長編の始まり

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入れ替わりモノの長編

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ぞっこんショット!……その1

 いきなりでなんだが、俺はとある人に恋をした。
 写真に興味のない俺が今日も写真部の部室へ向かっているのは、そこに彼女がいるからだ。学年が一つ違うため気軽に会うことの出来ない俺にとって、あの部活はまさに唯一の逢瀬の場といっても過言ではなかった。
 とはいえ恋しているだの逢瀬だのと気取ったことを心の中じゃ語っているが、実は一度も口に出したことはない。ましてや本人に直接気持ちを伝えるなんて、考えただけでも顔から火が出そうになる。
 しかしあくまで俺の気持ちはライクではなくラブ。ベタ惚れのゾッコンだ。それならさっさとその気持ちを伝えろと思わなくもないが、事はそう簡単じゃないわけで。
 何かきっかけでもあればいいんだがなぁ、と、そんな風に受身な思いを馳せつつ、俺はいつものように、写真部のドアを二回鳴らした。
 返事はないが、人の気配はある。まぁ、いつものことだ。
 苦笑を浮かべながら、黄土色をしたドアをスライドさせる。
 こうして今日もまた、俺の放課後はなんでもない感じで何事もなく始まり、そして終わっていく。
 そのはず、だった。



「ふむ。やはり、ここはライカのMシリーズで決めるべきか。コンタックスも悪くはないが、果たして私の手に負えるかどうか……待てよ? ローライならばどうだ。これならばあるいは……いやしかし」
 初夏の日差しが差し込む教室の一角で、先輩はカタログを睨みつけながら、なんだかよくわからない横文字を羅列している。唸りながらたまに首を横に振ると、艶やかな黒髪が窓辺からの夕暮れ色を反射した。
 やがて彼女は、小一時間ほどお見合いを続けていた雑誌を閉じ、納得したように何度か頷いた。縁のない四角いレンズの奥から覗く切れ長の眼差しが静かに伏せられ、口元は満足そうに笑んでいる。
 かと思いきや、先輩は視線を壁に掛かった時計に向け、それからまたすぐに、紙の上にずらりと並んだカメラをロックオンし直してしまった。
 陽だまりに包まれた教室で読書に耽る少女の姿は、ともすれば古風な雰囲気の似合うお嬢様に見えなくもない。が、時折こうして独り言を呟きつつ不敵な笑顔を見せるその様子は、残念ながら不審人物にしか見えなかった。
 当の俺は何をするでもなく、そんな写真部部長、坂上夕香(さかがみゆうか)の生態を観察している。他にすることがないのかと言われれば、右にも左にも教室の壁を覆い隠すほどの大量の本が無造作に積まれているのだから、彼女に倣って読書に勤しむという手がないこともない。
 しかし「絶景! 世界の百選」や「できる。写真現像術」などといったこれらの写真集や解説本に興味を向けられない俺には、カタログを睨んで可愛らしく唸る先輩を見ていた方がよほど有意義だった。
 雨樋(あまどい)学園の四階に何年も前からひっそりと存続しているこの写真部は、決して広いとはいえない間取りをしていた。キチンと整理すればまるで図書室かと見誤りそうなほどの本に囲まれているのは、歴代の部長がそれらをここに持ち込み、少しずつ少しずつ増やしていった結果らしい。ここまで無計画に積み上げられていてはもはや負の遺産以外の何物でもないのだが、捨てるといった選択はどこにも存在していないのも代々からの伝統なのだとかいう話だ。
 その積み上がった数はいまや俺の身長を追い越すほどになっている。そしておそらくは、嫉妬さえ覚えるほど先輩に見つめられているそのカタログも、例に漏れず同じ運命を辿るに違いない。そう思うと不思議なもので、憎かったはずの本が憐れにすら思えてきた。
「なぁ鷹広(たかひろ)くん、キミならどれにする。ライカといえば、やはりM3しかあるまい。だがこれを見つけることは至難の極みだ。それはわかっている。M6やライカらしからぬM5にも魅力はあるしM3に比べれば入手難易度はそれほど高くない。妥協といえば聞こえは悪いかもしれないが、時にはこだわりを捨てることも大事だ。そうは思わないかな?」
 先輩が俺の名を呼び、早口でMナントカの話題を振ってくる。
 思う思わない以前に、何を言っているのかわからなかった。
「いや、夕香先輩。その前に値段をみてください。値段」
 カタログを覗き込み、先輩の推奨するライカとか言うカメラを指差す。理解しがたいことだが、一台十万を超える物がごろごろしていた。
「見るのはタダだ」
「そうですけどね」
「ところで鷹広くん。女装かお菓子コンクールに興味はあるかな? 優勝すれば賞金十万円だそうだ」
「買う気満々じゃないっすか! それになんで女装ですか!」
「いけると思っているからに決まっている」
 余裕綽々にそう切り返し、涼しげな瞳で俺を睨む。実際には睨まれたわけじゃないのだが、冷たい印象を思わせる顔立ちの上に愛想が悪いというか、常に優位に立っているような口調と表情が多い人なので、わかっていてもそう見えてしまった。
 それだけが原因ではなかろうが、彼女にはいろいろと悪い噂がある。
 いわく、坂上夕香は悪魔崇拝者で、マントを付けて夜な夜な黒魔術を行っているのだとか。
 いわく、全校生徒の秘密を撮影した写真を所持しているのだとか。
 その噂は九割以上、妬み嫉みからきたものだと俺は思っていた。
 夕香先輩は美人の上に頭もいい。全国模試では上から数えて片手で足りる順位に入ったことさえあるちょっとした有名人だから、信じる方がどうかしているとしか思えないアホらしい噂が流れるのも仕方ないかもと、少なくとも本人と出会う前まではそう信じていた。
 それが単なるデマではないことを、ある日俺は思い知った。何も本当に怪しげな魔法陣を描いていたとか、そういうわけではない。
 ただなんというか、火のないところに煙は立たないという言葉の示す通りで、少なくともそう思わせるだけの火種があるからこそバカバカしい噂話が出来上がり、まことしやかに囁かれるようになるわけで。
 つまり坂上夕香は、間違いなく変な女だった。
 出会ったのはいまからひと月ほど前。学年が一つ上がったばかりの頃だった。
 一身上の理由から野球部を辞め、ただぼんやりとしていた俺の前に、顔と名前だけならこの学校に通うほとんどの人間が知っている上級生がいきなり現れ手を差し伸ばしてきた。
『私の元に──写真部に来たまえ』
 制服を漆黒のマントで包み、端麗な顔の左半分を覆う象牙色のマスクを付けた、どこかの劇場に住まう怪人を彷彿とさせる格好をした少女がそんな台詞で勧誘してきたシュールな光景は、いまでもときどき夢に見る。
 彼女が演劇部だというのなら、その装いにも一応納得できただろう。だが写真部がそんな格好でいる意味がさっぱりわからない。そのくせまるでいまの自分の格好は当然だとばかりに、先輩は服装のことには一切触れず部員が少ないとか、このままでは廃部になるとかいう極めて弱小クラブらしい普通の悩みを打ち明けてくれた。
 そんな怪しい女に、普通はついていくはずがない。写真部の事情も知ったことじゃない。そう言って突っぱねることも出来たのに、結局そうはしなかった。
 理由は、実に単純だ。
『私は、キミの秘密を知っているよ』
 透明感のある静かな声がそう告げ、先輩は微かに笑みを作った。だが口元とは対照的に、仮面から覗く瞳は不安げに揺れている。その憂いを含んだ眼差しと視線が交わった直後。
 自分の中の何かが、ゴトリと音を立てた。
 俺はこのとき、初めて一目惚れというものを体験してしまったわけだ。
 とはいえ、それが彼女に惚れた瞬間だったと、思うはずもない。マントの中から取り出された「俺の秘密」の写真を見せられてしまえば、なおさらだ。
 秘密を守ることを条件にそのまま写真部へ入部したのだが、やがて漠然としたこの気持ちに気付いてからは、俺は積極的にここにやってくるようになった。
 いまはそれなりに楽しくやっているが、ときどき先輩にはついていけなくなる。
「我が部に気品あふれるクラシックカメラを導入したいのだよ。協力したまえ」
「お断りです。だいたい、写真を撮りたいならデジカメで充分でしょう」
「確かに、デジカメは常備している。しかし本格カメラの出す耳障りのいいシャッター音に、デジタルでは表現しきれぬ繊細なコントラストに、機体から滲み出る厳かな雰囲気に、キミは、何も感じないのかな? それでも伝統ある写真部の一員なのかい?」
 その伝統とやらが感じられるのは、左右に積み上げられた本の山ぐらいしか思い当たらない。とはいえ、いまではそれすら存在意義が薄れつつある。
 建前上ここは写真部となっているが、その本質はまったくの別物だった。
 一応、写真を現像するための暗室という別部屋もあるし、機材一式も揃っている。この部屋の存在が少なくともデジタル処理や写真屋にフィルムを渡して終わりといった、撮ることだけを目的とした部活ではないことを主張していた。
 しかし写真部の活動は、コスプレ撮影同好会と名前を変えた方が看板に偽りありといわれる心配もなくなるような内容だった。
 自主制作の衣装を来た部員をひたすら激写し、ひたすら悶える。たったそれだけを主な活動とする、廃部寸前になるのも当然だと納得せざるを得ない部活だったのだ。
 もっとも先輩は、コスプレ撮影よりもカメラ自体を重視しているらしい。撮影狂なのはむしろ、俺が入る前からいた、もう一人の部員――藤(ふじ)の方だ。
「キミの協力がダメだとすると、やはり藤くんに頼るしかないわけか。聞いたところによれば、屋上では彼女の写真が密かに売られているらしいじゃないか」
「そうなんですか?」
「いや。あくまで噂だが……キミは買っていないのかい?」
「まさか」
 そんな可能性は、一ミクロンたりともありえない。先輩に惚れているからとかそれ以前に、俺はあの女は苦手だった。
 特に嫌いというわけじゃないが、はっきり言って考え方が合わない。見事に合わない。相手がひょうひょうとしているせいか喧嘩することはほとんどないが、長い人生の中でもそうそう出会えないだろうと自信をもって言えるほど、あの女とは意見の一致を見い出したためしがなかった。
「そうか、買っていないのか。……なるほどね」
 なにやらしきりに納得をして、それから大きなため息をカタログに吹きかけると、先輩は壁に掛かった時計を見上げた。
 その所作は、五分ほど前とまったく同じだ。ついでに言うと、十分ほど前にも同じ光景を目にした覚えがある。
 決まった活動日などなく、顧問すらほとんど顔を出さないというまったくやる気ゼロの体制を持つ写真部だが、俺と先輩、そして藤だけは、毎日の出席を欠かしていない。
「何かやる気なんですか、今日」
「ほぅ、さすがだな鷹広くん。その洞察力には恐れ入るよ」
 きっかり五分おきに時計を気にして、ため息混じりに普段から顔を合わせている人物を待っている仕草を見せられれば、何か企んでいることぐらいは明白だ。
 もしやまた撮影会でも行うつもりなのかもしれない。活動時の衣装製作は全て藤に任されるが、衣装の設定だけは部員全員で決めていくという方針なのだ。
「それで、今度は何を」
 するのかと、言葉を続けようとしたそのとき、廊下側から軽快なのにどこか騒がしい音が近づくのが聞こえてきた。スキップしながら猛ダッシュしているような奇妙な足音だ。
「どうやら、彼女が来たようだ」
 先輩は先ほどまでの流れを打ち切り、ドアの向こうからやってくる人間に意識を集中させた。
 この足の運びは、俺の知る限り一人しかいない。
 やがて足音は部屋の前で立ち止まり、曇りガラスの向こうに見える人影がドアを勢いよく開け放った。
 ショートカットの髪を揺らし、満面の笑顔でカメラを掲げる女が姿を現す。
「夕香センパイ! 今日も大りょ」
 壁に叩きつけられて跳ね返ったドアが、その姿を隠した。
「って、なんで閉まるのさ!」
 足でドアを蹴り飛ばし、今度こそ部室に入ってくる。そんな、いつも通りの光景を、俺はうんざりした気分で眺めていた。
「夕香センパイっ、今日も大漁です!」
「うむ。さっそく、暗室で現像開始だ」
「らじゃっ!」
 ツーカーとはまさしくこのことだ。おおよそ他の人間では理解できそうにないやり取りを交わすと、藤は本人と同じく自己主張の激しい胸を上下に揺らしながら、部室に備え付けられている別室に飛び込んでいった。
 暗室は主に夕香先輩と藤が使っている。先輩にカメラの心得を教え込まされたおかげで俺も現像ぐらいならできるが、閉所恐怖症とか関係なしに、あの空間は苦手だ。薄暗くて窓もない、すえた臭いがする二畳半のスペースは、暗い狭い息苦しいの三重苦を見事に形成している。
「って、藤の奴、暗室入っちゃいましたよ?」
「そうだね。今頃はフィルムを抜き出しているんじゃないかな」
 抜き出しの作業は一切の光を遮断して行うため、ドアを開けるなどの光を入れる行為は厳禁だ。つまり、これから暗室は十数分間、一切の出入りが禁じられることになる。
「あいつに用があったんじゃないんですか?」
「うん? ……ああ」
 俺の言葉に目をしばたかせると、やがてきまり悪そうにそろりと視線を外した。
「まぁ、いいじゃないか。あと五分で校舎が倒壊してしまうわけでもあるまい」
「どういうたとえですか」
 呆れながらも、それがまた微笑ましく思えて、自然と笑みが浮かぶ。
 夕香先輩は冷めた感じの美人で、学園内での成績は常にトップとかいう天は二物を与えずなんて言葉はどこ吹く風でそれを体現している人なのだが、手先は救い難いほどの不器用であり、加えてさっきのように本来の目的を見失うなどといったウカツも三日に一回はやらかす。衣装製作を藤が一任しているのも、そういった理由からだ。
 それを知った上で、俺の取る行動はといえば、彼女にいつもの話を持ちかけることだった。
「ヒマなら、アレやりません?」
「ふっ、いいだろう」
 先輩と藤との会話をどうこう言えない意思疎通を果たし、机の引き出しから一組のトランプを取り出す。
 いつだったか、積まれた本を読む気にもなれない俺は何気なくヒマつぶしの道具はないかと訊ねたことがあった。すかさず出てきたのが、このトランプ一式だ。
「ふふふ、見ていたまえ鷹広くん。今日こそはっ」
 先輩が両手に分けた山を持ち、鬼気迫る様子で構える。瞳には決意の色を宿し、すさまじい力の入れ込みが窺えた。
 もっともその時点で結末は見えた。きっと、今日もシャッフルを失敗するだろう。
「たぁっ」
 右手の山を左手の山と合わせ、再び札を抜き取ろうとする。その途端、カードは指先から滑り、雪崩のように床へこぼれ落ちていった。
「うくっ」
 慌てて拾い上げようとして焦り、その結果、僅かに残っていた札さえも手放してしまう。そうして期待通り、床一面にはトランプがちりばめられるのであった。
「やっぱりダメでしたね」
 原因は単純に力を入れすぎているわけなのだが、わざわざそんなことを指摘してやりはしない。失敗させることこそが、俺の目的なのだ。
「むうう……どうしてやっぱりとか言うかな。いじわる」
 これだよこれ。この普段から表情の変化が少ない彼女がする、反則級の可愛さを持った泣き顔交じりの睨みつけを見て以来、俺はヒマさえあればトランプをしないかと話を持ちかけている。
 負けず嫌いなのか、夕香先輩は最初に失態を見せて以来、まず自分にカットさせろと必ず名乗り出るようになった。
 いずれ、必ず成功させてやると言っているが、その意地が結果に結びついたことは俺の知る限り一度もない。
 頭のいい人だから、原因を指摘すればきっとあっさり上達するのだろうが、先輩が自分でそれに気付くまで俺はこれからも黙っているつもりでいる。好きな子をわざと怒らせるような小学生みたいな心理だが、それは気にしない。
 だって先輩が可愛いから。
「ふんっ。カードは混ざった。ならば問題ないはずだよ。……はぁ」
 意気消沈したため息と一緒に負け惜しみを残し、そして今日もだらだらとした部活の時間が始まるのだった。


まだまだ続きます
最後までお付き合いいただければ重畳
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プロフィール

巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

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・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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