ぞっこん2-7

長編のTS小説 第二部第七章

入れ替わった少年少女の話です。なんとはなしに続けています。


ぞっこんショット!2-7



 男子三日会わざればかつ目せよ、なんてことわざがある。男の成長は早いから、数日でずいぶん変わるんだとかいう意味らしい。
 それが特にどうしたというわけではないが、その成長が適応力とか順応性とかにもあてはまるのかなと、ふとそんなことを思う。
 藤の身体になってから三日目が経とうとするこの日、四時間目の授業枠は体育だった。
 クラスメイトの半数が抜け、女だけとなった教室で、俺は背徳感と緊張が混ざった嫌な汗をかいていた。だがそこから先は、健全な十代男子学生を自覚している自分を疑いたくなるような思い出に包まれている。
 なんでかって、すぐ隣で制服を脱ぐクラスメイトに対して、なんの恥じらいも喜びも感じられなかったのだ。それだけならまだしも、ストライプのブラジャーに包まれた学友の胸を見て、自分の方が大きいかなとか、ちょっとした優越感まで抱く始末だった。
 認めたくはないが、俺の感性はどんどん身体に馴染んできているらしい。四六時中ドキドキしているよりはマシかも知れないが、慣れは危機感をなくしてしまう。手放しに歓迎はできなかった。
「藤、いったよっ」
「うわっと!」
 クラスメイトの声で現実に引き戻された瞬間、目の前にバレーボールが迫ってきた。
 反射的に身を引き、レシーブを返す。ボールはそのまま他のメンバーへと渡り、最後は一際いい動きをしていたストライプブラの大和が相手のコートにスパイクを叩き込んだ。
「うっしゃあっ、ゲームセット! ナイスパス、藤っ」
「あ、あはは、サンキュ」
 ガッツポーズなどを決め、黄色い歓声が勝利を喜ぶ。意外といってはなんだが、藤の身体はかなり反射神経が磨かれていた。
 隠し撮りで鍛えられていたのか、それとも別の理由からかは知らないがずいぶんと基礎体力も高いようで軽やかに動ける。
「ねー藤ぃ、まだ坂上先輩のクラブにいるの?」
 しげしげといまの自分の身体を見下ろしていると、ふいに、大和が声をかけてきた。
「あんなところ辞めて、ウチに復帰しなよ。ゲキ部はみんな、藤の帰りを待っているんだから」
 どうやら藤は、写真部に来る前は演劇部に所属していたようだ。どうりで、やれと言われてすぐに俺の真似ができていたわけだ。
「きっと、坂上先輩にたぶらかされたのよね? ああ、かわいそうな藤!」
「な、なんで先輩が」
「なんでって……『センパイが困っているみたいだから、辞めます』って言ったの、藤じゃない。泣き落としで入部させるなんて、ホント卑怯な先輩」
 自分の好きな人の悪口を目の前で言われるのは、非常に不愉快だ。
 ならば俺は、坂上夕香の非常に魅力的な人となりをこいつに教えてやればいいのだろうが、その思いとは裏腹に自分の口からは誤解を否定する言葉しか出てこない。
「先輩は、卑怯なこととかしないから……」
「うーん、どうかなー?」
 納得しきれないのだろう。大和は首を捻り、難しげに顔をしかめていた。
「こらー、あんたら話してないで並びなさい。号令かけるよ」
 それまで傍観していた体育教師がホイッスルを鳴らし、集合をかける。
「……ま、この話はまた後でね」
 困ったような顔をしたまま、大和が俺のそばを離れていく。一方で、俺は何も言えなかったことに少なからずショックを受けていた。
 考えてみれば俺は先輩のことをほとんど知らない。出会ったのは進級してからなので、一ヶ月と少し程度の付き合いでは当然といえば当然なのかもしれないが……それでも、漠然とでも「好き」とか思っている以上、もっとアクティブに動くべきなんじゃないか。
 藤の身体になっているいまなら、先輩のことをもっと詳しく知ることができる。これはチャンスだ。
 しかしそれとは逆に、立場を利用してそんな真似をするのは卑怯だと、もう一人の俺が言っていた。
 結局のところ、例のカメラが戻ってくるまでは現状維持しておくという、なんとも情けない逃げ腰な選択を選ぶしか、俺には出来なかった。


 午前の授業が終わると、誰も彼もが浮き足立ったように落ち着きをなくす。
 その隙を突いた、なんてご大層なものではないが、例のことを大和に追及されるより先に、俺は教室を飛び出し、昼休みで賑わう廊下を歩いていた。
 逃げるためだけに飛び出したのではない。その足で、ついこの間まで自分のクラスだった教室に行くと、俺は自分の姿を探した。
 藤はうまくやっているか、少し気になったのだ。
「いないな……」
「お、なんだ四ノ宮じゃん」
 教室の中の一人が、俺に気付き近づいてくる。何かとつるむことの多い、クラスメイトの武蔵だった。こいつなら〝俺〟がどこにいったのか知っているかもしれない。
 俺はすぐさま藤の行動パターンを頭の中で思い描き、肌が粟立つのも我慢して精一杯口を動かした。
「や、やっほー武蔵君。ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだよ、いきなりクン付けなんて気持ち悪い奴だな」
 やはり無理があったのか、武蔵は怪訝な顔を返してくる。
「あ、あははは。そ、そうかな」
「いつもは俺がやめろって言っても、むーくん呼ばわりしていたくせに。ま、いいや。なんの用?」
「えーと鷹広君、じゃなくて、た、タカくん。どこに行ったか、知らない?」
 自分をアダ名で呼ぶほど寒気のするものはない。いますぐ穴を掘って隠れてしまいたい気分だ。
「んー、あいつなら学食じゃね? 体育着のままだったから、すぐに見つかると思うけど」
「そ、そう、ありがと」
 体育着のまま学食直行って……体育会系男子か、あいつは。いや、まあ俺だって元は野球部で、体育会系男子の端くれだったわけだが、そんな真似は一度だってしたことがない。
 少し注意しておいたほうがいいのかもしれない。今更何を言ったところで聞かないだろうが、言わないでいるよりはずっとマシだろう。

 そういうわけで学食に来たはいいが、俺はすぐさまここに足を踏み入れたことを後悔した。
 そこかしこが腹をすかせた生徒で埋め尽くされ、通路を歩くだけでもひと労力が必要そうなほどの混み具合を見せている。当然、遅れてやってきた俺に席を譲ろうだなんてナイスガイが現れることもない。
 食事をしにきたわけではないのだから、空席の有無など正直どうでもいい。だが悲しいかな、厨房から漂う香ばしい匂いが朝から何も入れていない胃袋を刺激している。
 せっかくだから菓子パンの一つでも買っていこうかと購買に目を移すが、すでに争奪戦は終了したあとらしく、空っぽのかごの中には『完売』というプレートがポツンと置かれているだけだった。まったくいい事なしだ。
「はぁ~」
「あれ、藤先輩?」
 やるせない気持ちをため息にしていると、二人掛けの席に一人で座っていた男子生徒が顔を上げた。頭の動きに合わせて、白く長いハチマキが揺れる。
「な、和弥――じゃなくて、なごやん」
 武蔵での反省を活かし、今度は呼び方にも注意してみる。が、またしても変な顔をされた。
「ふ、藤先輩までそんな呼び方するのでありますか。勘弁してください」
「あ、ああ、悪い」
 言われてみれば、藤が和弥と会ったのは入れ替わった後なのだから、この姿では和弥をあだ名で呼んだことはない。ええい、ややこしい。
「藤先輩も食事ですか? よかったら座りません?」
 テーブルには、食器が幾重にも積み上げられ、そのほとんどが完食されていた。あの小柄な身体のどこにそれだけ入るのか不思議でならない。
「い、いや、でも誰か一緒なんじゃ?」
 友達と一緒にいて席をキープしているという話なら、俺がここに座る権利はない。それが学食のルールだ。
「いいんですよ、あんなの」
 箸を休め、どうしてかいまいましげに顔をしかめる。
「ななななごやきゅんっ! そっ、その女は誰だい!」
 狼狽した声がいきなり話に割り込んできた。
 振り返ると、メガネをかけた痩せ枯れ風の男が、わなわなと震えながら俺達を見ている。普通よりも丈の長い学ランとハチマキという出で立ちは和弥そっくりだが、いかんせん細身のせいか不恰好にしか見えなかった。
「あーセンパイ、ご苦労様であります。もう帰っていいですよ。自分、この人と食べることにしましたんで」
「ぼぼ僕と一緒に食事してくれるっていったじゃないかっ! あれは嘘だったのかい」
「人聞きの悪い。別に、今日とは言ってないじゃないですか」
「ノォゥ!」
 ひらひらと片手で風を送るつれない和弥の態度に、メガネの男はアメリカンテイストに片手で頭を押さえ天井を見上げる。そのポーズのまま数秒固まっていたかと思えば、指の隙間から覗く悔し涙の滲んだ目が俺を睨んだ。
「……これで勝ったと思うなよ」
 わけのわからないことを言い、男は大股に立ち去っていく。
 何かいま、理不尽な恨みを買われたような気がした。
「いまのは?」
「先輩です。応援部にいた頃の知り合いなんですけど、いつもあんな調子で気持ち悪かったんです」
 応援部にしては、ずいぶんとヒョロヒョロした男だった。人を見かけで判断してはいけないが、応援団ならばそういった要素も結構重要だと思う。
 女顔の奴やモヤシみたいなメガネ男に応援されて、果たしてやる気が奮い立たせられるかどうか疑問が残るところだった。
「そんなわけで座ってください。ああ、こっちのカレーはまだ食べてませんから、よければどうぞ」
「う、うん」
 さっきのモヤシメガネには悪いが、いつまでも通路に立っていては邪魔だ。
 俺が素直に二人掛けのテーブルに座ると、和弥は笑顔を見せた。
 それにしても藤を探しに来ただけなのに、どうしてこんなことになっているのか。そんな俺の考えになど気付くはずもなく、和弥はとうとうと語り始めた。
「自分、昔から男にベタベタされるんですよね。なんででしょう。でも自分は男らしい人が好きなのであります。漢と書いてオトコと読むような、男の中の男と呼べるような、そんな人が。だいたい、男が男に媚びへつらうなんて、そんな男は男じゃないです」
「はぁ」
 やたら男という単語を連発しながら、男の中の男だなどと死語とも言えるような古めかしい単語をいきいきと羅列する後輩に対して、残念ながら俺は適当な相槌しか打てない。だいいちそんな理論を曲がりなりにもいまは女の俺に対して語る話ではないと思うのだが、和弥はまったく気にしていないらしくべらべらと早口にまくし立てていく。
「生まれながらにして運動音痴の自分はスポーツができる身体ではなく、それでも男らしさを追求していきたい一心から応援部に入部しました。しかしフタを開けてみれば、そこはただの喋り場っ! なんとか立て直そうと奮闘するも先輩達はどうしてか自分にデレデレするばかりで一向に男らしさのカケラも見せない始末でありますっ」
 口調に少しずつ怒りが混ざり、箸を進める手はまるでヤケ食いをするように素早くなっている。黙ってさえいればどう見ても男装した美少女にしか見えない顔が、眉を吊り上げて無造作にどんぶり飯をかっ込んでいく様は見ていてとてもシュールだった。
「ちょっと待った。それならなんで写真部に来たんだ?」
 応援部に絶望したからって、文化系クラブに入るいわれはない。
 俺がそう聞くと、和弥はどんぶりと箸を置き、急に真面目な顔つきになった。
「尊敬するお二人が、あの部にいたからであります」
「へ?」
「自分、野球をやっていた頃の鷹広先輩や、演劇をやっていたときの藤先輩のお姿を拝見したことがあるんです。はっきりいって、一瞬で惚れました。これぞ、男の中の男の姿だって」
「藤は、いや、あ、アタシは、女なんだけど」
「漢という字に、男も女も関係ないのです」
 上機嫌に目を細め破顔する。
 少しだけだが、応援部の連中が和弥を構いたくなる気持ちがわかった。
「期待の星といわれていたお二方が、いきなり写真部に転属したことが自分には不思議でありました。あの部活にはそれほどの魅力があるのかと思い、それを知るため入部したのです」
「悪いけど、ウチも和弥のいう喋り場とほとんど変わらないよ」
「尊敬する人がいるのなら、それも男を磨くために必要なことなのだと思います!」
 なんとも都合のいい頭をしているものだ。恋は盲目という言葉があるが、それは恋に限った話じゃないのかもしれない。
 結局、俺はそのまま昼休みが終わるまで、和弥の愚痴に付き合わされてしまった。
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