長編 約束 1-1


長めの全年齢向け小説を書いてみます

「不思議の国のアリス」ベースで女体化モノという定番な話です

お付き合いいただけると嬉しいです




 子供の頃、約束したんだ。

 絶対、アイドルになるって。

 トップアイドルになって、そして────。



 夢を見ることは生きること。いつだったか、誰かがそんな風に歌っていた。
 くだらない考え……それこそまさに夢見がちな考えだと思う。
 夢を抱いて、追い続けて、それで叶うのなら苦労はしない。
 もちろん理想を実現するための努力は怠らなかった。けれど狭き門を通れる人間なんてほんの一握りだ。
 たいていが諦めていく。むしろそれは賢い選択だ。
 諦めの悪いやつはいつか必ずと信じ、自分の決めた道を愚直に歩き続ける。
 けれど理想と現実の差はやっぱり広がる一方で、必死で追いかければ追いかけるほど距離が遠のいていく。
 やがてついに膝を折り、夢に背を向け引き返そうとしても、その頃にはもう手遅れだ。
 いつの間にか道は消えてただ暗闇ばかりが続いている。
 後戻りは出来ず。
 進みきれると信じた道はいまだ果てしなく。
 どうすればいいのかもわからず、延々と足踏みするしかないのだった。
「……なんてな」
 誰もいないビルの屋上で自嘲めいた笑いを漏らし、ついでに詩人めいた思考も追い出す。
 ごちゃごちゃ考えるのは好きじゃない。
 結局のところ無職の言い訳だ。
 アイドルを目指して上京した愚かな田舎者、花村理天流(はなむら リデル)の愚痴でしかない。
「つーか納得いかねぇ……!」
 ぺらっぺらの茶封筒を握り締め、数時間前の事を思い出す。
 率直に言って、クビになった。
 アイドル事務所をかって? それならまだ良い。
 いや、良くないがとりあえず事務所に所属していたなら『元アイドルです☆』と大手を振って名乗れるわけで最悪なのはアイドルにすらなっていない現段階の俺がコンビニのバイトをクビになったという事実こそが憤りの原因だった。
「ちょっと騒いだ程度でクビってなんだよ! クソマネージャー!」
 どう思い返しても、割に合わない。
 コンビ二着にしていた自分の郵便物をその場で開封する事が、そんなにいけないことか?
 封筒の薄っぺらさからある程度察していたものの、実際に書面で【不合格】の文字を見て悲鳴を上げたのが解雇理由になるのか!?
 納得いかん。いくはずがない。
 この際コンビニのことはどうでもいい。問題なのはこの茶封筒……アイドル事務所からの返事だ。
 自慢だが、書類審査で落選されるようなレベルの顔を乗せているつもりはない。これでもアイドル志望だ。
 むしろスポーツ界のイケメンなどと持て囃されている連中よりずっと整った顔だと自負している。
 身長か? 168センチ。平均だろう。
 体重? 56キロ。平均だ。
 3サイズ? 男の俺には関係ねぇ。
 顔良し。中肉中背。
 これでどうして書類審査ごときが通過しない? ここだけじゃない。あそこも、アノ事務所もだ!
 もう何社送ったのかすら覚えていない。
 ただ、送った分だけ不合格通知として戻ってきていた。
「凹むわぁ」
 鉄柵に体重を預け、灰色に濁った空を眺める。
 今にも雨が降り出しそうだった。
「…………アリス」
 なんとはなしに、その名前を呟く。
 大切な名前。
 一生涯忘れることのない名前。
 夢を見続けたまま生きる事を終えた、妹の名前。
「兄ちゃん、約束、守れないかもしれねぇ」
 雨雲を越えた先、空を越えたソラに向けて、約束を保護にしてしまう可能性をわびる。
 その途端、鼻先に冷たい雨の雫が当たった。
 まるで俺の言葉を受けて、彼女が泣き出したかのように。
「俺は……」
 アリスとの約束を交わして、幾年過ぎただろう。
 約束を果たせないまま、何年経ったのだろう。
 アイドルになる。
 その夢をつかむチャンスすら恵まれず、どれだけ────。
「あぁ、こんな所にいらしたんですか」
「あ?」
 雨ざらしのまま鬱蒼とした気分で空を見ていた俺の耳に、女の声が降って来る。
 灰色空から目をそらすと、ストライプ模様の洋服を着たメガネの女が正面に立っていた。
 顔立ちは整っているものの、異様なほど真っ白な彼女の髪色がその年齢を不詳にしている。当然、見覚えのない相手だった。
 むしろ服のほうに親近感を覚える……とそこまで考え、つい数時間前まで俺が勤めていたコンビニの制服だということに気が付いた。
 バイト先にこんな目立つ髪をした同僚がいたら忘れるはずもない。別店舗の人間がヘルプにでも来たのだろうか。
(あーそういや、俺も制服着っぱなしだ)
 荷物も着替えもロッカールームに置きっぱなしだった。
 取りに戻らなければと思うと気が重い。今戻ればまたあのクソマネージャーと顔を合わせることになる。
 もしかすると、この白髪の女は荷物を届けにきてくれたのか?
「あなたが今回の応募者ですね、探しましたよ」
 俺の期待値ゼロな淡い期待を無視して、白髪女は唯一の手持ちだった金時計を開きながら言う。
 チェーンで繋がれた懐中時計を首に掛けたその姿は、短く切りそろえられた白髪ともあいまってなかなか古風な印象だった。
「応募者ってなんだ?」
「説明は後で。もう時間がありません」
 慣れた動作で蓋を閉じ、女が俺の腕を掴む。
「さ、行きますよ」
「行くって……」
 どこに?
 その疑問に答えることなく、女は前に脚を踏み出した。
 俺の腕を掴んだまま。
 俺を通り越し、その背後へ。
「ちょ、待……!」
 鉄柵の仕切りを跳ねるように軽々と乗り越え。
 俺を道連れにして。
 縁の部分に着地し、さらに小雨の中に向かって飛ぶ。
「暴れないで下さいね」
 接地箇所を失った女の身体は。
 俺の腕に絡みついたまま。
 つまりは俺も一緒に。
 ビルの屋上から。
 地面へ。
「うぎゃおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 アイドルらしからぬ怪獣のような悲鳴を上げて、女と一緒に落ちる。
 猛スピードで景色だの走馬灯だのが流れる中、明日の週刊誌に俺の名前が全国デビューしている未来が見えた。やったね!


***────***
【約束】
***────***


 頬にひやりとした雫が触れた。
 その冷たさを感じると同時に、意識が鈍く覚醒していく。
 いつの間にか閉じていた目蓋を持ち上げ、ほとんど無意識のまま地面に手を付いた。
 手のひらから、柔らかい土とチクチクとした芝の感触が伝わってくる。
 地面が血の海だったということも、ましてや飛び降りてグチャグチャになった自分の死体を見下すようなこともなく、俺は生きていた。
「……夢、か」
 上半身を起こして辺りを見回すが、白髪女の姿はない。
 垂直に伸びた太い樹木が俺を取り囲み、天蓋のように空を覆い隠していた。
 雨粒がパラパラと枝葉を鳴らし、それ以外の物音は聞こえない。街の喧騒も、車の走行音も、人の話し声も、なにも。
 そもそもここはどこだ? 近所にこんな森みたいな場所があっただろうか。
「うん?」
 立ち上がろうとして、いやに足元がスースーしていることに気付く。
 視線を向けると、原因がすぐにわかった。
 俺が着ていた服はコンビニの制服などではなく、ふりふりのエプロンドレス……ようするにスカートをはいていたのだった。
 色だけはコンビニ制服と同じツートンカラーだったが、だからどうしたと言う話でパニックに陥る。
「はああ!? げほっ、ん、んんん!?」
 素っ頓狂な声を上げて、その声もまたやたらキーが高いことに違和感。
 ノド元に手をやると、俺のイケメンボイスを響かせるためのノド仏が綺麗さっぱり消えていた。
「な、ななっ、な……」
 嫌な予感に従って胸元に手を伸ばす。
 そこだけは以前と変わらずまったいら…………というわけにもいかなかった。
 見た目的にはほとんど変わらないが、わずかながら男の胸板よりも隆起し、柔らかな手触りをもたらした。
 スカートの上から股間を押さえつけると、慣れ親しんだ異物の感触がない。
「う、嘘、だろ……?」
 頬をヒクつかせながら弱々しく否定しても、耳に届くのはしっとりと澄んだ声で。
 つまり俺は。
 アイドルを目指して上京した愚かな田舎者、花村リデルは。
 目を覚ましたら、女のカラダになっていた……らしい。
 わけがわからない。
 男が女になるなんて、そんなのドラマや漫画の中だけのことで現実に起こりうるはずがない。
「あ、そうだ。これも夢か」
 ポンッと手を打ち納得する。
 ただしこれが夢ならつまり俺には女体化願望があったということになるが……まぁ、強く否定はすまい。
 アイドルといえば男より女のイメージだし、もし俺が女なら……という空想を抱いたことは実は何度かあった。
 ……そう考えると今の状況はますます俺の夢だと納得できる。
 することにした。
「うん、夢だ夢。あはははは」
「おや? 誰かいるんですか?」
 ふいに響いた濡れた芝を踏む足音と、柔和な男の声に振り向く。
「ごほっ!」
 むせた。
 そのぐらい、背後に立っていたイケメンの存在に驚いた。
 俺だって顔には自信がある。落選続きでもアイドル志望だ。
 そんな俺が、一瞬でヒザを折って屈してしまいたくなるほどの、文句なしの美青年が立っていた。
 さらさらの薄い金髪に、スラリと長い手足や背丈。誰もが容易に想像する「物語に登場する王子様」がそのまま本から抜け出してきたような、直視し続けていると目が潰れてしまいそうなほどキラキラと輝くイケメンだった。
「ま……負けたッ」
 口が勝手に動き、両膝を追ってまるで土下座をするみたいに頭を下げてしまった。
 雨に濡れた地面なのも構わず、反射的に体が動いた。
(……いや、ちょっと待て)
 おかしい。
 俺のカラダが女になっている事からしておかしいわけだが、今感じているのはそれとは全く別の気分だった。
 相手が見たこともないようなイケメンだからって、いくらなんでも土下座はおかしいだろ。
「……ふぅん?」
 見ず知らずの人間が突然ひれ伏したというのに、イケメンは気にした風もなく、むしろ愉快そうな口調で言った。
「いきなり“リヴァール”を仕掛けるとは無粋ですね」
「り、りばーる?」
「普通は、セッツの掛け声から始めるのが礼儀でしょう。いまのは競技に違反しかねない不意打ちですよ」
「いや、言っている意味が」
「まぁこの僕に……エウテルペの貴公子と呼ばれるアイク様に、そんな卑怯な方法など通じませんけどね……ふっ」
 最後に嫌味ぶった失笑を漏らし、イケメン……おそらくアイクという名前なのだろう男は、いやに演劇じみた台詞回しを吐き出す口をようやく閉じた。
 もちろん俺は言っている意味の半分も理解できない。
 リヴァール? エウテルペ? なんだそれ。
 とはいえコレは夢だし、わからないのが当然かもしれないので気にしないことにした。
「そうですね、しかし出会い頭に勝負を仕掛けてくる気概は買っておきましょうか。アナタの名は?」
「…………リデル」
 なんだかわからないが、相手も名乗ったので自分も応える。
 するとアイクは、地面に付いたままだった俺の手を取った。
 男だったときより一周り以上小さくなった両手がそっと包まれ、四角いコンパクトミラーを握らされる。
「リデル、自分を磨きなさい。見るもの全ての瞳を掠め取る、美しきバラになるのです」
 気取った口調で人の手の甲を撫でる仕草がすこぶる気持ち悪い。
 一発殴ってやろうかと思ったが、それより先に俺の口が勝手に動いた。
「はい、自分の美しさを磨きます…………はぁ!?」
 まるで意図しないまま、心の片隅にもとどめていない男の台詞に受け答えする。
 催眠術か何かにでもかかったような気分だった。
「お、俺は……何を……」
 土下座といい、いまの台詞といい、俺に何が起こっている?
 いくら夢でも滅茶苦茶すぎる。
「ふふ、また会える日を楽しみにしていますよ、リデル」
 去り際のアイクの声が、耳元で囁かれたようにまとわり付いてくる。鬱陶しい。

 結局、女になった原因どころかもっとわからない事が増えただけだった。
 夢だと思い込もうとしても、現実感がありすぎて思い込みきれない。
「つーか、これ……」
 アイクに貰ったコンパクトミラーを握り、どう処分しようか悩む。
 捨てる……のも、なんだかもったいないな。
「そういや、今の俺ってどんな顔しているんだ?」
 エプロンドレスを着た女のカラダの上に俺の頭が乗っかっているのだとしたら、ちょっと気持ちが悪い。
 あいにく俺は、女装が似合うタイプのイケメンじゃないのだ。
「…………え」
 二つ折りのミラーを開き、距離を調整して顔全体を映し込んだ。
 鏡の中の俺は。
 女になった俺の顔は。
「アリス……?」
 大切な名前。一生涯忘れることのない名前。
 夢を見続けたまま生きる事を終わらせた、妹の名前。
 その彼女と、瓜二つだった。


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・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

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・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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