長編 約束 ─完

長めの全年齢向け小説にもかかわらずだいぶ間を空けた女体化アイドル物語です

この話を続ける気力を失ったので打ち切り的に完結まで書きましたので公開します

すごく……雑です

前回
一話目


 『舞姫』の演舞が終わると、招待客もあちこちで好き勝手に動き始めた。
 優雅にワルツを踊るペアもいれば、一人でクルクルと回るダンサーもいるし、まったく踊らず酒をぱかぱかと飲み続ける奴までいる。
「無法地帯だ……」
 城の舞踏会というからどんなに格式ばったものかと緊張していたが、全然そんなことはなかった。
 そもそもセレモニーの時点でアイドルのライブが行われるのだから、緊張感などとっくに霧散している。
「……お前は踊らないの?」
 隣でシャンパンを傾けるセビオスにふと聞いてみる。
 すでに五杯ぐらい飲み干しているが、愛想ゼロの整った顔に赤みが差す気配はない。
「私は、歌姫ですので」
 涼しい表情のまま、聞く方にしてみれば嫌味とも取れる台詞をきっぱり言い切り、六杯目のグラスを空にする。
「いや、トップアイドル目指しているんなら、踊りのレベルだって高いんだろう?」
「…………」
 答える気はない、か。
 リヴァールの試合以外で手の内を見せる気はないのか、それとも単に踊れないのか。
 一緒にダンスのレッスンもやった事があるから、たぶん後者の線はないんだろうが……。そんな事を考えていたせいか、俺は背後からの接近に全く気が付かなかった。
「お久しぶりですわ、応募者様」
「ご無沙汰しておりますわ、応募者様」
 両脇から伸びた手が俺の胸をわしづかみにし、両側から耳たぶを同時に噛まれる。
「うひゃんっ!?」
「エウテルペの……」
 胸を揉まれ悶える俺を見て、セビオスが先に犯人を言い当てた。
 俺は嬌声を上げてしまった恥ずかしさをごまかすように身を大きくよじって逃れ、いきなりセクハラをかましてきたのは浜辺の街の双子美女を睨みつける。
「い、いきなり何しやがる!」
「あぁん、つれないですわ」
「うぅん、触れ合い足りませんわ」
 怒鳴っても効果はないらしく、そ知らぬ顔をして体をくねくねとさせている。
 双子はど派手なフリルが斜めに付いた、フラメンコを思わせる情熱的な衣装を着ていた。前回のきわどい水着姿と違いだいぶ露出は控えめだが、そのぶん美しく煌びやかな印象が引き立っている。……ように思う。
「それより見まして? テコラ様のあの優雅な舞い!」
「『舞姫』の名に恥じない、素敵なダンスでしたわ!」
「テコラっていうのか……」
 城主が自慢するだけあって、『舞姫』の見せたダンスは息を呑むほど美しかった。
 ステージに立つ前に出会った気弱そうなメイドさんの面影は一切なく、キレのある動きと、激しい動きにもかかわらず見ているこっちまでつられそうになる笑顔を振り撒ける彼女は、間違いなくリヴァール最強の一角を担っているのだろう。
 俺がトップアイドルになるには、彼女を下さなければならない。彼女だけでなく、容姿だけなら間違いなくトップクラスの双子美女や、圧倒的歌唱力を持つ隣の歌姫もだ。
「ヘコむわ」
 おそらく、今の俺の状態こそが城主の思惑なんだろう。
 圧倒的実力差を見せ付けて、戦意を挫く。その目論みに、まんまと嵌ってしまった。
「……帰ります」
「あ?」
 いままさに俺の口から出かけたその台詞を、セビオスが呟く。
「あら? 踊られないのですか?」
「せっかく四人いるのですもの。私達とそれぞれペアを組みませんこと?」
「酔いが回りましたので。失礼します」
 抑揚のない声でウエイターの男にグラスを返し、スタスタと会場を出て行く。
 どう見ても酔った人間の足取りではなかった。
「……なんだ? あいつ」
「相変わらずつれないですわね、姉さま」
「歌姫は孤高がお好きなのですわ、姉様」
「……孤高、ね」
 村を守るために、何者にも負けないよう独りきりでその歌唱力を鍛えてきたセビオス。そんな彼女に、俺は一人でがんばる必要はないんだと伝えた。
 その言葉を受け入れてくれたと思ったのは、勘違いだったのか?
「俺も帰る」
「そんなっ、応募者様まで!?」
「私達と踊らないのですか!?」
 俺は騒ぐ双子を無視して、セビオスの後を追った。


 舞踏会の喧騒を抜け出し、夜の垣根を進む。
 照明灯が設置されているため完全な暗闇ではないが、見通しの悪い迷路のような道筋を進むには充分に不安を覚える暗さだった。
 歩みを進めるたびに城内の喧騒が遠くなり、明かりも薄れていく。
 たとえ人が目の前にいたとしても顔さえわからないような、そんな暗闇の中に溶けてしまいそうなほど長い藍色の髪を湛えた背中に声をかけた。
「何しているんだ?」
「……リデル」
 ぼんやりと空を見上げていた顔がゆっくりと振り向く。
 俺が追いかけてきたことも、話しかけてきたことにも特に驚く素振りは見せず、セビオスは再び空を見上げた。
 つられて空を仰ぐ。異世界であっても、目に映る景色はほとんど元の世界と同じだった。
 真っ暗な空に灰色の雲が流れ、ちかちかと星が瞬いている。
 どのくらい無言の時間が流れたのか、セビオスがポツリと口を開いた。
「私は、歌に絶対の自信を持っています。ですが果たして『トップアイドル』とは、歌唱力の高さだけでなれるものでしょうか?」
「……わからないな。俺のいた世界じゃ、そういう奴はアイドルっていうより歌手とかアーティストって呼ばれてる」
 歌だけじゃなくて、顔が良い奴や踊りが上手い人間だって、一点特化だけじゃアイドルとは呼ばれない。
 とはいえ歌が下手で見た目も悪い人間がアイドルを名乗ったところで誰も認めやしないだろうから、平均以上の能力はやっぱり必要になる。そう考えると、アイドルって言うのは本当に限られた人間しかなれない存在なんだろう。
 俺の知るアイドルとこの世界のアイドルは全然違うものだが、狭き門であることに違いはない。
「おそらく、今最もトップアイドルに近いのは、彼女……カペリオンの舞姫でしょう。私は、きっと彼女に勝てない……」
 セビオスの声は淡々としていて、悲観にくれるわけでもなく、ただの事実として言葉を紡いでいるようだった。
 俺は、何も言えない。
 実際にあの舞姫……テコラのステージを見て、俺はあれこそが『アイドル』だと感じたのだから。
 あのアピールをリヴァールとして使われたら、きっと反抗心なんか根こそぎ奪われ、屈服してしまうだろう。
 だが。
「言っておくが、俺は諦めが悪い」
 元の世界で、俺はいくつもの事務所に書類を送っては、送り返されていた。
 何度も何度も不合格通知を受けて、だけど懲りることなく挑戦し続けた。
 後悔しても、へこんでも、後戻りだけはしなかった。
 俺は、約束をしたのだから。
 夢を叶えると────アリスと二人で作ったこの歌を、世界中に届けると。
「今は勝てない相手だけど、次に会う時はそうじゃないかもしれない。だろ?」
 もちろん、勝つための最大限の努力はする。けれど勝てるという意欲がなければ全部がパアだ。
 こういう考え方を楽観的だと人は言うかもしれない。けれど俺は、悲観に暮れて歩みを止めてしまう方が嫌だ。
「行くぞ。セビオス」
「……どこに?」
「舞踏会に戻るんだよ。折角めかしこんだのに、踊らずに帰るのはもったいないだろ」
「なっ……!」
 俺の言葉に目を剥いたセビオスの腕を強引につかみ取り、きらびやかな光を放つ王城へと駆け戻る。
「あ、あなたは、何を聞いていたんですか! 私のダンスなんて、舞姫に比べたら……!」
「比べる必要なんかない。なんなら、テコラからいろいろ教わればいい。別領土のアイドルが交流したらいけないなんて決まりはないんだろ?」
「はぁぁ!?」
 いつも凛としているセビオスが素っ頓狂な声をあげるのがおかしくて、口角が緩む。
 これまで振り回されてばかりだったが、自分から人を振り回すのは存外悪くなかった。
「だいたいお前は、いつもキリッとしすぎだ。トップアイドル目指すならもっと笑えよ」
「ひ、人の勝手でしょう! どうしたんですか、急に」
「吹っ切れた、のかな」
 テコラのダンス力は非常に高く、あれを見て自信を失う奴も大勢いただろう。
 実際のところ俺やセビオスも同じだった。……だけど、落ち込むセビオスを見て、俺は持ち直す事が出来た。
 高い壁を感じて絶望する人間もいれば、心を燃やして挑戦する人間もいる。逆境をバネにして強くなるタイプだ。
 完全にへこたれるには、まだ心は折れきっていない。
「お前だって、本気で諦めてるワケじゃないだろ?」
「………………当然ですっ」
「おっけ」
 快い返事を聞き、俺たちの足取りはいっそう力強くなった。




「だだ、ダンスの指導を、私に!? あ、あの、あのわ、私なんかで、本当にいいんですか!?」
 会場でメイドの格好に戻り、招待客に飲み物を配っていた舞姫はあわあわとしながら頷いてくれた。
 ただ、教えてもらうだけじゃ申し訳ないということで、セビオスはテコラに歌を、テコラはセビオスにダンスをという交渉がトントン拍子で進んだ。
「あら、面白そうな話をしているわよ、姉さま」
「私達も参加せざるを得ないでしょうね、姉様」
 そこへ双子姉妹がやってきて、結局、三大勢力の姫たちが揃いも揃ってお互いが自分の持つ技能を相手に教えるという、異様な事態となった……言い出しっぺが俺とはいえ、こいつら、本当に敵対しているんだろうか。

 セビオスに金魚の糞みたいにひっついていた俺も、テコラや双子姉妹からレクチャーを受けることが多々あったが、まぁ、正直もともとのステータスに差があるためか、全体的に底上げはされてもやっぱり四人には全く勝てなかった。


「ワンツー・スリーッ! と、ここでピタリと止まって、笑顔、です!」
「ちょ、う、おおわおうおわう!?」
 臆病な態度の割には激しいダンスを繰り出すテコラに何度も置き去りにされ。

「胸周りのお肉をこうして寄せてあげて…………た、多少は、見栄えもつきましたでしょう?」
「うるせぇ」
「常に、自分の前に鏡があることを意識するのです。自分が他人からどう見られているのかを意識し、研究するのです!」
「だーから、抱き着くな!」
 変態な双子姉妹から過剰なスキンシップをされつつビジュアルの魅せ方を学び。

「足を天井に向けて伸ばして、ゆっくり下ろしてください。これをあと百回」
「くっ……かっ……」
 歌唱力を鍛えるためにセビオスと共に基礎体力をつけていく日々を過ごしていった。


 それぞれの領主やステージを用意する運営陣からのお咎めも特になく、ひたすらレッスンとレッスンとレッスンに明け暮れ。
 ────いよいよ、公式戦当日。
 互いの領土を賭けた、アイドル同士の戦いが始まった。

***

「────それではこれより、エウテルペのウルア、メルポルネのセビオスによる、公式リヴァールをはじめます」
 淡々とした、全く盛り上がらない口調でアナウンスをする白髪のハクトに従って、舞台袖から二人の女性があわられる。一人は浜辺の街エウテルペの、双子美女の片割れだ。
 ウルアは全身を真っ赤なマントで覆い、余裕に満ちた笑みを浮かべている。
 対するセビオスは、以前の舞踏会のときに着ていた青いドレスを身にまとい、眉一つ動かさずステージの中央で足を止めた。
 二人の登場と同時に歓声が上がり、ペンライトが灯る。自分達の領土が掛かっていると言うのに、公式戦を見学に来た一般人たちはまるでアイドルのライブを楽しむ観客そのものだった。
 誰が領主になろうと、仮にどんな悪政を働こうとも、連中は反抗もしないのだろう。それがこの世界での常識なのだ。
 それでも、セビオスはそんな連中のために、自らの領土を守りたいという。
「準備はいいですか? それでは両者、ご自分のタイミングでリヴァールを始めてください」
「うふふっ、なんという僥倖でしょう。まさか緒戦のお相手がセビオス様とは」
「……どういう意味でしょう?」
「わかりませんか? わからないはずがないでしょう? 私とセビオス様には、決定的な戦力に差があることを! これでも私は勝機を差し上げているのですよ? 私に勝つためには、セビオス様は先手を取るしかないのです!」
 マントの下で大きな胸をぶるんぶるん揺らし、ウルアは多弁に語る。だが、セビオスはその挑発を完全に無視していた。
 やがて痺れを切らしたのか、ウルアの端正な顔に酷薄な笑みが浮かぶ。
「……いいでしょう。何も出来ず、私の前にひざまずいて下さい。────セッツ!」
 宣言した瞬間、ウルアは体を覆っていたマントを中に投げ捨てた。
 観客席からの光をものともしない強いスポットライトを全身に浴び、隠されていた肢体を衆目にさらけ出す。
 というか、裸だった。
 乳首と秘所を絆創膏のようなもので隠しただけの、紙一重どころかドストライクで変態だった。
「ほーっほっほっほ! 服など不要! この私の美に酔いしれなさい!」
(バカじゃねぇの、アイツ……!?)
 高笑いをするウルアが上体を反らして高笑いをすると、胸についているたわわな二つの球が揺れる。今にもこぼれ落ちそうなそれは、セビオスには決して届かない領域だった。
 以前の彼女なら、すぐさま膝を付いていただろう。
「……」
「あ、あら?」
 彼女は露出狂の豊満な胸にも、くびれた腰つきにも、何の反応も示さずただただ冷たい目をしていた。
 どこか哀れみを含んでいるようにさえ見えるのは俺の気のせいじゃないと思う。
「ど、どうしましたかセビオス様! この肢体が、羨ましくないと!?」
「……アピールタイムは終わりましたか?」
 動揺するウルアを無視して、審判もつとめる白髪女に時間を訊ねる。
 大歓声の量から観客には大うけしているらしいが、ステージ上の人間は冷静そのものだった。
「いいでしょう。どうぞ」
 ハクトが懐中時計を閉じ、セビオスに目配せをする。
「そ、そんな……何かの間違いです……この私のボディに見蕩れない人間なんて……」
 ウルアは自分の、文字通り全てを投げ捨ててアピールしたビジュアルが全く通じていなかったからか、明らかに動揺していた。
「セッツ」
 その隙を見逃さず、セビオスが宣言をする。
 背筋をピンと伸ばし、いつもは下がっている口角を心持ち持ち上げながら紡がれたその歌声は、ウルアの裸に興奮していた客達の喧騒すらも一瞬で吹き飛ばしたのだった。


「ま、負けましたわ!」
 数秒後、美しき裸の美女は膝を付いて、セビオスの歌声に屈した。
 これでエウテルペとは一勝一敗。決着は第三試合に掛かっている。
「申し訳ない、リデル。私がふがいないばかりに……」
 メルポルネ、つまり村の領主であるムジックは、既に一試合目で双子の片割れ、レイアに敗北していた。
 公式戦は総当りで、もっとも勝ち点の多い領土が優勝する。つまり最大で六点取れるわけだ。
 王城のメンバーとは、まだ戦っていない。ここは一点でも多く勝ちを拾っておきたいところだ。
「……」
 舞台袖に戻ってきたセビオスと視線を交わし、頷きあう。
「じゃ、行って来る」
 病弱領主と貧乳歌姫に見送られながら、俺は最初のステージに立った。


「────それでは、エウテルペとメルポルネの最終戦、貴公子アイクと、応募者リデルのリヴァールです」
 ハクトのアナウンスと共に会場は最高潮に沸きあがる。
 よくあんな淡々とした声でテンションを上げられるものだ。
 上手から顔を出すと、光の海が飛び込んできた。
 見渡す限りの、赤、青、緑、黄色……さまざまな色を放つペンライトが夜の闇に浮かび、波のようにゆらゆらと揺らめいている。
 正面から現れたイケメンすら霞む美しい光景に、俺は呆然とするしかなかった。
「ふっ……待ちわびたよリデル。今日は君が僕に隷属する記念日だ」
 気取ったアイクの声も、聞こえない。
 胸が、目頭が熱くなる。
 キラキラと輝くステージからの眺めは、俺のいた世界でも一握りしか知らない、極彩色の景色だ。
「……俺は、俺たちは、これを見たかったんだ」
「うん?」
 アリスにも見せてやりたかった。
 いや。
 今は俺が、アリスだ。
「セッツ!」
 宣言と同時に、ステップを踏む。
 男らしさを意識しない、柔らかで流動的な動きを、大勢の視線の中で魅せる。
 指の先にまで神経を行き渡らせ、しなやかな力強さを体の動きだけで表現する。
 もちろん笑顔も忘れない。
 俺の最愛の妹が浮かべたら絶対に可愛いだろう表情を、観客に、審査員に、そして対戦相手に惜しげもなく見せてやる。
 今の俺は、勝つことも、負けることも、セビオスも頭の中にない。
 ただひたすら、楽しかった。
 光の海の前で歌う事が。踊る事が。笑う事が。
 ずっとこうしていたいという気持ちが溢れて止まらない。
 永遠に続くかと思われた時間は、しかし実際のところあっという間で、すぐに俺のアピールタイムは終わってしまった。
「…………」
 アイクは膝を付かない。
 俺の全力は、相手が持つ絶対の自信を崩すほどではなかった……というわけか。
「はぁ、はぁ……」
 だけど、不思議と悔しい気持ちはない。やりきったという満足感が全身を包み込んでいた。
「……後攻、アイク。どうぞ」
 白髪女が淡々と進行する。
 この生きているだけでイケメン野郎がこれ以上どんなイケメンアピールをしてくるのか。そして俺は、その仕草を美しいと思ってしまい、男相手に惚れてしまうのだろうか。
 …………しかし、いつまで立ってもアイクは動かなかった。
「どうかしましたか?」
 ハクトも妙に思ったのか、アイクの目の前でパタパタと手を振ってみせる。
 するとようやく正気を取り戻したのか、アイクは急に俺の前に片膝を付き、手をさし伸ばしてきた。
「我が妻に迎えたい!」
「断る!」
 思った以上に簡単に拒絶できた。
 これがアイクのイケメンアピールだとするなら、いくらなんでも滅茶苦茶だ。急にプロポーズされて頷けるわけがない。
「決着です。勝者リデル」
 機械音声のような感情のなさで、ハクトが淡々と告げた。……って、え? 俺、勝ったの?
「アイクは完全にあなたのトリコです。負けた、と宣言するまでもなく、彼の敗北は明らかです」
「……まぁ、そうかもしれないけど」
 チラリと膝を付いたままのアイクを見やる。頬は完全に赤く染まり、心なしか瞳まで潤んでいた。
「もう領土も試合もどうでもいい。僕は一人の男として、キミに結婚を申し込んでいる!」
「そうか。だが断る」
「……ば、バカなぁ!?」
 手心なく素直な気持ちをぶつけてやると、ようやくアイクは両手を付いて顔を伏せた。
 この世界に来て一番初めに出会ったアイドル。
 ムダに輝くイケメンを撃破し、ようやく一人前になれたような気がするのと同時に、こんな顔だけの男に一度でもトキメイたのかと自己嫌悪に打ちひしがれるのだった。


 三十分の休憩を挟み、第二試合はすぐに行われた。
 舞姫テコラのいる王城勢力は強力で、その上、対戦相手の港町は連戦だったこともあってか、あっけないほど簡単に敗北した。
 テコラはもちろん、城主ダンツが繰り出した独楽のようなブレイクダンスや、執事クレイオのきびきびしたロボットダンスも見事で、正直アイクたちが万全だったとしても勝利は難しかったと思う。
 これでエウテルペの領土が搾取されることは決定した。あとは、俺達が城の連中と戦うだけだ。
「やるだけやるぞ!」
 ムジックやセビオスと円陣を組み、ステージ裏で最終戦への気合を入れ直す。
 病弱領主はいつも通りの顔色の悪さのままニコニコと笑みを浮かべ、セビオスも普段通り口を固く結んでいる。二人とも緊張している様子はない。むしろ大舞台に立つ経験が圧倒的に少ない俺の方が浮き足立っているぐらいだ。
「ファイトォーッ!」
 大声を張り上げ、体にかかる重圧を吹き飛ばす。
「行きましょうか。我がメルポルネは、誰にも渡しませんよ」
 余裕ぶった笑みと台詞で、ムジックがステージに向かう。
 相対するのは、ゴム鞠のような小男……城主ダンツだ。
「ほう。城と村の領主による直接対決ですか。これはこれは」
 珍しく感情を篭らせて白髪女がアナウンスするが、やっぱり盛り上がりに欠ける。誰だ、あの女に実況任せたのは。
「それでは両名、リヴァールをはじめてください」
 その言葉に従い、男達が片手を高らかに掲げた。
「セッツ!」
 先に宣言をしたのはムジックだった。
 中央に設置されたマイクを手にし、かすれた声でゆっくりとした歌を歌う。
「『もうさよならだ。君と出会えてよかった。さよならさえ伝えられずごめん。思い出だけを残していくよ』」
 何も言わずに旅立つ男の想いを歌ったバラードが、会場全体に染み渡る。床に伏せってばかりいるイメージが強いムジックだが、それが返って歌詞の切なさとリアルさを醸し出しているようだった。
 あいつ、本当にいつか何も言わずサヨナラしそうだしなぁ。
「……アリスも、そうだったしな」
 妹は交通事故にあい、何か言葉を残す暇もなく力尽きた。
 人の死は突然で、理不尽で、何かを言い残せるのならむしろそれは幸いなんじゃないかと思う。
「わ……ワシが、このワシが、アピールすることも出来ず…………負けた、だと!?」
 サビをひとしきり歌い終わると同時に、ダンツが膝を付く。ムジックに屈服した証拠だ。
「勝者、ムジック。これで両陣営の総合点は同じになりました」
「やった……!」
 これで同点。俺とセビオスが勝てば、優勝できる。
「ごほっ、げほっ。うぅ、ノドが肉離れを起こしました……」
 口端から血を流しながら、ムジックがふらふらと戻ってくる。
 今日にも死にそうだった。


 二戦目は俺。対するのは燕尾服を着た長身の男……クレイオだ。
「お初にお目にかかります、応募者さん。自分はクレイオ。カペリオンの宰相を務める傍ら、アイドルなどもしております」
 片手を背に、片手を胸に回し、大袈裟なぐらい腰を曲げてお辞儀をする。そんな所作さえ嫌味ではなく美しかった。
 冷たい、爬虫類のような目をしているが、顔立ちも悪くない。
「……リデルだ。さっさとやろうぜ────セッツ!」
 俺に談話をする余裕なんかない。
 後攻に回れば、まず相手のアピールに耐えなければならない。リヴァールは先手の方が圧倒的に有利だ。
「『この道を進めばそう。君の声が聞こえる気がしたんだ。ごめんね呆れるかな、笑うかな』」
 アップテンポの楽曲を、余計な力を要れず自然に歌い上げる。
 アリスと作った歌を、今の俺が持てる限りの力で声に乗せる。
 女の声が会場に響き、まるで俺自身がアリスと一緒に歌っているような気がした。
「…………さて、では、こちらの番ですね」
 クレイオは俺のアピールをくだらないものでも見るかのように、無表情冷たい目のまま言い放った。
 目の前の男は、何も心動かされていないのが一目でわかる。
 俺の全力は一蹴され、相手のターン……ステージから流れ出した音楽に乗せて体の細部までコントロールしつくしたようなダンスが始まった。
 柔らかみのないパフォーマンスだが、激しく機敏な動きは非常に力強く映る。そんなことを考えた瞬間、俺は膝を付いていた。
「ま……負けた!」
 敗北を宣言した瞬間、クレイオはダンスを切り上げ襟を整える。勝利への興奮すら感じていないようだった。


 三戦目。互いの領土にいる“姫”の登場に、観客たちは一戦目以上に大きな歓声を放った。
「舞姫、テコラ」
「は、はいですっ」
 気弱そうなおかっぱの少女が、肩やへそを丸出しにした衣装と共に下手からトテトテやってくる。
「歌姫、セビオス」
「はい」
 青いドレスをまとうクールな女が、前に進む。
 相対した二人は無言のまま視線をしばらく交し合い、
 そして。
「────セッツ!」
「です!」
 ほぼ同時に、試合開始の宣言をした。

***


 全ての試合が終わり、俺は解体されていくステージをぼんやりと眺めていた。
 表彰式なんてモノもなく、あれほど華々しかったステージが淡々と処理されていく。観客もすっかりいなくなり、動き回るのはランニングシャツを着た鉄骨男ばかりだ。
「お疲れ様でした」
「ん。お前か……」
 いつの間に傍までやってきたのか、ハクトに声をかけられる。
「どうでしたか? ここでの生活は」
「……悪くなかったよ」
 男の俺が異世界で女になり、アイドルとしてレッスンをこなす日々を過ごしていた。冷静に考えるまでもなく無茶苦茶な話だが、やってみると意外なほど楽しかった。
 何よりも、もう二度と会えないと思っていた存在を、こんなにも近くに感じられる。
「この姿は、俺の望んだもの……か」
 ハクトが以前言っていたことは正しかったのだろう。
 この世界は夢を叶える場所。
 アイドル未満の俺がアイドルになれる世界。妹を失った俺が妹に出会える世界。
 約束を、もう一度結びなおすことの出来る世界。
 今はもう、そのことに何の疑問もない。
「これから、どうしますか? 元の世界に帰りますか」
「トップアイドルにならなきゃだめなんだろ?」
「そうとも限りません。本当は、あなたが望むのなら、いつでも帰れたのかも」
「何だそりゃ。謎掛けか?」
 俺の望みは、『アリスと一緒に、アイドルとしてやっていく』こと。
 元の世界に戻ったところで、それは絶対に果たされることのない約束だ。
「俺は…………この世界にいたい。アリスや、あいつ等と一緒に」
 少し離れた場所では、セビオスとムジックが話し合っている。
 歌姫と舞姫の戦いは数ターンにも及び、最終的に幸運も手伝ってセビオスが勝利した。
 これにより王城の勝ち点と村の勝ち点が再び同点になり、公式戦は港町の領土を分け合う形で終結したのだった。
 領土を全て失う危機をギリギリのところで脱した村のアイドルは、お互い肩を叩きあい、笑顔を交わしている。が、突然ムジックが血反吐を吐き、セビオスからはみるみるうちに微笑みが消えた。
 放っておけば、地面に倒れた領主をそのままにして帰ってしまいそうな、冷たい表情をしている。
「それにあいつ等も、俺がいないとダメみたいだしな」
「……まぁ、アイドルたちはみな人格に一癖ありますからね」
 珍しくハクトから同意を得られ、俺は笑みを浮かべた。
「これからあなたは応募者ではなく、不思議の国の一員として登録されますが……よろしいのですか?」
「よくわからんが頼む」
「では名前と、所属する領土を」
 懐からサインペンと共に半紙が渡される。
 もう二度と引き返せない──そんな思いがよぎったのは一瞬だった。
「所属は、メルポルネ」
 俺は進む。
 小さな村のアイドルとして、純粋にトップアイドルを目指す、一人の人間として。

「名前は……アリス・リデル」

 ここが夢の再スタート。

 子供の頃の約束を今度こそ果たそう。

 俺は……俺達は、トップアイドルになる。
 トップアイドルになって、そして────。

 世界中に、この歌声を届けていく。




おわり






ここまで読んでいただきありがとうございます
お目汚し失礼しました

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巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

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・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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