T.S.S その6


入れ替わった父娘と、憑依された巫女と、女体化男子に囲まれた、TS好きな男の物語です


トランスセクシャルシンフォニア その6


 予想外すぎる訪問者のおかげで、ずいぶん時間に余裕ができた。
 のんびりと朝食を取り、鏡の前で念入りに身だしなみを整える。白山や六村とつるんで遊びに出たことはあっても、年上の女性と二人きりで街を歩くのは初めてだ。
 葛葉さんとの待ち合わせは駅前のロータリー。今の時間から出れば、よほどのことでもない限り間に合う。
 曲がり角で女の子とぶつかったり車にはねられて異世界転生したり、はたまた怪しい露天商と出くわしたりしなければ、な。
 心の中で「俺帰ったら結婚するんだ」ばりのフラグをばら撒き、そして俺は。
「何事もなく着いた……」
 日曜独特の活気に溢れた駅前へたどり着き、人や車の行き交う光景をがっくりと眺める。なぜ世界はこういう時だけ常識人のフリをするのか。
「へぇ? 俺とのデートはそんなにイヤだったわけ?」
「うおおおおお!?」
 吐息と共に耳元へ言葉を投げかけられ、思わず飛び退ってしまう。
 振り向くまでもなく、背後にいたのは葛葉さん……の体を乗っ取った亮祐だった。
「よっ。ずいぶん早ぇじゃん」
 いつもの巫女服と違い、淡い青色のジーンズと肩幅が広く開いた白いシャツを身につけたその姿は、どこにでもいそうな大学生風のお姉さんだ。上半身を盛り上げる胸部は巫女服で見たとき以上のボリュームを誇り、普段は袴に隠された脚のラインも今ならバッチリわかる。
 女性にしては背丈もあり、男の俺よりわずかに高い。和服の下に隠れていたモデル体型を惜しげもなく晒し、そこに加えて流れるような黒髪や涼しげな目元から滲み出る美しさは街行く人々の注目を一身に浴びるのも納得のビジュアルだった。
「な、なんだよ。……やっぱ、変だったか?」
 俺の視線に気付いたのか、それまで強気だった顔を赤く染めて、自分の身体を抱きしめる。露出度なんて全くないし、巫女服みたいなコスプレ要素があるわけでもないのに、その仕草はとてもエロチックだ。
 不良少女がデレた瞬間にも似た、粗暴さと女らしさとのギャップがたまらなく良い。
 くねくねオジサンだの残念TS男子だのと最近いまいちポイントがずれていただけに、久々にエキサイトできる光景だった。
「似合ってます。とても綺麗っす」
 賛辞のレパートリーというのはどうしてこうも少ないんだろう。ゴチャゴチャしたたとえを持ち出さなければ、この感動を伝えることもままならない。
「そ、そうか? へへ……いやな、葛葉のやつ和服以外の洋服なんて全然持ってなくてよー」
 恰好を褒められ、まんざらでもない反応をする。これまたヤンデレ(ヤンキーデレ)に見られがちな姿だが、意外とTS属性との親和性が高いのかもしれない。
 しかし自分のことを他人事のように語る口調は健在であり、憑依らしさが損なわれているわけではない。完璧だった。
「じゃ、さっそく行きましょうか」
 俺はアーケードの方を指差し、「葛葉さん」を促した。
 中身が男の女性との初デート。
 改めてそのことを反芻し、俺の緊張はますます高まるのだった。


 ひとまず目を付けたのは、大型のゲームセンターだ。
 店内放送や筐体から流れる多種多様の爆音が俺たちを出迎え、一瞬で喧騒に包まれる。
「入ったことって、ありますか?」
「あぁ? なんだって?」
「ゲーセンって、入ったことありますか!」
 そこそこ声量を上げなければ会話も出来ない。この騒がしさこそが醍醐味とはいえ、もう少しどうにかならないものか。
「葛葉はねーなぁっ! 俺ならタイコの鬼モードクリアぐらい余裕だけどな!」
 自慢げな笑みを浮かべ、手を前後に振るう仕草をする。
 タイコとは、太鼓の形をしたゲーム機を叩いてリズムを取る音楽系のゲームだ。最高レベルの難易度が鬼モードと呼ばれ、弾幕のような数の譜面が流れてくる。
「なら、一勝負しましょうか!」
「おうよ、望むところだ!」
 自分の細腕を叩いて勇ましく笑う美女は、非常に絵になった……いや、美女という時点で何をしても絵にはなる。
 普段は無口で無表情な葛葉さんがそうした表情を惜しげもなく見せるというのが重要なのであり、加えてそれが美しい容姿を持った人ならば俺の幸福度はとどまることを知らない。突き詰めてざっくり言ってしまえばTS趣向はギャップ萌えの一種なんじゃないかと最近ぼんやりと思うようになった。
「お前の得意曲でいいぜ! ぼろっぼろにしてやんよ!」
「ははは、お手柔らかに」
 コインを投入し、操作を誘導するマスコットキャラに従って俺は最近流行った映画の主題歌を選択した。
 アップテンポの曲調に合わせて、譜面がぞろぞろと流れてくる。
「ちょっ、んなっ、これっまっ! おおい!?」
 初めてプレイする曲だったらしく、彼女はなかなかリズムに乗れないまま太鼓の筐体を叩いていった。
 かくいう俺も、大げさに腕を振るうたびに揺れる彼女の胸に気を取られ、ミスを連発してしまう。
≪無様だガン。もっと頑張るガン……≫
 数分後、特徴的な語尾でしゃべるマスコットキャラの声がむなしく響いた。
「……このカラダ、リズム感なさすぎだろ」
 それが負け惜しみなのか言葉通りの意味なのかは、俺には判断しきれなかった。

 それから俺たちは定番のクレーンゲームはもちろん、レースゲームにガンシューティング。対戦格闘や通信シミュレーションなどあらゆるジャンルを遊び倒し、気が付いたときにはすでに昼時が過ぎていた。
 そろそろ軍資金も苦しくなってきたのでゲーセンデートは中断し、近場のファストフード店に入る。
「ふぃいいいい、遊んだ遊んだぁ!」
 葛葉さんは席に着くなりテーブルの上に笑顔と長い髪を投げ出し、大きな息を吐いた。
 どうやら満喫してくれたらしい。デートというよりは気の合う男友達と遊んでいるような感覚だったが、俺も充分に楽しめた。
「ってか、このカラダ体力ねぇな……俺が生きてた頃なら、あと一時間ぐらい遊んでたぞ」
「いやぁ……あのままだと、ちょっと財布が」
「うーん……ま、それもそうか……っと」
 言いながら上体を反らし、服の下に隠れた胸の形をこれでもかとばかりに主張する。くっきりと浮かび上がった女性らしい曲線は非常に魅力的だった。
 俺ばかりではなく、店内の男の目が一斉に彼女へと集まっている気さえする。
「……うわあ。マジでわかるもんだな」
「な、何が?」
「男が、自分のどこを見ているのかだよ。今、店中の野郎どもが俺の胸を見てたぞ」
 そういい、人差し指でプニ、と自前の柔らかい半球をつつく。
 男にとって不可侵ともいうべきその部分を気安く触り、笑顔を浮かべるその様子には嫉妬すら覚える。いままでの快活なものと違いどこか男をからかうような表情が垣間見えたのは、俺の考えすぎだろうか。
「み、見られてるのがわかっててそういうこと、しないでください……」
「今は俺の身体だし、別にいいだろ。……羨ましいなら、お前にも触らせてやろうか」
 意味深に微笑み、俺の腕を取る。葛葉さんの細い指が手首に絡みつき、その指先から感じられる柔らかさに心臓が早鐘を打った。我ながら童貞臭い反応だと自嘲する暇もなく、俺の手が正面に座る美女の胸へと引き寄せられていく。
 店内のざわめきが遠のき、俺の視線は手のひらが向かう先の一点のみに集中する。ほどなく、あと数センチも進めば触れる距離まで近づいた。
「センパイ! こんなところで奇遇ですね!」
 胸の体温が感じとれるほど接近した俺の手は、背後から力強く肩を叩かれた衝撃であっけなく墜落してしまう。
 手の主を振り返ると、そこには髪を三つ編みに結んだ女の子……雛姫ちゃんがいた。
 普段の活発なイメージとは正反対の文学少女を思わせるヘアスタイルに、一瞬だが別人のような印象を持つ。そのぐらい、意外な髪形だった。
「ちょ、ちょっとおと……じゃなくて、雛姫!」
 みつあみ雛姫ちゃんに目を奪われていると、慌てたように父親の大鳥さんも出てきた。
 大鳥父は両手にこの店のセットメニューが載ったトレイを持ち、おろおろと娘の……自分の身体を動かす父親を心配そうに眺めている。
 二人とも私服姿で、雛姫ちゃんの方は薄手のフリースにショートパンツという活動的な格好をしていた。それだけに、丁寧に結ばれた二本のおさげが余計に目立つ。
「……誰だよ、このちびっこ」
 誘惑を邪魔されたからか、葛葉さんの声にはトゲがあった。
 両手はといつの間にか俺の腕から離れている。あと少しで彼女の胸に触れたのにという落胆と、本人の許可も得ずに触ってしまわなくて良かったという安堵の気持ちが混ざり合って複雑な気分だった。
「ち、ちびっこ!? ぐぬぬぬぬぅっ……センパイ! 誰ですか、この失礼な女は」
「えーと……」
「失礼なのはそっちだろ? いきなり話に割り込んできて、なんなんだよ」
「あー……」
 なんだろう。俺は今、もしかして二人のTS娘に取り合いをされているのだろうか。
 俺の場違いともいえる自惚れをよそに、雛姫ちゃんと葛葉さんはそれぞれ好戦的な視線をぶつけ合わせている。火花が散り、空気が鳴動し、二人の背中には火の鳥と竜がそれぞれ咆哮を上げ相手を威嚇していた。
 遠巻きに見守る本物の雛姫ちゃんは完全に委縮し、間に立つ俺はどうしてだか針のムシロに座っている気分になる。
「あー……雛姫ちゃん、この人は光明神社の巫女で葛葉さん。葛葉さん、この子は俺の後輩で雛姫ちゃん。そこにいるのが父親の大鳥さん」
 どんどん悪くなっていく空気を払拭すべく、とりあえず「憑依されている」ことや「入れ替わっている」ことは伏せて早口にお互いの紹介をした。
 わずか三秒にも満たない沈黙の時間が、やけに長く感じる。
「どーも」
 やや憮然としながらも、最初に口を開いたのは葛葉さんだった。
「……よろしく」
「……こ、こんにちは」
 女性二人がたどたどしく握手し、年上の女性と男性が軽く会釈をする。
 仲介が功を奏したのかは全く分からないが、とりあえず一触即発の空気は緩和されたようだ。……なにが即発しかけたのかはさっぱりだが、悪い予感は避けるに限る。
「それで? どーして巫女さんとセンパイが一緒にいるんですか?」
「ぶっ!」
 避けたはずの弾が実はホーミング弾でした並の不意打ちだった。
 詳細をはぶいたことがアダとなった。このタイミングで「実は彼女は憑依されていて、成仏するために俺とデートをしていた」なんて話をしたところで、いったい誰が信じるのか。
 身体が入れ替わっている大鳥親子ならあるいは受け入れたかもしれないが、それなら最初から伝えておくべきだった。いまさら説明したところで、本当のことなのに物凄く言い訳めいて聞こえてしまうのはなぜだろう。というか、どうして俺は中身中年男性の少女に詰め寄られているのか。
 いつもニコニコしている雛姫ちゃんの顔が不満に染まり、ジト目を送りつけてくる。そのギャップが非常に可愛い。違うそうじゃない。
「もぉうっ、おと……雛姫!」
 少しオネェの入った口調で、大鳥さんが痺れを切らしたように声を上げた。
 トレイを空席に置き、自由になった手で娘の……元自分のカラダをぐいぐいと押す。
「ちょっ、ひな……お父さん! 彼とはまだ話が……!」
「いーから! それじゃあ、どうも、お騒がせしましたぁ!」
 単純な力比べではやはり男性に及ばないのか、「雛姫ちゃん」はそのままずるずると店の外へと追いやられていった。
「……騒がしい女だな」
 自動ドアをくぐる大鳥親子の背中を見送り、葛葉さんが呆れたように呟く。
 俺は愛想笑いを浮かべ、肯定も否定もしなかった。



 ひと波乱あったもののデートはその後つつがなく進み、最初に待ち合わせをした駅前へ戻る頃には街はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
「んじゃ、ここで解散か」
 前を歩いていた葛葉さんが夕日を背にくるりと振り向く。
 その顔には笑顔が浮かんでいて、俺とのデートを楽しんでくれたことは疑いようもなかった。
「……満足、してくれたんですよね?」
 俺と葛葉さんの間に、恋愛的な事情はない。葛葉さんに憑依した亮祐という男の希望と、憑依された美女とのデートに乗り気だった俺の利害が一致しただけの関係だ。
 お互いが満足のいく時間を過ごし、その結果は大成功と言っていいだろう。ならば、ラストは決まっている。
 神社の麗しき巫女に憑依した魂は、生前果たせなかった望みを叶え、光の粒子となって空に昇っていくのだ。
 霊は成仏し、俺は元の葛葉さんを取り戻す。そういうシーンになるべきだった。
 だが。
「満足……うーん……まぁ、それなりに楽しめたけどなぁ」
 両目を閉じポリポリと人差し指で頭を掻く仕草は、まだ彼女の中に亮祐の魂が居座っていることを雄弁に物語っていた。
 と、悩ましげに閉じていたまぶたがパッと見開かれ、再び笑顔を浮かべる。
「今度は遠出とかしてみねーか? 二人で旅行とか、面白そうじゃね!」
「ぶっ!」
「うわ汚ぇ。なんだよその反応。こんなイイ女が誘ってんのに失礼すぎんだろ」
「いやいやいやいやいやいやいやいや! お前、自分がなに言ってるかわかってんのか!」
 遠出って! 二人きりで旅行って! それはつまり泊まりだろ? 一線を越えろと言ってるのと同じだろ!? 白山あたりは大歓喜しそうなシチュエーションだろうが、俺は憑依先の貞操はしっかり守ってもらいたい派だ! 本人の了承無しで「そういうこと」をするとか外道すぎる!
「ぷっ、あははは! なんで、お前! 顔、真っ赤じゃんか! はははははっ」
 腹を抱えて爆笑する葛葉さん……の中にいる亮祐。そこで俺は、ようやく自分がからかわれていることに気付いた。
「か、勘弁してくれ……」
 指摘された赤面顔を手で覆い、頼むから自重してくれと弱々しく懇願する。俺だって手は出したくないが、美女に迫られて暴走しないとは言い切れないのが男の悲しいサガだ。
 元男だって言うなら、その辺の事情も熟知していてほしい。
「悪い悪い。はー……今日は、ありがとうな」
 目じりに溜まった涙を拭いながら、改めて笑顔を浮かべる。夕映えに照らされたその顔は、俺の悶々とした気分を吹き飛ばすには充分すぎるほど綺麗だった。
「んじゃ、またな」
 葛葉さんは……亮祐は指を二本だけ額の前にかざし、とても軽い口調で別れ際の台詞を口にするのだった。



 亮祐は結局成仏しなかった。
 葛葉さんや神主のお爺さんには申し訳ないが、もうしばらくあの憑依霊との付き合いは続きそうだ。
「はー……なんか、疲れた」
 家に帰ってベッドに伏せったまま、もうどのくらい時間が経っただろう。夕食を求め腹の虫が訴えるが、起き上がる気力が全く湧いてこない。
 ぐうたらと時間をムダにしていると、それを咎めるかのようにインターホンが来客を告げた。
「……うぁーい」
 返事とも呻き声ともつかない声を上げて、のろのろと玄関に出る。
 扉を開けた先には、眼鏡の中年……大鳥さんがいた。
「こ、こんばんは」
「あれ、大鳥さ……雛姫ちゃん?」
 他に誰もいないことを確認し、本来の名前で呼び掛ける。
 雛姫ちゃんは胸の前でモジモジと指を絡め、なにか言い淀んでいる様子だ。
「えと、その……きょ、今日は、すいませんでした!」
「え?」
 自分の親父と大差ない年齢の男に思い切り頭を下げられ、困惑する。どうやら昼間の一件のことで謝りに来てくれたらしい。
「本当にごめんなさい。お父さん、なんだかイライラしてたみたいで……」
「イライラ?」
 あの温和な大鳥さんのイメージと結びつかず、オウム返しに尋ねてしまう。
 雛姫ちゃんはさらに肩をしぼませ、困った声で独り言のように続けた。
「予定通りならそろそろ来る頃だし……たぶん、そのせいで…………うわわわっ、んな、なんでも、ないです!」
 自分の失言をかき消すようにブンブンと手を振り、耳まで真っ赤にする。
 これが元の姿でやってくれれば親指立てて礼賛したところだが、男として中年男性に萌えることはできなかった。
「そ、それじゃ、おやすみなさいです! 今日は、本当にすいませんでした!」
「う、うん……」
 早く元に戻してあげよう。
 雛姫ちゃんが今の自分を客観視していないことは、心の底から救いに思えた。





ラブコメか


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No title

ラブコメですね! 修羅場ですね!

>普段は無口で無表情な葛葉さんがそうした表情を惜しげもなく見せるというのが重要なのであり、加えてそれが美しい容姿を持った人

ギャップ大事ですよね。憑依前と憑依後の差が大きいほど旨味が多くていいと思います。

18 外伝!!!

コメントありがとうございます

> 井澄ミスト さん
ありがとうございます!
>憑依前と憑依後の差が大きいほど旨味が多くていいと思います。
とても同感です! なのでゲスシチュエーションの方がより強くそそられるのはもはや摂理でしょう。
この物語はあくまでゆるめで進行しますが、お付き合いいただければ嬉しいです
プロフィール

巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

・当ブログのリンクはご自由にどうぞ
・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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