いだけだと思うんだ」
「ど、どういうことです?」
「君は、自分で思っているよりずっと、可愛いってことだよ」
 そう言うとフミはポケットから携帯電話を取り、誰かの番号を呼び出した。
「あ、お姉ちゃん? ……うん、まぁね。それで例の作戦なんだけど。そう【わたしに○○させなさい! 作戦】。いまならイケそうだから……ん、それじゃあよろしく」
 傍聴者を置き去りにした短い会話は、相手が綾女であること以外、何も察することが出来ない。だがヒビキの第六感は、いまの通話で不穏な何かを感じ取った。
「それじゃ、ボクは先に帰るね。お姉ちゃんすぐ来るから、待ってて?」
「はい? あの、告白の、答えは?」
「それは夏コミまで、お預け。ってことで」
「何でですか? いま、聞かせてください」
「あっはっはっ。ボクね、どっかの誰かさんが暴走しまくって書いた小説を、いまから急いで手直ししなきゃいけないんだ? 言ってる意味、わかる?」
「あ……う……」
 それを言われてしまっては、ぐうの音も出ない。
 物語として破綻しているものを添削し、整合性を与える。意図していなかったとはいえ、ヒビキはその作業を怠ってしまった。いま告白の答えが聞けないのは自業自得なのだと、復活した自虐派の自分がここぞとばかりに責めてくる。
 結局ヒビキは、いままでと同じく頭を垂れ、消え入りそうな声で言うのだった。
「よ、よろしく、お願いします……」
「ん、了解。ま、楽しみにしててよ。小説も、返事も、ね」
 部室を出る直前に見せた笑顔には、これからイタズラを仕掛ける子供のような、愉快な気持ちが滲み出していた。

 ────フミが出て行って数分後、〝スイッチ〟の入った綾女がメジャーを携えて文芸部に駆け込んできたが、その騒動が他人の口から語られることはなかった。

***

 また来てしまった。
 夏休みが始まり、日増しに勢いづいていく熱射が脳天をじりじりと焦がす様な暑さを伴う八月の中盤。ヒビキは綾女に手を引かれるまま盲従した自分を呪いたい気持ちでいっぱいだった。
 眼前を占める逆三角形の建造物をから目線を外さず、呆然と立ち尽くす。ヒビキにとってトラウマの象徴である半裸少女がプリントされた紙袋を提げる連中はほとんど見当たらなかったが、その代わりとばかりにすれ違う男たちがカメラを携えているのが少し気になった。
 だが傍にいる綾女にそのことを問うつもりはないし、逆三角形を眺め続ける前に見た異様な光景についても深追いするべきではないと判断した。見ざる聞かざるの精神で、ヒビキは精一杯、現実から目をそむけていた。
「ヒビキちゃん? そんな顔してちゃ、めっ、ですよ? スマ~イルです」
 綾女にたしなめられ、自分がどんな顔をしていたのかと振り返る。きっと、興味のない場所に連れてこられていまにもぐずり出しそうな子供のような表情をしていたに違いない。退屈とはまた違うが、胸中を占める要望はその子供と完全に一致していた。
「……帰りたい、です」
「知らないんですか? 魔王からは逃げられない!」
 言い終わらない内に、綾女は両手でヒビキの頭をホールドし、斜め上に固定されていた視線を力任せに正面へと向けさせた。
 ヒビキの視界に、異様な光景が再び映り込む。
 逆三角形の根元に集う、沢山の人々。四方八方どこを見回しても人垣になっているその光景は、通学時の駅構内を思い起こさせる。しかし目の前を横切ったソレが、ヒビキが保とうとした常識のボーダーラインをあっさりとぶち破ってくれた。
「ろ、ろろろ、ロボ……ット!?」
 青と赤と白の三つが全身の至る所に配色された人型の物体が、人ごみの中をうろうろしていた。太い胸板と手足を有するソレは歩くたびに機械らしい駆動音をかき鳴らす……わけはなく、よくよく見なくても厚紙などで組み合わされた着ぐるみのようなものだということがわかった。
「司令じゃないですかぁ。クオリティ高いですね~」
「し、し、しれ……い? ぃぃぃいっ!」
 嬉々として喋る綾女を振り向き、ヒビキは悲鳴を上げる。
 綾女の美しかった黒髪は、真っ赤に染まっていた。こめかみの辺りには、曲線を描く牛のようなツノが左右対称に生えていて、胸元を露出させた黒のドレスとマントをその身に纏っていた。先ほど自分を魔王と称していたが、もし人型で女性の魔王がいるのならこんな感じになるかもしれない。
「か、かか……帰りたい……」
 混乱の一途を行く感情のまま呟き、頭を抱え込んでうずくまりそうになる。その一歩手前で、ヒビキの両手は左右から伸びた髪に触れた。
 ショートヘアの自分から生える毛髪を束ねて、目の前に手繰り寄せる。ヒビキの髪は、鮮やかな緑色に染まっていた。
「にゃあーーーーーーーーーッ!?」
「うるさいぞ武内。そのレベルで騒ぐのはマナー違反だ」
「甲冑ぅぅぅぅぅッ!?」
 自らの服装を改めて思い返そうとした瞬間、今度は西洋鎧を着た存在が現れた。
「あは、やっと来てくれましたね章一さん。いいえ、黒騎士さんっ」
「遅くなってすまなかったなアヤ。いや、学士よ」
「ふふっ、それでは早速、アレをやっちゃいますか」
「〝断る〟とは言いたくないな。二重の意味で」
「ちゃんとなりきらなきゃだめですよー、黒騎士さん。いえ、勇者よっ!」
 綾女と甲冑男は呼称を改め、その後驚くほどのスピードで二人だけの世界へと埋没していった。
 逆三角形の建物に入り女子更衣室と書かれた看板を見て以降、ヒビキは記憶がすっぱり飛んでいるのだが、この場所でこんな格好をしているのは間違いなく綾女の仕業だ。なのに彼女はまったく説明もフォローもするつもりがないようで、ひたすら鎧男とイチャイチャしている。
 綾女の破天荒ぶりにはある程度慣れたつもりでいたが、まだまだ認識が甘かったと思い知らされた。その恋人である章一の評価も新にせざるを得ない。
 そんなことを考えていたからだろうか。
「一枚いいですかー?」
「にゃっ!?」
 カメラを持つ男が、笑顔で声をかけてきた。
 緑色の髪をした人間に奇異の眼差しでなく笑顔を向けてくる理由も、そもそもこんな自分を写真に収めたいと思う理由もヒビキにはわからず、じりじりと後退りする。
「ご、ごごごごめんな、さい」
「そうですかー」
 カメラの男は笑顔を崩さず背を向ける。
 立ち去る後姿を見送るヒビキの胸に、なぜか申し訳なさが芽生えた。一枚ぐらい撮らせてもよかったのではと、感じる必要のない罪悪感に襲われる。
「おぉ、ミク殿ではござらんか」
 自責の念に打ちのめされていると、ヒビキを見て足を止める二人組の男が現れた。もしまた撮影を頼まれたら、今度は勇気を出して断らずに応じてみようと考えた、その矢先だった。
「クオリティ高ぇす。コレクト対象確定っす」
「ひぃっ!?」
 先ほどとは異なり、断りを持ちかけることはせずに二人組が携帯電話とデジタルカメラを構える。レンズの先には、戸惑う緑色のヒビキが捉えられているはずだ。
 撮られてもいいとは思ったが、無断で撮影をされるとなると話は違う。ヒビキは慌てて拒否の意志を伝えようとしたが、喉が竦んでしまい声が出なかった。
「はーい、笑ってー」
 笑えるわけがない。
「そこの二人組ぃ! 無断撮影は厳禁だよ!」
 ふわりと、ヒビキの前にロングヘアが躍り出る。息を呑むほどに美しい白色の髪を湛えた後姿は、顔を見るまでもなくその正体を明らかにしていた。
「這い寄る混沌キタァーーーーーーーーッ!!」
「やっべ何その髪カツラ違くねっ? ハイクオリティってレベルじゃねーぞ!」
 まるでスイッチの入った綾女のごとくテンションを上げた二人組に、白髪の人物は自分に向けられた二つのレンズを手のひらで覆い〝ドスの利いた声で〟言った。
「無断撮影禁止だっつってんだろがよ、ヴォケ共が」
「うぐぉっ!?」
「お、おおお男ぉっ!?」
 自分達の前に立ちはだかる相手が容姿とは逆の性別だと知りショックを受けたのか、呻くような奇声を上げると二人組は急ぎ足で離れていった。
「ったく、マナー知らずが多くて困るね」
 そう呟いた声はヒビキの良く知る、少しだけ低音の、女性そのものにしか聞こえない女装男のトーンだった。
「大丈夫? キョウちゃん」
 白髪を舞い上げて、フミが振り向く。チェックのスカートを穿いた、どこにでもありそうなブレザータイプの学校制服に身を包むその姿は、綾女や章一、ヒビキに比べると特に目立つ点がないように思えた。
「えと、あ、ありがとうございます」
「いいって。それより、初コスプレで災難だったね」
「こすぷれ……」
 ヒビキの脳裏に、ナース服やメイド服を身に包んだ女性が浮かび上がった。とすると、この緑尽くしの格好はそれに準拠するものなのかもしれない。
「あれ? ……もしかしてお姉ちゃん、何も説明してない?」
 首肯する。終業式のあの日、メジャーを持った綾女に理由も明かされずいきなり身体測定をされたが、まさかこんな服を作るためなどと考えが及ぶはずがなかった。
「……なんか、姉がゴメン」
「い、いえ」
 緑色の少女に、白髪の女装男が頭を下げる。いったい何をしたら、こんなわけのわからない目に遭うのだろうとヒビキはやや辟易しながら思った。
「あー、でもさ、前向きに考えようよ、前向きに! あの二人も、きっと声をかけるのがもどかしく思うぐらい、キョウちゃんが魅力的だったんだよ! まぁどっちにしても礼儀知らずは擁護不可能だけどねっ!」
 気を取り直そうとしているのか、フミが早口で先ほどのフォローに入る。しかし、ヒビキにはその言葉を素直に受け取るわけにはいかなかった。
「この格好だから、ですよ」
 自分の姿を改めて見下ろす。
 緑色のネクタイに、緑と黒のミニスカート。ヒザ上まですっぽり包んだニーソックス。露出しているのは太ももと両肩ぐらいだが、この格好が特殊で人目を引くことぐらい、誰にだってわかる。ヒビキでなくとも、カメラを構えた連中に絡まれるのは当然だ。
「キョウちゃん、鏡見たことないの?」
「え?」
「卑屈すぎるのは良くないよ。それって、キミのことが好きな皆をバカにした台詞なんだって、ちゃんとわかってる?」
「わっ、わたし、そん、な」
「そんなつもりがなくても、結果としてそういうことになるの。……だからさ」
 フミが微笑む。それはまるで初めて会ったあのときのような、太陽に向かって真っ直ぐ伸びたヒマワリを思わせる、輝かしくて誇らしげで、自信に満ち満ちた笑顔だった。
「自分自身に、強気になろうよ。あの小説みたいに」
「は……は、い」
 ヒビキは『でも』も『無理』も言わず、首を左右に振ることもしなかった。かといって明るく元気良く応えることもできず、中途半端な勢いで頷いた。
 やはり、そう易々と性格は変わらないらしい。
 魅力的という言葉が自分に相応しいとは、今でも思えない。フミの持つ自信に憧れ、綾女と章一の振り撒く幸せを羨み、白紙に理想像を綴っても、強気には程遠かった。
 だから、ヒビキは目指す。
「……フミヒトさん」
 後悔ばかりする気持ちに喝を入れ、新しい自分になれると信じて、前に踏み出す。
「告白の答え、聞かせてください」
「……ここで?」
 フミが──文人が、周囲をキョロキョロとする。
 カメラを構えた人間、ロボット、着ぐるみ、甲冑騎士、露出過多な女性、桃色髪の女装男、侍。さまざまな人間がいるその中で、ヒビキはたった一人だけを見つめていた。
「じゃあ、ちょっと、耳貸して」
 苦笑いのような表情を浮かべて、手招きされる。ヒビキはそれに従い、高鳴る胸を押さえながら下される答えを待った。
 文人の顔が近付く。むき出しの肩を、長い白髪が撫でる。
 息遣いが聞こえる。吐息が、肌に触れる。
 そして。
「んっ」
 ヒビキの頬に、湿っぽい何かが触れた。
「え、えへへ。小説とは、逆だね」
 顔を赤らめた文人が、手の甲で自分の口元を押さえ照れくさそうに呟く。ヒビキも、彼に何をされたのかを遅れて氷解する。
 好きな相手の唇が触れた箇所を押さえ、カァーッと顔色を変えていった。
「と、とりあえず、友達以上恋人未満……ってことで……駄目?」
「……」
 友達以上に見てくれるだけで、いまは充分です。
 本心であるその言葉をヒビキはあえて声にせず、笑顔でたった一言を伝えた。
「い」
「い?」
「いくじなし」
「なんか弱気な女の子にヘタレ扱いされたーっ!」

 ひとまずこれが、強気への第一歩。
 魅力的になるための、その始まりとして告げるのだった。





終わりです
最後まで読んでいただけた方に、惜しみのない感謝を

……さあ、ネコス山編を完結させねば
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プロフィール

巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

・当ブログのリンクはご自由にどうぞ
・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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