長編 約束 1-3

長めの全年齢向け小説を書いています

「不思議の国のアリス」ベースで女体化モノという定番な話ですが
いろいろ変な感じにしています


 翌朝。
 畳の匂いと見慣れない和室を寝ぼけ眼で見回し、やっぱりまだ夢の中だということに嘆息する。
 そして身体も女のままだ。
 不思議なことに昨日は風呂も入らず寝たのだが、妙にさっぱりしている。髪を手櫛で梳いてみても、脂やホコリが篭っている感触はなかった。
 この世界では風呂に入らなくてもいいのかもしれない。アイドルを目指す人間がこんな事を思うのはどうかと思うが、今は純粋にありがたかった。
 la────。
「ん?」
 どこからか、声が聞こえる。
 あの女だ。忘れようもない。
 ほとんど会話らしい会話を交えていなくても、この透き通った声は強烈なほど脳裏に焼きついている。
 俺はムジックの屋敷から外に出ると、朝の到来を告げるように歌い続ける女の姿を探した。
 夜は気が付かなかったが、この村はずいぶん起伏の目立つ土地だった。芝生の地面があちこちで波打ち、いくつもの小高い丘を作っている。
 その、おそらく村で一番見晴らしがいい丘の上に、彼女は居た。
 深い藍色の髪に朝日をまとい、背筋をピンと伸ばしたまま、誰に聞かせるでもなく声を張り上げている。
 雑念は一切湧かず、その声と横顔にただただ見惚れた。
「ラ…………何か、用ですか」
「え、あ……」
 気配に勘付いたのか、歌姫が左目だけで俺を射抜いてくる
 あまり友好的な視線には感じなかった。
「あー……いい声だな」
 何を言っていいかわからず、昨日と似た台詞が口をついて出てくる。
 歌姫は無反応のままだ。
 褒められて照れるでもなく、呆れるわけでもなく、相変わらず口を真一文字に結んだまま丘の上から俺を見下ろしている。
「いつもそうやって発声練習しているのか?」
「……あなたは、この領土に滞在するつもりですか?」
 俺の質問には答えず、女が静かに口を開く。昨日は完全に無視してくれやがったのに、どういう風の吹き回しだろう。
「どうかな。まだ決めていない」
 ムジックはいい奴だろうけど、どうも彼女からは嫌われているような気がする。
 それに、他の領土も見て回りたかった。一晩経って、どうせ夢なら楽しんでみようなんて余裕が出てきたのだ。
「やあ……おはようございます」
 朝なのにやたら辛気臭い声に振り向くと、具合の悪そうなモヤシ男がいた。
 ムジックの顔色は明るいところで見るとよりいっそう、青白さが際立って見える。よく生きているなと逆に感心しそうだった。
「どうですかリデル。昨日はよく眠れましたか」
「ああ」
 夢の中で寝るというのもおかしな話だが、もう気にしない。
「それはよかった。今日の予定は何かありますか? よければ我々とボイスレッスンをしませんか」
「魅力的なお誘いだけど……」
 ちらりと横目で女を窺う。
 領主を前に高みの見物をする気はないのか、いつのまにか丘の上から降りてきていた。
「今日は、他の領土を見て回りたい。地図とかないか?」
「あぁ、そういうことでしたらセビオスに案内させましょう」
「は?」
「はい!?」
 声が重なる。
 振り返ると、歌姫が口をゆがめていた。明らかにムジックの言葉に反応している。
 ……ってことは、今のはコイツの名前か。
 歌姫、セビオス。
 凛とした顔立ちに似合う、いい名前だと思う。
「彼女が一緒に居れば安心だ。危険な目にはまず遭わないでしょう」
「危険って……」
 この世界に、暴力はないんだろう?
 そういいかけたが、それより先にセビオスが抗議の声を上げた。
「あなたが案内すれば良いじゃないですか」
 表情や声質に明らかな不満気を滲ませている。やっぱ俺、嫌われているのか。
「おいおい、私は領主だよ」
 苦笑いで芝居がかった台詞を言い、ムジックがさらに続ける。
「そもそも、私に他領土まで行く体力があると思うか? しかもこんないい天気の中をだ」
「威張るなよ」
 なんとも威厳のカケラもない領主様だった。
「………………わかりました。十分後、村の入り口で」
 白髪女に諭されたときと同様、いかにもしぶしぶといった感じで引き下がる。
 女の藍色髪が見えなくなってから、何となく隣の病弱男に向けて呟いてみた。
「俺、あいつに嫌われているっぽいんだけど」
「とんでもない。本当に嫌なら、リヴァールを仕掛けてでも拒否しましたよ」
「……お前、領主なんだよな?」
「領主だからといって、領土で一番強いわけじゃない。メルポルネは、彼女なしでは存在できないのです」
「ふぅん」
 そんなものかと適当に納得する。
(リヴァール、ねぇ)
 負けた人間を言いなりにする、不思議の国流の『暴力』。
 この世界で暮らすつもりなら、リヴァールの習得は必須条件といえる。
 一応、歌もダンスもビジュアルもそれなりに自信があった。ただしそれは、あくまで男の姿だった頃の話だ。
 女になった俺の底力がどのレベルなのか、それが問題だ。



 この世界についてわかった気になっていたが、まだまだ自分の認識が甘かったことを思い知る。
 そう気付いたのは、昨日と同じく歌姫を先頭にして森の中をひたすら歩いている時だ。
「なぁ、セビオスさんよ」
「……」
 声をかけても彼女の歩く速度は衰えない。が、構わず続けた。
「この世界って、車とかバスとか……いや、せめて馬とか、そういう乗り物ってないのか?」
「何を言っているのかわかりません」
「……まじかぁー」
 驚いたことにこの世界には、徒歩以外の移動手段がないらしい。
 坂道こそないが、都会暮らしの俺にとって森の中を歩くのは登山と同じぐらい重労働だった。
 動物自体がいるのかどうかすら怪しい獣道を突っ切るたび、伸びた雑草やら垂れ下がった枝葉やらにいちいち手間取る。
 その上スカートの裾がやらた小枝に引っかかる。昨日の雨で湿った雑草がソックスを直接撫でる感触も不愉快だ。
 一方セビオスはジーンズに長袖のワイシャツという、とてもカジュアルな格好をしている。少なくとも俺の格好より森歩きに適しているのは間違いない。
「つか、今更だけど他の領土にお前が行っていいのか?」
 争っているんだろう? 言外にそう訊ねるが、やはりセビオスの返答は沈黙だった。
 ムジックも特に何も言っていなかったし問題はないんだろうが、それはそれでおかしな話だ。
 そのあともいろいろ質問してみたが、セビオスはほとんど喋らなかった。慣れない森の中を歩き続ける疲労も加わって、次第に口数が少なくなる。
「着きました」
 デジャビュを覚える台詞に顔を上げると、森の終点が目の前にあった。
 木々の間から真っ白な光とコバルトブルーの二色が広がり、潮風が鼻腔を刺激する。
 穏やかな波音が耳に響き、そこには海辺独特の喧騒も混じっていた。
「海かぁ」
 森を完全に抜けると、足元が湿った土壌から渇いた砂地へと変わる。
 白く輝く砂は、靴の上からでもその熱さをまざまざと感じさせた。
 少し離れた波打ち際では水着の男女が集まり、何がそんなに楽しいのかと思うぐらいに笑い声を上げている。
 ハワイのワイキキがこんな感じかもしれない。海外なんて行ったことはないが、なんとなくそんなイメージだった。
「ビジュアルの才能に特化した浜辺の街、『エウテルペ』。領主の名はアイク」
 淡々と、しかし今までで一番、言葉数多く説明してくれる。
「アイク?」
「ええ。おそらくこの国で最も顔立ちの整った男です」
 この世界にやってきて一番最初に会ったイケメンを思い出す。
 あいつ、ここの領主だったのか。
 王城に住んでいそうな見た目をしていたくせに、ビーチの領主という地位にチグハグなものを感じる。
「では私はこれで」
「いやいやいやいや! 何さらっと来た道を引き返そうとしてんだよ! 俺を置いてくな!」
 あと、昨日も同じ台詞で同じ行動だったぞコイツ。
 機械的というか、なんともワンパターンな歌姫だった。
「領主の名前を教えたのですから、あとは自分でどうにかしてください」
 振り返ったセビオスの顔には、心底から迷惑そうな表情が浮かんでいた。厄介払いしたい、という思惑が完全に透けて見える。
 クールなイメージだったが、むしろ喜怒哀楽のハッキリした直情タイプのようだ。
 そんな風にセビオスの印象を自分の中で修正していると、妖艶な声が両サイドから同時に響いた。
「ご覧になって姉様。メルポルネの歌姫だわ」
「本当ね、姉さま。メルポルネの歌姫だわ」
「…………」
 人間、本当に美しいものを見たときは声が出なくなるのだと実感する。
 振り返った先には、水着姿の美女が居た。しかも二人だ。
 全く同じ顔をして、全く同じ柄のビキニを身につけ、全く同じプロポーションを誇る双子の美女が、俺とセビオスを挟み込むように両サイドからじりじりと近づいてきた。
 歩くたびに水着に包まれた二つの果実がゆさゆさ揺れ、非常によろしくない。目のやり場に困る。
「ねぇ姉様。歌姫がなぜ私達の領土に居るのかしら?」
「もしや、降伏宣言をしに来たのではなくて? 姉さま」
「それは素敵ね。うふふふふ」
「素敵だわ。うふふふふ」
 クローンを思わせる作り物めいた美女が、口調まで合わせて笑う光景は美しく、だからこそか怖さも内包していた。
 お互いがお互いを「ねえさま」と呼び合っていることも含め、より不気味さが際立つ。
 しかし、それでもやはり、美しかった。
 セビオスも美少女だが、それとはまたジャンルの異なる美形だ。
 ボディライン。髪質。目鼻立ち。唇。声。言葉遣い。仕草。
 まとう雰囲気の全てに『美』という冠名詞がついたとしても違和感を持たない女が、俺たちに向かって妖しく微笑んでいた。
「……帰ります」
「あぁん、お待ちになって歌姫」
「ほんの冗談ですわ、歌姫」
 きびすを返したセビオスにいち早く反応し、美女達が彼女の両脇を固める。
 左右の腕にそれぞれが抱きつき、まるで取り合いをしているような光景だった。
「抱きつかないで下さい……くっ」
 迷惑そうだった。
 なぜか悔しそうに歯軋りまでしている。
「知り合いか?」
「赤の他人です」
 とてもそうは見えないが。
 ただ、歌姫という呼び名は他の領土でも浸透しているんだな、と妙なところに感心する。
「あら? ねぇ、姉様」
「いやだ姉さま。くすくすくす」
「?」
 美女達の視線がセビオスから俺に移り、小さく笑う。
 その声には、小さいながらも嘲笑するような悪意が篭っていた。
「な、なんだよ」
「まぁ乱暴な言葉遣い。まるで品のない男性のようですわ」
「それに何て汚らしい格好。まるで物乞いのようですわ」
 一人が喋り終わると同時に片割れが喋りだす。
 俺は男だ、と口を挟む暇もなかった。
 森の中を歩き続けたせいで服装は多少汚れていたが、言われるほど酷い格好でもない。
 そんな事を考えていると。
「うわっ!?」
 双子が俺にまとわりついてきた。
 一人は後ろから抱きつくように俺の胴体に腕を回し、もう一人は真正面に立ちふさがり両手で人の顔を挟み込む。
 細く長い五本の指が、顔の輪郭を確かめるようにつぅっと頬を撫でる。こそばゆい。
「目鼻立ちやお肌のハリは悪くないですわね」
「なに……ひゃ!?」
 背後で抱きつく女の手が、服の上から胸を揉み始める。
 服の上からではあまり目立たないながらも隆起しているソレは無機質な詰め物などではなく、“触られている”という確かな刺激を俺に与えた。
「あっ……ちょ……!」
「お胸はささやかですわね。歌姫と同じか、もう少しあるという程度ですわ」
「まぁ、お気の毒」
 言いながら、正面の双子が俺の髪を手櫛で梳く。
 ロングヘアではないが、男の頃と比べると長いショートの黒髪が、他人の指間をさらさらと流れていくのがわかる。
「綺麗な御髪ですこと。少々子供っぽさがありますが、幼さの残るアナタのお顔にピッタリの髪型ですわ」
「磨けば光る原石のような方ですわね。うふふ、興味深い」
「んっ……やめ……」
 いきなり始まったボディチェックに、俺はいちいち妙な声をあげてしまう。
 男のサガか、二人の美女に密着され体をまさぐられるのは悪い気分じゃない。……そんな考えもあってか、どうにも激しい抵抗をしづらいこともあった。
 そうやってこっちが大人しくしているのをいいことに、姉妹の行動はどんどんエスカレートしていく。
「このヤナギ腰。ゆったりとした服で隠しているのが勿体無いですわ」
 腰を撫で。
「歯並びは及第ですわね。唇の厚みは……」
 唇を押し開き。
「ヒップには期待していましたが、お胸と変わりなさそうですわね」
 尻を触り。
「良いカタチのお耳をお持ちですわ。味はどうかしら」
 耳たぶをこすり、形をなぞるように舌を這わせてきた。
「ちょ、お前ら、いい加減に……!」
「姉さま、両脚をご覧になって。なぜこんな長いスカートをはいているのか理解できませんわ!」
「まぁまぁまぁ、真っ白でスラリとしていて……それゆえに、この土汚れをつけたニーソックスは邪悪ですわ!」
 ついに人のスカートを際どいラインまでまくりニーソックスまで勝手に脱がし始め流石に慌てる。
「変態かお前ら! 人の服を勝手に……はーなーれーろー!」
 力の限り暴れるが、同じ女の力で二対一じゃそもそも分が悪い。
 助け舟を期待してセビオスを見るが、歌姫は俺たち三人から既に離れ森の入り口付近にまで退避していた。
「おぉい!? 助けてくれよ!」
 叫ぶが、我関せずといわんばかりに腕を組んだまま動かない。置き去りにされていないだけマシかもしれないが、そんなことに感謝する余裕はなかった。
「アンダーはどうかしら、姉様」
「そうですわね。気になりますわ姉さま」
 双子の手はいよいよスカートの中にまで侵入し、パンツを脱がそうとする。
 俺の力ではもう止められない。
 絶体絶命だったその瞬間、救世主の声が舞い降りた。
「やめないか、お前たち」
 振り向くと、アイクがいた。
 相変わらずのきらきらしたイケメンが、海パン姿で砂浜に立っている。当然、上半身は裸だ。
 たくましい二の腕、撫で肩のくせに厚く張った胸板、余計な脂肪のない引き締まった腹筋。
 日焼けはしておらず肌は白い。だが、それでも精悍という言葉がいかにも似合いそうないでたちをしていた。
 そのくせ面構えだけは王宮住まいの上品な貴族めいていて、逞しいボディとのミスマッチ感が物凄いことになっている。
「お、おま……」
 また勝手に『負けた』とか口走ると思いきや、出て来るのは戸惑いの声だった。
 だが俺の様子になど歯牙にもかけず、イケメンが微笑む。
「こんにちはリデル。我が領土へようこそ」
「ど、どうも」
 ノンキな挨拶に、毒気も抜かれた。
「あ、アイク様ですわ、姉様!」
 欲望の赴くままといった感じで俺に絡んでいた双子もなぜだかすっかり大人しくなり、怒りのぶつけどころを失う。
「落ち着いて姉さま。二秒……いいえ一秒あれば、この方からショーツを剥ぎ取りアンダーの確認ができますわ」
「そうですわ。その通りですわ姉様」
「何『その手があったか』みたいな顔してんだ!」
 割りとすぐに再燃した。
 どうしようもないタイプの変態だ。
「レイア、ウルア。離れなさい。彼女は僕の客人だ」
「あ、アイク様の!?」
 その瞬間、まとわりついていた双子姉妹がババッと飛び退く。
 もちろんアイクを訪ねたつもりなど一切ないが、方便というヤツだろう。
「きゃあっ、アイク様だわ!」
「ああ、いつ見ても素敵ですわ!」
「アイク様ー! ワタクシです! 結婚してください!」
 ビーチに居た水着の女たちがわらわらと集まってくる。
 あっと思う間もなく、俺やアイクそして双子姉妹の四人が人垣に囲まれてしまった。
 肉壁がもぞもぞとうごめき、隣同士でひそひそ囁きあっている。
 内容はアイクの賛辞がほとんどで、残りがレイア・ウルアという双子姉妹への羨望の声を上げていた。
 たまに「誰だアイツ」みたいな俺への声も混じっているが、すぐに美男美女達の話題へシフトしてしまう。
「昨日はすまなかったね、リデル。応募者とは知らず、君を置き去りにしてしまった」
 にこやかに、俺が一度も名乗ったことのない呼び名で呼ぶ。
 いつ知ったんだ。誰が言った。
「まだ滞在先が決まっていないのなら、我がエウテルペに来て欲しい。レイアとウルアが狼藉を働いてしまったが、二度とあんなことはさせないと誓わせよう」
「いや、俺は……」
 ちらり、と人垣の向こう側に居る少女の事を思う。
 ここでアイクの申し出に頷いたら、喜んで帰りそうな気がしてならなかった。というか、まだ待っていてくれてるんだろうか。
「そうだ、ここに滞在してくれるのならプレゼントを渡そう」
「プレゼント?」
 モノで釣るとか、子供か。
 苦笑を浮かべたが、そんな穏やかな考えに冷や水がかけられる。
「キミ。そうだそこのキミ。その水着を彼女に差し上げなさい」
「わかりました、アイク様」
 アイクが人垣の中の一人を指差し、事も無げに『脱げ』と命じた。
 それどころか、突拍子もない命令を下された女は平然と受け答えし自ら肩紐に手をかける。
「ちょ、ちょっと待て、お前ら!」
「はい?」
「何か?」
 慌てて止めた俺を、アイクや女がきょとんとした顔で振り返る。
 その二人だけじゃない。
 双子姉妹も、ギャラリーも、その場に居る全員が急に声を荒げた俺を不思議そうに見ていた。
「どうしたんだい、リデル。あぁ、水着の柄が気に入らないのかな?」
「そうじゃねぇよ! 何で、人の水着を……」
 はなはだしいほどの認識の違いを腹立ちまぎれに叫び、しかし連中のいぶかしんだ様子に気圧され言葉尻が消える。
 なんだ、こいつら。
 なんでそんな目で俺を見る?
「面妖ですわね、姉様」
「面妖ですわ、姉さま」
「ぐっ……!」
 おかしいのはお前らだ!
 ノド元まででかかったその台詞は、声としての形を成さず霧散する。
 そのときだった。
「リデル」
 澄んだ声が、ギャラリーの頭を飛び越えて耳に届く。
 その瞬間、全ての視線が彼女の元に集まった。
「次の領土に行きます。来てください」
 人垣が二つに割れ、声の主が姿を現す。
 先ほどと同じ、森の入り口に立ったまま、興味のなさそうな顔でセビオスが俺を招いていた。
「……これはこれは。歌姫とご一緒でしたか」
 にこりと笑みを崩さないまま、アイクが芝居めいた台詞を呟く。
 女の水着を剥ぎ取ろうとした言動の後だからか、一見して人のよさそうな顔が今はとてもうさんくさい。
「もしや、リデルは既にメルポルネに滞在しているのかな。だとすれば、出会った時に我が領土へエスコートしなかったことがますます悔やまれるよ……」
「それは重畳。期せずしてエルテルペに一矢報いたということですか」
 表情一つ変えず、淡々とした口調でアイクを挑発(?)する。
 イケメンの口元が歪み、作り物じみた笑みがますます色濃くなった。
「行きますよ、リデル。それとも、ここに滞在しますか?」
「い、行く! 今行くから!」
 双子やアイクを押しのけ、真っ二つに割れた人垣の中央を走り抜ける。
 足場が砂浜から逃れ土を踏んだ瞬間、それまで感じていた不気味な重圧がスッとほぐれた。
「リデル! 滞在先を変えたくなったら、いつでも来なさい」
 背中にアイクの声を浴びながら、俺は逃げるように森の奥へと突き進んでいった。


 足を止めたのは、波の音が遠くなり潮風もほとんど感じなくなった頃だった。
 森の中の景色は変わらず、どのくらいの距離を走ったのか全くわからない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「……ようやく、止まりましたか」
 数秒遅れて、木々の間からセビオスが追いついてくる。
 多少息切れはしているが、呼吸が乱れまくっている俺より余裕がありそうだった。
「はぁ、はぁ……なんなんだよ、あいつら」
 怖かった。
 これまでにも女体化やリヴァール、三勢力による領土争いなど色々あったが、浜辺でのあの奇妙な感覚が最も非現実的だった。
 笑顔でプレゼントを渡すといい、平気な顔をして水着を脱げと命じるアイクも。
 それを当然のことのように受け入れた女も。咎める俺こそが異端だといわんばかりの空気も、なにもかもが現実離れしていた。
 どうせ夢だから、と割り切ることすら出来ない違和感だ。
 まるで自分が、正常なつもりでいるだけの頭のおかしい人間になったような気分だった。
「……リデル」
 セビオスに呼ばれる。
 俺の話なんて全然聞いていないように見えて、ちゃんと名前を覚えていてくれたらしい。
「あ、あぁ。さっきは助か」
「私と、リヴァールをしましょう」
 俺の言葉を遮り、冷淡な声が、そう告げた。




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プロフィール

巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

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・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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