試作 1

ちょっといろいろ試しがてら探りを入れてみます


試験内容

1:二人称で話が進みます

2:オリジナルの怖い話を基本にした微妙なTSモノです

3:いつもの短編たちより少々長いです

では始めます


「学校であったTSい話」 第一話

「じゃあ、俺が最初に話すか」
 不良っぽい短髪の男が、どこか野獣じみた目つきで僕を含む六人に鋭い眼差しをよこす。
 口元は人を見下すかのようにうっすらと曲がっていて、尊大な態度とあいまっていっそうガラを悪くしていた。

「とりあえず自己紹介しておくか? 俺は、三年の古泉。まぁよろしくな。
 ……それにしても、どいつもこいつも見事に知らねぇ奴ばっかりだな。大して広い学校でもないのに、不思議なもんだぜ。
 ただ単に俺の交友関係が狭いだけだったりしてな。ははっ。
 お前、佐倉っていったな。ここの六人の中に、知り合いが一人でもいるか?
 見ず知らずの他人同士が、放課後の教室に集まって怪談をする。この状況、お前はどう思う? 実はここにいる六人は仲間で、自分をはめようとしている……そんな風に考えたりはしないのか?
 俺の考え過ぎだって言いたいんだろ? でもな、初対面の人間はとにかく警戒しておくに越したことはない。簡単に信用して、取り返しのつかないことになってから気づいたって遅いんだからな。
 俺が今から話すのは、人を簡単に信用した女の末路だ。

 俺が二年のとき、クラスメイトにハルカって女がいてな。優しくて自分から進んで面倒ごとを引き受けるような女だった。いわゆるお人よしって奴だ。
 ほのぼのとした雰囲気のあるハルカは、みんなからも好かれていた。
 当然、男たちからの人気も高かったよ。一週間に一回は必ず別クラスの男がハルカを呼び出していたしな。
 だけど彼女は一度も首を縦に振ったことがないらしい。告白現場を見たダチが言うには、付き合ってくれと言った瞬間「ごめんなさい」だそうだ。すがすがしくて逆に笑えるよな。
 そんな女がある日、いきなり話しかけてきたんだよ。しおらしく「ちょっといい?」って言って俺を呼び出したんだ。
 恥ずかしい話だけどそのときの俺は舞い上がっちまってな。ハルカが告白を断り続けていたのは、ひょっとして俺のことが……とか頭の中でそんなありがちな妄想が広がった。
 けど現実はそんなに甘くないんだよな。
「わたしこの前、立川先生に告白されたの」
 声を潜めて語られた内容は、俺の期待とはまったく違うものだった。
 同学年の奴らなら知っているよな? 生物の立川。骨格標本みたいな痩せ細った体に、薄汚れた白衣を着たあいつだよ。
 まだ四十代だって話だけど、まるで染め上げたみたいに真っ白な髪をしていて、いつもうつむき加減で歩いていた。ほとんどの女子が気持ち悪がっていたな。
 そんな奴に愛の告白をされたんだとよ。教師が生徒に……ってよりも、あのぼそぼそとした声でハルカになんて言ったかの方が興味あった。
「でもなんで俺にそんな話するんだ?」
「……呼び出されたの。今夜、学校に来なさいって」
 俺はますます混乱した。
 ハルカは速攻で相手を振る女だ。きっと、立川のときはこれまでで最速の「ごめんなさい」が出たんじゃないか?
「お断りしたよ。でも、もう一度だけチャンスがほしいって、そしたら、完全に諦めるからって」
「無視すりゃいいだろ」
「だって先生、なんだかすごく思いつめていたみたいだし。それに、絶対に何もしないからって」
 お人よしって、褒め言葉じゃないんだよな。ハルカと実際に話して、はじめてわかったよ。
 いくらなんでも、生徒に告白するような教師の呼び出しに答えるか? しかも夜だぞ、夜。諦めるなんて嘘に決まってるじゃねぇか。
 まぁハルカだってそこまで馬鹿じゃなかったんだろう。だから、俺に声をかけたわけだ。
「古泉君って、ケンカ強いんでしょ?」
「用心棒って事か」
「お願い。お礼はするから」
 お礼って言うのがなんだかわかんねぇけど、俺は承諾した。
 もし立川がハルカを襲おうってんなら、俺は気兼ねなく先公をボコボコにできるわけだ。こんなチャンス、みすみす逃す手はないよな。


 待ち合わせは、夜の八時だった。
 この学校は四階建てだけど、さらにもうひとつ、上に行くための階段があるのは知っているな? そう、屋上に通じる階段だ。立川はそこにハルカを呼び出したらしい。
 普段は園芸部が出入りしていて部外者は入れないんだが、立川はあんなでも教師だからな。園芸部の顧問に無理を言って借りてきたんだろうよ。
 校舎に入ると、俺たちは作戦を立てた。
 まずハルカが一人で屋上に行く。扉一枚隔てて俺は待機。何かあったらすぐに駆けつけるって言う単純なものだ。俺がいたら、立川も本性を出さないだろうしな。
 だから、多少危険でもベストの選択をしたと思うぜ。
「呼んだら、すぐ来てね」
 ハルカは不安を拭い去ろうと微笑んで、屋上に上がっていった。ドアが閉まってから俺もすぐに上がり、いつでも殴りこめるようにドアノブをつかんだ。
 ハルカには悪いけど、わくわくしながら出番を待ったよ。時間がたつのがいやに遅く感じられてな。実際は一分かそこらだったんだろうけど、俺は一時間ぐらい待たされたような気分だった。
「助けて、古泉君!」
 扉越しにハルカの悲鳴が聞こえると、俺はすぐにドアノブを回して屋上に殴り込んだ。
「お、お前、どうしてここに!」
 ハルカの小柄な体に覆いかぶさるようにして後ろから抱きついていた立川が、驚きの声を上げる。けど俺はそんな質問に答えてやるほど優しくないし、骨と皮だけでできた枯れ木みたいな手がハルカの胸に触れているのが目に入った瞬間、頭に血が上った。
「そいつから離れろ、このセクハラ野郎!」
 やせこけた頬に、思いっきり握り締めていた拳をねじ込ませてやると、立川は漫画みたいに吹っ飛んで屋上の床にあっけなく尻餅をついたんだ。
「あが、は、歯が……お前、教師に向かって!」
 この期に及んでまだ教師気取りでいる立川に、俺はなんて声をかけていいかわからなかった。だから、その薄汚ねぇ顔に蹴りを入れて黙らせることにしたんだ。
「ぶべっ」
 上履きのあとを顔面につけた立川は、あっけなく気を失いやがった。正直物足りなかったけど、まぁ骸骨野郎じゃそんなもんだよな。俺のワンパンで倒れなかっただけでも上出来だ。
「あ、ありがとう」
 乱れた服を整えながら、ハルカがお礼を言う。
 俺はにっと笑って、親指を立ててやった。
「ひっ!?」
 ハルカが悲鳴を上げたのと、俺が床に倒れたのは同時だった。いきなり足元をすくわれて、思いっきり頭を打ち付けたよ。
「い……ってぇ」
 後頭部の痛みに顔をしかめていると、冷たい何かが喉元に触れて苦しくなった。
 目を開けると、口と鼻からだかだら血を流した立川が、馬乗りになって俺の首を絞めていたんだ。しばらく目は覚めないだろうと思って、完全に油断していたから驚いたな。
「ふはははは……不良生徒め。死ねぇ!」
 立川の目は、完全にイッていた。
 想像できるか? 両方の穴から鼻血を流した男が、馬乗りになって骸骨みたいな手で俺の首を絞めているんだ。正直、振り払おうって思っていても怖くて動けなかった。
「ぶばははははは!」
 笑い声だか叫び声だかを上げる立川の口からは、血とツバが一緒に飛んできて俺の服や顔にかかる。俺は制服だったからな。白いワイシャツに赤いシミはとにかく目立つんだ。代えの制服を出さなきゃなとか、首を絞められているってのになぜかそんなことを気にしていた。
「ぶばばばははははがっ!?」
 そのとき、小さな影が狂ったように笑う立川を突き飛ばした。
 人間ってとにかく不意打ちに弱くてな。俺がやられたみたいに、小柄なハルカでも全力でやってみれば、やせ細った男の一人ぐらい簡単に押し倒せたんだ。
「に、逃げよう、古泉君!」
 せきこむ俺の手を引いて、ハルカが叫ぶ。のほほんとした奴かと思ったら、結構根性が据わってたんだよな。
 でも、俺なんか放っておくべきだったんだよ。いくら不意打ちだからって、突き飛ばしたぐらいで立川が大人しくなると思うか? むしろ火に油を注いだだけさ。
「ハルカくぅん……キミも指導せねばならんようだねぇ!」
 トチ狂った眼差しで標的を俺からハルカに変えた立川は、鬼みたいな顔をして立ち上がった。
 情けないことに、俺は息を整えるのが精一杯でな。まともに動けなかったんだ。
 少年漫画とかなら「ここは俺に任せて逃げろ」っていうシーンなんだろうけど、現実は本当にうまくいかないよな。
「……ッゲ、ガ」
 絞め殺されかけた喉じゃ、潰れたカエルのような声しか出せなかった。
 それでもハルカは理解してくれたのか、俺のそばを離れて一目散に屋上の出入り口に走り出した。当然、立川がそれを黙ってみているわけがない。
「待てぇ!」
 なんて言いながらしっかり俺の腹を踏みつけて、ハルカの後を追いかけた。
 …………でも意外とすぐに、立川はハルカを追うのを止めてくれた。いや、止めざるを得なかったんだ。

「こ、古泉、くん……」
 息を整えて、踏まれた腹を押さえながらよろよろと屋上を出ると、踊り場のところにハルカと立川がいた。
 立川はうつぶせになったままピクリとも動かずに、首を変な方向に曲げていたよ。
「わ、私、階段の上で先生に捕まって……暴れたら、せ、先生、階段、踏み外して……」
 極限状態なのか、ハルカの口調は今にもぶっ倒れそうな危うさがあった。
 俺はなるべく立川を見ないように階段を下りて、彼女のそばに行ってやった。ガラにもなく、支えてやらなきゃって思ったんだ。
「お前が気にすることはない……やらなきゃ、こっちがやられていた」
「でも、でも、私……ッ」
「事故だ。こんなのは事故! お前のせいじゃねぇ!」
 無理に明るい声を出して、ハルカと、そして俺自身に言い聞かせた。
 どうみたって、立川は助かりそうになかったしな。正当防衛とはいえ、人殺しをしたなんて認めたくないだろう?
「いいか? 俺とお前は、立川に会わなかった! 夜の学校だぞ? 会うわけねぇよな!?」
 このことは二人の秘密にするべきだ。
 立川が今夜のことを誰かに言いふらしているはずもないしな。俺たちが黙っていれば、後は学校が立川の死体をどうにかしてくれるはずさ。
「う……ん。わかった」
 ハルカはまだ納得が行ってないようだったけど、そういって頷いてくれた。

「今日はごめんね。こんなことに付き合わせちゃって」
 校門を出たところで、ハルカは申し訳なさそうに頭を下げた。
「そんな顔するじゃねぇよ。何かありましたって言ってるようなもんだぞ」
 つむじの辺りを指ではじいてやると、ハルカは顔を上げて困ったような怒ったようなふくれっ面を見せた。
「どうしても普通でいられないなら、俺を頼れ。今日のことなんか忘れるぐらい、楽しませてやるからよ」
「……うん、ありがとう」
 そういって、ハルカはようやく微笑んだ。
 ……吊橋効果って本当にあるんだよな。立川の死に様よりも、そのときのハルカの顔ばかりが印象に残って、その夜は眠れなかった。


 朝になればさすがにハルカの顔も薄れて、代わりに罪悪感が胃を締め付けてきた。
 学校に行くのが憂鬱でたまらない。いくら普段は人通りのない場所だからっていっても、立川の死体はもう発見されているはずだ。そう思うと、いますぐ引き返して部屋にこもっていたい気分だった。
 でも、ハルカにあんなことを言った手前、顔を出さないわけにはいかなかったんだよな。
 重い足を無理やり引きずって、なんとか学校にたどり着いた。校門はいつも通りで、警察やマスコミが来ている様子はない。
 何かしら異変はあるものだと思っていただけに、ちょっと肩透かしを食らった気分だった。何事もないに越したことはないんだけどな。
「古泉君!」
 昇降口に近づくと、ハルカが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「あ、あのね、古泉君。先生が……」
 ハルカはあせった調子で、とんでもないことを言いかけくる。
 ここでそんな話をするか? そう思って口をふさごうとしたけど、続いた言葉は衝撃的なものだった。
「立川先生が、消えちゃった」
「は?」
 話を聞くと、今朝ハルカが屋上の階段をのぞいてみたら、立川の死体が消えていたらしい。
 園芸部か、それとも教師の誰かが先に見つけたのかとも思ったけど、それにしちゃあまりにも周りが静か過ぎる。
 死体が発見されれば必ず誰かしらが騒ぐはずだ。けど、そういった話はカケラも出てこない。
 まるで、はじめから死体なんかなかったかのような反応だ。実際、俺たち以外は立川の死体を確認していないのだからなにも不自然じゃない。変なのは俺たちだ。
「もしかして、生きていたのかな」
「そんなはずねぇだろ……」
 首が直角に曲がって生きていられるとは思えない。けど、死んだかどうかしっかり確認したわけでもない。
 万が一にも生きていたなら、あいつは俺たちのことを訴えるだろうな。
 ハルカはともかく、俺は普段から素行がいいわけじゃない。適当な作り話をされて、悪人に仕立て上げられるのが目に見えるようだった。
 けどな……立川は俺を訴えるどころか、二度と姿を見せなくなった。
 行方不明ってことになっているけど、俺とハルカは戸惑うばかりだったよ。あの夜、俺たちは首の折れた立川の死体を間違いなく見たんだからな。
 ハルカの言うとおり生きていたのだとしても、行方不明になる理由がない。つまり、立川は本当に消えちまったのさ。
 それを理解したとき俺は、解放感でいっぱいになった。
「やったな。俺たち、助かったんだ」
 理由はわからないけど邪魔な死体が消えたんだ。俺は嬉しくて、放課後にハルカを呼び出して喜びを分かち合おうとした。だけどハルカは、暗い顔をして力なく頷くだけだ。
「? なんだよ、嬉しくないのか?」
 ついそんなことを聞いたけど、考えてみればハルカは立川が死ぬ瞬間を見たんだ。そう簡単に気持ちを切り替えられるはずがないよな。
「気にすんなって」
 俺はとりあえずハルカを元気付けようと、明るく笑って見せた。ハルカも気遣ってくれたのか、うっすらと微笑んでくれたよ。
 無理に笑ったような、ちょっとぎこちない笑顔だったけど、今思えば写メぐらい撮っておくべきだったって後悔している。
 なんでって? ハルカはそれ以来、笑わなくなったからだ。


 彼女は次の日から、いつも何かにおびえるように不安そうな顔をしていた。
 どうしたのと友達が聞いても首を振るだけで、何も言わないんだ。
 おそらく立川に対する罪悪感のせいだ。それならまた放課後に呼び出して、相談に乗ってやろうと思った。
 クラスメイトには話せなくても、あの場にいた俺になら、きっと打ち明けてくれるだろうと考えたんだ。


「あれ? ハルカ、さっきうちのクラス来なかった?」
 一時間目が終わったころ、違う教室にいるハルカの友達がそんなことを聞いてきた。
「行ってないけど……」
「だよねー? 授業中だし、なんか変だと思ったんだ」
 女友達の話だと、一時間目の授業中、ふと振り返るとハルカが廊下に立っていたことに気付いた。そのハルカは無表情のままじっとクラスを眺めていたんだけど、友達と視線が合うとニッコリ笑って、そのままどこかへ行ってしまったらしい。
 けどハルカは、さっきまでまじめに授業を受けていたんだぞ? ただの一度だって教室を出ていない。
「ん、じゃあ見間違いだったのかな」
 友達は納得行ってなかったみたいだけど、その話はそれで終わったんだ。
 だけど、二時間目が終わった後、またその女友達がうちのクラスに乗り込んできた。
「ハルカ、どういうつもり!?」
 なぜか今度は真っ赤になって怒っていてな。当事者はもちろん、俺や他のクラスメイトたちも、みんなそいつの形相に何事かと目を向けた。
「な、なに? どうしたの?」
「あ、あんなことしといて、よく言えるわね!」
「ねぇ何? 本当にわからないんだけど」
 ハルカは今にも泣きそうな顔をして、友達に説明を求めた。当たり前だよな。今回だって、ハルカは一度も教室を出ていないんだから。
 友達はまだ顔を真っ赤にしたまま、こっそりとハルカに耳打ちをした。
 そしたらなぜかハルカの方まで真っ赤になって、ぶんぶんと勢いよく首を横に振ったんだ。
「し、してない! してないよそんなこと!」
「でもあれ、絶対ハルカだったって!」
 女二人が黄色い声でぎゃあぎゃあわめきあいながら、しただのしていないだのと言い争っているのを俺はわけもわからずに眺めていたよ。いったい、何だって言うんだろうな?
 結局ハルカはその友達から一方的に絶交されてしまった。ヒステリックに叫んで出て行く友達の後ろ姿を呆然としながら見送っていたよ。
 そうしているうちに三時間目の授業が始まったんだけどな、ハルカは急に体調不良を訴えて、保健室に行くことにした。おぼつかない足取りのまま、一人で教室を出てな。ちゃんと保健室にいけるのかって、仲のいい奴らが心配していたよ。
 ……結局ハルカはその授業中、戻ってくることなかった。
 休み時間にさっきの友達がまた来てな。どうやら絶交したことを謝りに来たらしい。さっきはつい、カッとなって言っただけだったんだろうな。
 ハルカのことを伝えると心配そうに保健室に向かったよ。

 四時間目は体育だった。授業は男女別でやるから、あいつが戻ってきたかはわからなかったな。
 その日は野球だったんだけど、俺はハルカのことが心配で、散々な結果しか出せなかった。
 だけど昼休みになると、俺の心配は杞憂だったってのがわかった。ハルカは教室で弁当を食べながら、友達と楽しそうに話していたんだ。
 四時間目には戻ってきて元気に動き回っていたって話だから、笑えるよな。
「ったく、心配させやがって」
 肩透かしを食らったみたいな気分で教室を出ると、女の声が俺を呼び止めた。
「あ、あの、古泉君……だよね?」
 振り返ると、さっき何回も教室に乗り込んできた女友達が俺に話しかけていた。もちろん、直接の面識なんかないぜ? 何度かすれ違ったとこはあるかもしれないけど、ほとんど初対面みたいなもんだ。
「あ、あのね、ハルカが呼んでいるんだけど」
「はぁ?」
 思わず声を上げると、女友達はビクッと肩を震わせて後ずさった。
 でも、おかしいだろ? 俺に用があるなら、さっき教室で話しかけてくればいい。それなのに、わざわざ別クラスの奴に伝言を頼むってどう考えても非効率的だ。
「ったく、なんなんだよ……」
 俺は頭をかきながら、今来た道を戻ろうときびすを返した。
「どこ行くの? ハルカ、まだ保健室だよ?」
「は?」

「……どういうことだ」
 保健室に行くと、確かにハルカはいた。
 ベッドの端に座り、暗く顔を伏せっていて、注意してなきゃいまにも消えてしまいそうな存在感だった。教室で明るくお喋りをしていたあいつとはまるで別人だ。
「古泉……くん」
 俺が近づくと、俯いていた顔を上げて、ハルカが不安そうな瞳をよこしてきた。顔面はこころなしかいつもより蒼白で、いまにも倒れそうだ。
「お願い、助けて……!」
 ついにはポロポロと涙をこぼし、俺にしがみついてきた。意外と大きい胸の感触とか髪の匂いとか、そういうのにドキドキしながら俺はハルカの体を引き剥がし、どういうことかと尋ねた。
「先生が……先生が見てるの。血まみれの顔して、私を睨んで……ッ」
「落ち着けって! それはお前の罪悪感が」
「違う! 本当に見ているのよぉ!」
 ハルカは涙をこぼしながら叫んで、必死に俺に訴えてきた。
 だけど次の瞬間、ハルカは恐怖に引きつったような顔をして、俺の背後を指差した。
「ほら、いる……そこに、先生、いる!」
 そんなことがあるはずがない。そう思いながら、俺は後ろを振り返った。
 ――――そこにいたのは、立川じゃなかった。
 廊下に立って、窓ガラス越しに保健室を覗き込んでいたのは……ハルカだったんだ。
「いやぁ、お願い! 許して……許してください!」
 俺のすぐ傍では、ハルカが狂ったように泣き叫んでいる。俺の後ろには、ニタニタと不気味に笑うハルカがいる。服も髪型も顔も身長も、表情以外が全部同じ人間だった。
 そんな状況に出会って、とっさに動けると思うか? 無理だ。
 俺は二人のハルカの間で視線を行き来させるのが精一杯だったよ。どっちが本物でどっちが偽者とか、そんなことを考える余裕すらなかった。
 どのくらいそうしていたのか、そのうち廊下にいるハルカが動き出し、保健室の前から離れていった。
「ごめんなさい……許してください……」
 目の前のハルカはうわごとの様にそんなことをつぶやいて。ずるずると力なく倒れてしまった。


 ところでお前、ドッペルゲンガーって知っているか? もう一人の自分が現れるってアレだ。
 脳腫瘍からくる幻覚だとかいろいろ言われちゃいるけど、それだけじゃ説明がつかない例もたくさんある。
 エミリー・サジェって教師がいたんだけどな、そいつのドッペルゲンガーを見たって奴は後を絶たなかったらしいぜ。
 ある日なんか、教室の外と中の二箇所で同時にエミリーが現れたときもある。それを、何十人もの生徒が目撃しているんだ。
 生徒の一人が教室にいるエミリーに触れたら、そいつはフッと消えた。教室の中にいたエミリーがドッペルゲンガーだったってわけさ。
 ハルカは、まさしくこれに当てはまっていた。むしろ、エミリーより性質が悪いかもな。そこにいるだけじゃなくて、普通にクラスメイトと話しているんだ。社交性抜群ってことさ。

 ……ハルカを保健室のベッドに寝かしつけた俺は、頭の中で今の状況を整理した。
 消えた立川の死体。もう一人のハルカ。
 これらがひとつひとつ独立して起こっているとは思えない。必ず、何か理由があるはずだ。そう思って俺はもってたスマホでいろいろ調べたよ。ドッペルゲンガーの話もそのときに知ったんだ。
 だけどドッペルゲンガーを消す方法なんてどこにも書いてない。見た奴は数日で死ぬっていうのに、回避方法なんかないんだぜ? 理不尽な話だよな。
 それでも何かないかと手当たり次第に探していたら、気になる記事を見つけたんだ。
 この学校に伝わる七不思議のひとつ、十三階段。詳しく見てみたら、屋上に通じる階段がそうだって話だ。
 それで、七不思議の内容だけどな、『十三階段に死肉をささげると、悪魔が願いを叶える』って載っていた。
 普段ならそんなものバカバカしいって笑い飛ばすんだけどな、ハルカと立川のことがあったせいで、ガラにもなく真剣に考えちまったんだ。
 もしこのウワサが本当だったら……。
「立川の死体を俺たちがささげたっとことになるのか?」
 だが、悪魔は現れていない。それに、俺たちは願い事なんて言っている場合でもなかった。
 じゃあ、誰の願いが叶う? ……立川だ。
 悪魔が律儀な奴なら、その場に残された立川の魂に願い事を聞くはずだ。
 なんて願う? 惚れた生徒に拒絶された直後の男教師が、死と引き換えに何を願う?

 『ハルカを俺のものにしたい』

 そんな感じの願い事だったんじゃないか?
 立川は無理やりにでもハルカを手に入れたかったんだ。屋上でのことからもそれは明白だろう? それに、生き返ったってまた拒絶されるだけだしな。
 けど悪魔はその言葉を額面通りに受け取った。
 文字通り、ハルカを立川のものにしたんだ。体も立場もこれから先の人生も、立川がハルカに成り代わろることで、その契約を成立させようとしたんだ。
 立川だって最初はそんなつもりじゃなかったのかもしれない。単に、ハルカを独占したかったんだろう。でも、薄気味悪い教師が美人女子高生に成り代われるチャンスを棒に振ると思うか? それに、これ以上にハルカを独占する方法はない。
 立川は喜んで自分が『ハルカ』になろうと思ったはずさ。
 最初はドッペルゲンガーとして日常を侵食していく。自分が本来いるはずの場所に自分とそっくりの人間が居座っているんだ。冷静じゃいられないよな? そうやって少しずつ心を弱らせて行くんだ。
 たぶん、体調が悪くなったのも偶然じゃない。存在感が薄くなっていたのも、俺の気のせいじゃなかったんだよ。

 ドッペルゲンガーだの悪魔だの十三階段だの、全部俺の妄想だって言いたいか? 安い作り話だって。
 まぁ最後まで聞けよ。きっと、考えが変わるぜ。

 昼休みが終わるころになって、ようやく先生が戻ってきた。もう授業が始まるからってことで、俺は保健室を追い出されたよ。
 教室に戻ると、ハルカの姿はなかった。もし今二人目のハルカと鉢合わせたら、普通にしていられる自信なんてなかったからな。内心、ほっとしたよ。
 五時間目が始まって、六時間目が過ぎても、ハルカは教室に現れなかった。
 放課後になると、俺はもう一度保健室に立ち寄ることにしたんだ。午後からピタッと姿を見せるのを止めたドッペルゲンガーだけどな、俺にとってそれはむしろ、何かの前触れみたいに思えてならなかった。
 胸騒ぎを感じながら、足早に進む。保健室に近づくたびに人は減っていき、代わりにいやな予感はますます膨らんでいった。
「ハルカ!」
 名前を呼びながら保健室のドアを勢いよく開けた。
 でもそこにハルカの姿はなく、白衣を着た保健室の先生だけが座っている。
「あら、さっきの子ね。あの子なら、もう出て行ったわよ」
 養護教師はそういって微笑んでから、俺に何かを差し出した。
「はいこれ、忘れ物」
 渡されたのは、七不思議のページを開いたままの、俺のスマホだった。

「ハルカぁ!」
 屋上に通じる階段に来ると、閉ざされた扉の前にたたずむハルカの姿を見つけた。
 立川の方じゃない。保健室で見たときよりもさらに存在感のなくなったハルカは、うつろな目で俺を振り返ったよ。
「古泉君……」
 頼りない声で紡がれる彼女の言葉に、俺はかけるべき言葉を見失った。
 ハルカはもう十三階段のことを知っている。おそらく俺と同じ考えにたどり着いたはずだ。
「どうして、こんなことになっちゃったのかなぁ」
 ハルカは自分の体を抱きしめると、涙を隠すようにしてうつむいた。
「立川先生の呼び出しに応えちゃ、だめだったのかな」
「ハルカ……」
 俺は階段を上り、ハルカのそばに行こうとした。
 一段、二段と足を進めるたび、ハルカとの距離が縮まる。
「私、ヤダよ……先生に、私になって欲しくない」
 嗚咽交じりに告げられるハルカの本音に、俺は激しく憤りを感じた。
「俺のせいだ……俺がちゃんと、立川を殴り倒さなかったから」
 あんな骸骨みたいな男、一発で倒せると思っていた。立川がしぶとかったんじゃない。俺の油断が原因だ。
「古泉君」
 ハルカの顔が近づく。
 十段、十一段。
「じゃあ、さ」
 十二段。……十三、段?
「死んでよ」
 ないはずの十三段目を踏みしめた瞬間、ハルカは顔を上げて俺を睨んできた。
「死んでよ! 私、願い叶えてもらうんだから!」
 鬼気迫るというのがぴったりはまったハルカが叫び、小さな手にはいつの間にかカッターナイフが握られていた。
 俺はとっさにその手を掴んで、カッターを奪い取ろうとした。もちろん、ハルカも黙って取られない。
「あっ」
 叫んだのはどっちだったのか。ドドッと鈍い音が数回続いた後、気がつけば俺は階段の中腹のところで尻餅をついていた。
 痛みに顔をしかめながら目を開けると、悪夢のような光景が広がっていたよ。
「は……るか」
 ハルカは、死んでいた。
 まるで立川の再現みたいに、首を妙な方向に曲げてピクリとも動かなくなっていたんだ。
 違うところといえば、カッターナイフが右目に深々と刺さっていてな、どくどくと血を流しながらそれでも瞳孔はぱっくりと開いたままだった。
「ひ、ひ、ひ」
 俺は途切れ途切れに悲鳴を上げるばかりで、その場から動くことができなかった。
 いまにも首の折れ曲がったハルカが起き出して、右目に刺さったカッターを抜いて俺に襲い掛かってくるんじゃないかって思うと気が気じゃなかった。
 今すぐ逃げ出さなきゃいけないことぐらいわかっている。けどな、どうしても体が動かないんだよ。まるで金縛りにあったみたいにな。
 そんな恐慌状態の中、ソイツは、いきなり現れた。
 夕暮れ時の薄暗い階段の踊り場に、煙のように現れたそいつは、青白い肌をした制服姿の女だ。顔を覆い隠すような長い前髪の先が、風もないのにゆらゆらと揺れていた。
 幽霊みたいなソイツはしばらく足元のハルカを見つめていると、やがて俺に顔を向けた。よれよれの髪が鼻先で二つに分かれて、かさかさの唇が見える。
 だけど目だけは隠れたままだった。まるで暗幕を下ろされたような瞳は、それでも俺のことをじっと見ているのがわかったよ。
「ノゾミ」
 音楽を逆再生したような耳障りな声で、そいつは言った。
 ノゾミ……願い事だ。ハルカを生贄にしたことで、今度は俺の望みを叶えてくれるみたいだ。
 お前なら何を願う? 金か? 名誉か? 悪魔と死体を前にしてそんなことはっきり言えるなら、俺はお前を尊敬するね。
 俺は震えて、何も言えなかった。だけど、このまま黙っていたらどうなると思う? 立川のときと同じように、悪魔は死んだハルカに望みを訊くだろうな。
 あいつは俺に死ねと言った。もたもたしてたら、その願いが叶うんじゃないか?
「き、消えろ!」
 慌ててそう言うと、悪魔はハルカの死体と一緒にフッと消えてしまった。
 俺は日が落ちるまで、その場から動くことができなかったよ。


 ……教師の言葉をほいほい信じて、立場も人生も奪われた女の話は、これで終わりだ。
 ハルカはどうなったかって? まだ普通にこの学校に通っているよ。
 でもきっと中身は別人だろうな。優しくてほのぼのしていたハルカは、今じゃ同級生の体を触ってニタニタしているって話だ。

 ところでよ、この前、校内新聞で七不思議特集が載ったよな?
 そのときに何気なく目を通したんだけど、十三階段の内容がいつの間にか変更されていたんだ。

 『十三階段には、顔にカッターを刺した女子生徒の霊が現れる』

 ハルカは霊になって、生贄を求めているのさ。
 自分がされたように、誰かの人生を奪って生き返るためにな。
 お前が信じようと信じまいと、俺は二度と屋上に近づかない。この先、卒業するまでずっとだ。
 ……俺の話は終わりだ。
 次は、誰が話す?





ホラーって難しいですね……
もちろん創作です
エミリーの話は本当ですが
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非公開コメント

このままハルカになった立川先生のストーリーが気になりまする…。古泉くんを誘惑するハルカちゃんを見てみたいっス…。すみません
毎度毎度読ませてもらってますよぉ~!

Re:

> a さん
コメントありがとうございます

実を言うとこの試作は夏ごろにある場所で頒布予定のものだったりします
余力があればサイドストーリーとして立川視点も作ってみたいですねー
プロフィール

巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

・当ブログのリンクはご自由にどうぞ
・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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