三題話 №10「不審者 液化 薬」


ラスト三題話

後味悪い上にやっつけ気味なので注意です


三題話 №10「不審者 液化 薬」


永久の牢獄

その日は月のない夜で、いつもよりずっと暗かった。
 等間隔に並ぶ街灯の明かりも今はどこか頼りなくて、ハイヒールがアスファルトを打ち付ける音もいやに鋭く響いて聞こえる。
 早く帰ろう。そう思って足早になるけど、言い知れない不安がずっとつきまとっている。
「……ッ! ……ッ!」
 ふと、耳に女性の叫び声が届いた。
 私は足を止めて、その悲鳴と思わしき声の上がった方へ視線を向ける。
 民家と民家の間には、明かりの届かない狭い路地があった。
 おそるおそる、足音を殺して路地裏を覗き込む。
 闇に閉ざされた道路に、二つの影が重なるようにして地面に伏せっていた。
「やめてっ、お願い殺さないで!」
 今度はハッキリと、命乞いをする女の声が聞こえた。
(と、通り魔? どうしよう、警察に……)
 慌ててカバンの中をあさり、携帯電話を取り出す。
 しかし動揺して震える指が、たった三桁の番号を何度も押し間違えた。
(やだ、しっかりしてよ!)
「ぐ……げぇ……」
「!?」
 携帯と睨めっこをしていると、潰れたカエルみたいな声を上げて、女性の声がピタリと聞こえなくなる。
 人影の一つが、ゆらりと起き上がった。
 影が、振り向く。
 私はなりふり構わずに、足をもつれさせながらも何とかその場から逃げ出した。

「へぇ。大変だったね」
 翌日。職場の上司に昨夜の話をすると、彼は大きく目を見開いて私の話に関心を示した。
「キミは、その不審者の顔を見たのか?」
「警察でも同じコト聞かれたわ。暗くて、顔はよく見えなかったの」
 それどころか、女性の死体もなかった。
 生きて逃げおおせたのなら良いが……。
「そうか……」
「あ、でも背格好は『先生』ぐらいだったかも」
「おいおい、冗談でもよしてくれよ」
 などと会話をしているうちに、始業の時間になる。
 入り口には、今か今かと扉が開かれるのを待つ、健康に気を遣うお年寄り達が並んでいた。
「ぞっとするよな」
「え?」
 振り向くと、白衣に着替えた上司が私の後ろに立ち、入り口に並ぶ患者さんを蔑むような目で見つめていた。
「俺たちもいつか、あんな風になるんだって……そう思うと、ぞっとするよな」
「……そんなこと考えたこともないです」
 生きている限り老いて行くのは当然であり、私には彼の抱く老化への怖ろしさは共感出来ない。なぜそんな事を思うのかと、逆に疑問になってくる。
「……」
 彼は何も言わず、私に背を向けて歩き出す。
 この薬局で働く『先生』は、少し普通の人とは違う感性の持ち主なのである。


「ふぅ……」
 仕事が終わり岐路についたときには、空はすっかり暗くなっていた。 
────コツ、コツ、コツ、コツ、
「……」
────コツ、コツ、コツ、コツ、
「……?」
 足を止める。
 すると、背後からもう一つ余計に聞こえていた足音も、ピタリと止まった。
「……やだ」
 昨日、あんな光景を見たばかりだ。振り向く勇気なんかない。
 不安に押しつぶされそうになる心持ちのまま、再び脚を前に進める。
 同じくして、背後の足音も動き出す。つけられているのは間違いなさそうだ。
(誰か……誰か助けて)
 今はまだ、後ろの何者かは私と一定の距離を保ったまま近付いてこない。
 だけど、余計なアクションをして相手を刺激するのはマズイ。携帯を取り出した瞬間、背後の人物が一気に迫ってこないとは言い切れなかった。
 いったい、どうすれば……。
「!?」
 考えをめぐらせていると、突然、身体が前に進まなくなる。
 まるで、何かに脚を捕まれているような……そう思い、視線を下にやる。
「ひっ!?」
 私の足元には、水の塊があった。
 ゼラチンで固められたような半透明のソレは、ぐるぐると足に絡みつき、私の動きを封じている。
 それどころか、まるで意思を持っているかのように、じゅるじゅると粘着質な水音を立てながら上半身へ這い上がってきた。
「やだ。な、にこれ……誰んむぅ!?」
 助けを呼ぼうとするが、その前に後ろから伸びてきた大きな手が、私の口を塞いだ。
 後ろをついてきていた、不審者だ。いつのまにか距離を詰められたらしい。
「……やぁ、こんばんは」
 耳に届いたその声は、足元の物体よりもさらに私を驚愕させた。
 この声────『先生』だ。
「何も殺そうってワケじゃないんだ。お願いだから騒がないでくれ」
 そんな台詞を耳元で囁かれる。
 気色悪さにぞっとしながらも何とか首を縦に振ると、私の口を塞いでいた手が静かに離れた。
「『先生』……どうして」
「頭の良いキミのことだ。おおよそのことはわかっているんじゃないか?」
 彼はにっこりと笑みを浮かべて、まるで自慢するように胸を張った。
「昨夜、君が見た不審者は俺だよ」
 ゴクリ、と喉を鳴らす。
 自分の身近なところに犯罪者がいた真実。だが、そのショックはやがて、別のショックへと上書きされた。
「こ、これ……これは、なんですか!?」
 震える唇を必死に動かし、いまだに足元に絡みつく粘液を指差す。
 謎の物体は相変わらずじゅるじゅると気持ちの悪い水音を立てて、私の足を上っていた。
「薬」
「クスリ?」
「そう。不老不死の薬」
 にこにこにこと、彼は表情をいっさい変えずに言葉を続ける。
「適合さえすれば永遠に生きられるんだ。その栄光を、君にも分けてあげようっていうんだよ」
「こ、こんなの、どう見たって薬なんかじゃ……ひぃっ!」
 粘液が、いっきに胸まで上ってきた。
 触手のように伸ばした粘液で手足の自由を封じられ、半透明のぶよぶよとした塊を目前に捉える。
「ふぐっ!?」
 粘液が、口の中に侵入する。
 溺れているような息苦しさと嫌悪感が同時に襲い掛かり、私は封じられた口で嗚咽を上げた。
「『先生』の恋人は適応できなくてね。……俺たちと同じく、液化してしまったよ」
「あ、ご、ふ……ぐ……」
「今頃彼女も、新しい身体を捜しているんじゃないかな」
 『先生』が雄弁に、理解仕切れないことを語る。
 しかし私は、口腔内に、喉に、胃に肺に流れ込む液体によって、意識が途切れかかっていた。
「さて……俺の弟は、キミに適合できるかな?」
 あざ笑うような凶悪な笑みを最後に。
 私の意識は、プツン、と途切れた……。


(……ん)
 あれ?
「…………お、目が覚めたぜ」
 乱暴な言葉遣いをする女性の声で目を覚ます。
 ここは、私の部屋だ。
 ……夢、だったのだろうか?
「夢じゃねぇよ」
「ハハ、俺も最初は同じこといわれたな」
 女性の声とは別に、男の声も聞こえる。
 振り向くまでもなく、正面には『先生』がいた。
「くく、『先生』ね」
 なんでここに! と叫んだつもりだった。
 だけど私の口は自由に動かず、嘲笑するような言葉を意思とは無関係に発した。
「まだわかんねぇか?」
 再び私の口が勝手に動き、身体までもが、勝手に動き出す。
「ほら、良く見ろよ」
 化粧台の正面まで移動する。……鏡には、いやらしい笑みを浮かべた、下着姿の私が映っていた。
「おめでとう。今日からキミも不老不死だ」
 混乱する私に(それでも鏡の『私』はニヤついたままだった)、『先生』がそう声をかける。
「ただし、身体はオレの自由にさせてもらうけどな」
 『私』がニヤニヤしながら、見せ付けるように片手で胸をすくい上げる。
「俺の弟は優しいからな。『先生』のように精神が壊れるような真似はしないぞ?」
「そーそー。……ま、頭ン中であんま騒がしくしなきゃ、な。ギャハハハハ!」
 『私』が、私のしたこともない下品な哄笑を上げる。
 いったい何がどうなっているのかさっぱりだけど、一つだけ、確信する。

 おそらく私は、これから先、永遠にも思える長い時間を苦しみながら生きるのだろう……。




ズザー ⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡

今年も残すところわずかです
三題話 どうにか年内に消化しきれました……
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Author:巫

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