短編「ABCオブTS」 S

26のアルファベットの頭文字をタイトルにした TSがテーマの短編を作っています

黒い話ですがエロ抜きなのでこちらに載せます

コメントにて
素敵な単語を教えて頂きました
ありがとうございます

短編「ABCオブTS」

sacrifice -犠牲-


 俺はこの村が嫌いだ。
 食うのに困るから? 戦に巻き込まれるから?
 否。それについては恵まれているとさえ思う。
 集落で作られる農作物は飢饉に見舞われることなく、また山の中にはたくさんの獣が暮らし、キノコや薬草の類も豊富だった。
 動乱の世の中において、20戸ほどしかない山間の小さな村が目を付けられることもなく、まれに野盗化した数名の野武士が攻め入る騒ぎがある程度の村だ。
 しかしこの村の平和が乱れたことはただの一度もない。
 攻め入って来た野武士は"領主様"によって返り討ちにされ、ちりあくたの如く切り刻まれる。
 ゆえに、村に住む者は領主を大変慕っていた。神のように崇め奉ろっている連中さえいる。
 彼は悪政もせず、村のものと同じように働き同じような飯を食い、どんなに小さな揉め事であろうと仲裁に入ってくる、非常に良くできた人間であった。
 収める年貢が無きに等しいのも、人気の理由だろう。その代わりとして「ある儀式」が十年ごとに執り行われるが、異議を唱える声は俺の知る限り上がらなかった。
 食うに困らず、戦も縁遠く、良き領主が統治するこの村は『まほろば』と呼ばれている。
 もう一度言うが──俺は、この村が大嫌いだ。

「それは贅沢ってものよ」
 村はずれの小さな川に小石を投げつけながら、彼女は俺の言葉を一蹴した。
「言ったでしょう? 他の村では飢饉もあるし、流行り病だってありふれている。当たり前のように戦に巻き込まれて、虫けらのように村が潰されていくのよ」
「……覚えている」
 彼女は聡明で、博識で、この閉鎖的な村において「外」の情報にも通じている稀有な人間だ。
 農民出の、一介の村娘にも関わらず、彼女は本当に優れていた。その発想力に何度驚かされてきたか知れない。
 彼女と俺は、子供の頃からの付き合いだ。向こうの方が一つばかり年かさだか、仲の良い姉弟のように過ごしてきた。
 だからこそ、もったいないと思う。
 「外」に出れば、彼女はもっと素晴らしい人生を送れるはずだ。
「どうしても、村を出る気はないのか?」
「うん」
 俺の問いかけに、間髪いれず頷く。
 その美貌と秀でた才覚を活かせば、大名に特別に取り立ててもらうことも不可能ではないだろう。そう思って一緒に村を出ようと誘ったが、しかしそれこそ世間知らずの考えだと彼女は言った。
「私は頭なんて良くないよ。この村の人より、ほんの少し世の中について詳しいだけ」
「でも……」
「だいいち、何の後ろ盾もない女がどうやって外の世界で生きていけるの? あなた、何かアテがある?」
「それは……」
 何もない。あるはずがない。
 『まほろば』で生まれた人間は死ぬまで『まほろば』から離れられない。『まほろば』以外で生きていく術を知らないからだ。
 災厄に見舞われぬこの村は、ぬるま湯と同じだ。
 浸かっている内はいいが、湯船を出ればたちまち寒さに凍えてしまう。
「私は、あなたと一緒に生きていければ、それで十分だよ?」
 彼女の手が、俺の手を握る。
 俺を見上げる瞳は、心なしか熱っぽく潤んでいた。
 顔にも紅が差しているように見受けられる。たぶん、今の俺も似たような顔色だろう。
「チヅル……」
 彼女の名を囁き、顔を近づける。
 拒否はされない。潤んだ目を静かに閉じて、疑いようもなく真っ赤になった顔が目の前に迫った。

≪≪──ドドンッ・──ドドンッ・──ドドンッ≫≫

「!?」
 村全体に響き渡る太鼓の重々しい音が、俺たちの間にあった艶っぽい空気を霧散させる。
 彼女も目を開けて、山びこを吸う青空を見上げていた。
「この音……」
「今日が、そうだったのか……」
 儀式の日。
 それは、人が一人殺される日だ。
 良き領主ではあるが、彼は十年に一度だけ人の道から外れる。領民の中から一人を無作為に選び、生贄にするのだという。
 『まほろば』の平穏が続くための犠牲ならば仕方なしと、老人たちはほとんど反対しない。
 それも当然だ。
 生贄にされるのは若い人間だけ。つまり、ある程度の年を重ねてしまえば彼等にとって生贄は犠牲者でなくなる。
 たとえ我が子が選ばれようと、自分の安寧と村の恒久的平和こそが優先される。俺は、そんな考えが蔓延するこの村が嫌いだ。
 それとも、これも彼女に言わせれば世間知らずのたわ言にしか過ぎないのだろうか。
「戻ろう?」
 彼女が俺の手を引き、村の方向へ促す。
「大丈夫だよ。今度もきっと」
 俺の不安を和らげるように優しく微笑み、俺は何の根拠もなく、彼女の言葉を信じてしまった。

 儀式には、チヅルの名が呼ばれた。


 月の美しい夜だった。
 彼女の命は今宵を以って終わりを迎える。領主の手によって殺されるのだ。
 その前になんとしてでも、彼女を屋敷から連れ出さなければならない。
 俺にとっては村の平和などよりも、チヅルという女の存在が大事だった。
 昼間のあの時、無理矢理にでも村の外へ連れ出していれば、何かが変わっただろうか。いや、過ぎたことに思い煩わせたところで、今が変わるわけでもない。
 俺はハッキリと決意していた。
 屋敷に囚われたチヅルを救い、二人で暮らす。どんな困難が待ち受けていようとも、彼女だけは必ず守り通してみせる。
「待っていろよ……」
 屋敷を囲う竹垣を乗り越え、領主の庭園に侵入する。
 いやに静かだった。領主の側近や女中の気配もなければ、虫の声すら聞こえない。
 いくら丑三つ時とはいえ、これほどまでに無音でいられるものだろうか。
≪──ピシャ…≫
「ッ」
 すぐ近くで、水音がした。
 静寂の中においてその音は大きく俺の耳朶を打ち、慌てて振り向く。
 庭園にある小さな丸い池の真ん中に、裸の女が背を向けて立っていた。
「ち……チヅル!」
 俺は忍び込んでいることも忘れて、その女の元に駆け寄る。
 振り返ったその顔は、やはり彼女だった。
「どうして……?」
 一糸まとわぬ姿を月明かりにさらして、不安と戸惑いが混ざり合った頼りなさげな表情をして声を震わせる。
 涙をこぼしているわけではない。しかし俺は、直感的に泣いているのだと悟った。
 やはり彼女だって、本心から生贄になりたいなどと思っていないのだ。
「村を出よう! 俺がお前を守る!」
 池に立つ彼女へと手を伸ばす。だが、俺の申し出はやんわりと拒絶された。
「……だめ、だよ」
「村の平和なんか気にするな! 俺はお前と一緒にいたい!」
「もう無理なの、遅いの!」
 金切り声を上げて、彼女が叫ぶ。
 わけもわからず、俺は手を差し出した格好のまま呆然とするしかなかった。
「……私はもう、領主様のものだから」
「ソウイウコトダ」
「!?」
 彼女の足元から、ひどくよどんだ声が湧き上がった。
 とっさに視線を下に向け、それが失敗だった。
 彼女の足首を隠す池の水が。
 水面に何も映さず、月光をはじき返しているかのような漆黒の水が。
 ごぼごぼと泡立ち、ゆっくりとせり上がってきた。
「ひっ、ひぃっ!?」
 腰を抜かし、その場に尻餅を付いてしまう。
 異形を目の当たりにし、俺は彼女を救うための手立てをすっかり忘れてしまった。
「『マホロバ』ノ民ガ、『マホロバ』以外デ生キテイケルト思ウナ」
 漆黒の水柱は天辺に人の顔を思わせる凹凸があり、気持ちの悪い声が響くたびに口にあたる部分が緩慢に動いている。
「領主様、お許しください。彼はまだ若輩者なので……」
 目の前に水柱の化け物がいるというのに、彼女は冷静だった。それどころか、ソイツを領主と呼んだ。
「りょ、領主……?」
 この村を統治する彼が、儀式によって体を乗り換える秘術を体得しているらしいことは幼い子供以外の誰もが知っている。
 十年前は隣の家に住んでいた青年が選ばれた。
 よく遊んでもらった兄貴分が突然領主となり、人格から何から全てが一変した。俺にとってそれは、彼が死んだのと同じことだった。
 だが、目の前にいるのは何だ。
 十年前に殺された兄貴分でもなければ、そもそも人間ですらない。まるっきり物の怪ではないか。
「折角ダ……見テイルガイイ。『マホロバ』ノ領主ガドウイウモノカ」
 黒水が揺らめき、彼女の裸体に張り付く。
 程よく張り出た乳房へと、子供の時分とは形状の変化した"ほと"へと。
 ベタベタとした水が泥のようにまとわりつき、薄ら笑いを形作る顔の部分がチヅルのものと重なり合った。
 そこから先は刹那にして、無限のようなひと時だった。
 泥の領主が、張り付いた彼女へと吸い込まれていく。
 逆だ。彼女の中に、漆黒の泥が見る見るうちに染み込んでいった。
 脚のなか"ほと"のなかへそのなか乳房のなか腕のなか首のなか顔のなか。
 黒水を取り込み終え、再び白く美しい裸身のみになった彼女は、一度だけ大きく身震いし、仰け反った。
「い、いやあああああああああッ!!」
 叫び声が夜空に響き、そのまま、彼女は膝から崩れ落ちた。
「ち、チヅル!」
 池に踏み入り、慌てて彼女を助け起こす。
 ほどなくして、いつもの怜悧な眼差しが俺を捉えた。
「よかった……無事なんだな」
 俺は羽織を脱ぎ、裸の彼女にかけてやった。
 水面には月が映り、草陰からはささやかな虫の声が聞こえる。
 今の出来事が夢や幻だとしても納得できる、呆れるほど平穏な夜だった。
「心配には及ばん」
 彼女は、"彼女"らしからぬ言葉遣いで、静かに笑う。
「頭の中が書き換えられる痛みと嫌悪は相当のものだからなぁ。叫んでしまうのも致し方あるまい」
 その笑みは。
 背筋の凍るような、美しくも醜い冷笑だった。



 領主が新しくなり、五年が過ぎた。
 俺はいまだに『まほろば』で暮らしている。
 最近ではまた近くで戦があったらしい。落ち武者が食料を強奪しにやってくる頻度も以前よりずっと増していた。
 そんな中にあっても、やはりこの村の平穏は約束されているのだ。
「ねーねー、とうさまー」
「とうさまー」
 俺の子供……チヅルとは別の、妻となった女が産んだ双子の愛娘が話を掛けてくる。
 幼子の目線に合わせて身を屈め、彼女たちに微笑んで見せた。
「どうした?」
「りょうしゅさまって、つよいんだねー」
「わるいやつ、すぐにやっつけてくれるねー」
「……そうだね。領主様は強いよ」
 彼女たちの頭を撫でながら、村はずれの小川に目を向ける。
 そこは地獄だった。
 一振りの刀を携えた若い女が、大挙して押しかけてきた野武士の一団をたった一人で骸の山に変えていた。
 刀を振りかぶる武士の首をはね、怯えて逃げる者の背中を貫き、倒れ伏す男の頭を嬉々として踏み潰している。
 おそらくあの小川は真っ赤に染まっているだろう。血の池で水かさが増しているかもしれない。
 『まほろば』に災厄は訪れない。
 戦は縁遠く、飢饉も起こらず、流行り病もない。
「あ、りょうしゅさまがこっちみたー」
「てをふってるよー。わーい」
「……」
 俺は、この村が大嫌いだ。





投稿者に感謝
ありがとうございます
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Author:巫

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・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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