ぞっこん3-1

長編の入れ替わりモノです。ようやく折り返し地点に到達しました。


これまでのあらすじ

普通の男子学生だった鷹広はある日、写真部部長の幼馴染である藤と体が入れ替わってしまう。
ひとまずお互いの生活を交換することにし、そこへ藤と鷹広を尊敬するという後輩の和弥が加わり、事態はより複雑に。
ばれないようにと努力する鷹広とは逆に、もう一人の当事者である藤は好き勝手。
そんなある日、藤は、鷹広がひそかに恋心を抱いている部長の夕香をなぜかデートに誘ったのだった。



ぞっこんショット! 3-1

「アホかああああああああああああああああああ!」
 月を描いた窓ガラスに向かって、俺は甲高い声で吠えた。
 呼応するように近所の犬達も鳴き出したが、そんなものは俺の知ったことじゃない。
 四ノ宮家が所持する夢の島ルームにおける唯一といっていい安全地帯のベッドに顔を埋め、怒りの矛先を枕にぶつける。
 本気でわけがわからなかった。
 いうなれば俺と藤は、運命共同体である。元に戻るためにお互いがお互いを支え、時には助け合い窮地から抜け出す、そんな関係を築いていくのがベストのはずだ。
 それなのにあいつは毎度毎度、まるで嫌がらせのように暴走を繰り返す。
 ならばこちらも好き勝手してやればいい。そう思っていても実行できないのが、鷹広という男、つまりこの俺なのだ。
 だがさすがに今回はギリギリすぎた。もし夕香先輩があの盛大な勘違いをしてくれていなかったら、俺はこの身体を道連れにアイキャンフライを実行していたかもしれない。いや、一瞬だがしようと本気で思った。
「あと、何日だぁ?」
 ごろりと寝返りを打ちながら、切実に呟く。
 藤の話では、週明けにはあのカメラが修理から戻る予定だ。それで無事に元の身体に戻れれば、こんなわけのわからない苦しみや哀しみからは解放され、俺はようやく男として夕香先輩に想いを伝えられる。
 来週からはいよいよ奨励祭も開催されるし、そのときに自分の気持ちを伝えるのもいい。
 とにかく、これ以上はもう限界だった。
「いっそ全部話したほうが簡単だったんじゃねぇ?」
「でも、どうやって説明する気? カメラで入れ替わりましたなんてネタ、なにそのエロゲ状態じゃん」
「…………お前の言っていることはちっともわからんし、わかりたくもない。それと、どっから湧いて出た」
「ちっ、驚かないんだ」
 藤は聞こえよがしに舌打ちをすると、積まれた本を椅子代わりにして微笑んだ。
 自分の顔を見てこんなにもムカついた気分になったのは、初めてかもしれない。
「それにしてもご挨拶だねぇ。ここ、元はあたしの部屋なんですけどー?」
「いまは俺の部屋だ。ってか、よく顔を出せるな」
「おぉう、もしかして怒ってる? なんで?」
 何も知りませーんとでも言いたげな態度だが、もちろんそれを鵜呑みにするほど俺はお人よしではない。パーが出なかっただけ感謝して欲しいくらいだ。
 ……なんでパーだよ。グーだろ、普通。
「で? もちろん説明してくれるんだよな」
「質問するときは、ちゃんと主語を使って聞きましょー」
 普段から先輩と主語抜きの会話を繰り広げている人間が、教え子を諭す先生のような言葉遣いで何か言っている。
「お前なぁっ!」
「とまぁ、冗談はこのぐらいにして」
 爆発しかけた俺を制し、それでも口元は含み笑いを残したまま、藤はため息を一つついた。
 ため息をつきたいのはこっちだ。
「半分ぐらいはタカくんのせいなんだよ? センパイをデートに誘ったのって」
 まだおちょくる気かと訝しげに睨み付けるが、どうやら今度は本気らしい。きっさまで浮かんでいた猫口がきゅっと結ばれ、まっすぐに俺を見つめてくる。
「どういうことだよ?」
「なんていうか、この身体になったときからね? もー前にもまして夕香センパイが可愛くて可愛くて。で、気が付いたらデートに誘っていたの」
 浅ッ! 理由が浅い!
「意味がわからん。なんで俺のせいだよ!」
「つまり、心が身体に影響されちゃったってことだね。タカくんってば、センパイが好きなんでしょ?」
 人差し指など立てて講釈を垂れるが、それで納得できるはずがない。心が身体に影響……って言われて思い当たる節がないでもないが、とても信じられなかった。
「ふっ、顔真っ赤」
「!」
 頭の中では冷静でいられても、表情までは隠しきれない。誰にも喋ったことのない想いを図星されて無表情でいられるほど、俺はドライじゃないんだ。
「でも後になってから、いくらなんでもタカくんに迷惑かなって思って、それでなごやんも誘っておいたってわけ。あの子メンタル弱いから、ちょっとからかえばすぐセンパイに泣きつくんじゃないかなって思ってさ。あと、センパイはセンパイでなごやんの話聞いたらお得意の勘違いをして、デートをただの遊びに行くこととして考える。違う?」
 まるで一部始終を見ていたかのような策略っぷりだ。なるほど藤のこんな面を知っていれば、しつこく裏で糸を引いているんじゃないかって疑いたくなる気持ちもわかる。
「信じる信じないは好きにしていいけど、明日になればタカくんもわかるんじゃないかな。きっと」
「?」
 わかる? 何が?
「ところで、さ」
 浮かんだ疑問を形にする前に、いつもの能天気な雰囲気に戻った藤が口を開く。
 というか、にじり寄ってきた。
 ベッドの上にいる女と、それににじり寄る男。この構図が傍目にどんな想像をもたらすのかは、考えるまでもない。
 四ノ宮ファミリーは今日も帰りが遅いため、家にはいまここにいる二人しかいないが、こういうときに限って親は早く帰って来るのがいわゆるお約束だ。ただの同級生では済まされない行動なり会話なりを見聞きされた場合、もはや取り返しのつかない誤解を生む可能性だってある。
 どこの誰とのお約束なのかは知らないが、そんな懸念が浮かび上がった。
「実は、少し気になることがあって」
 藤はそう言うと、呼吸の音が聞こえるほど顔を近寄らせ、髪に触れた。
 まるで慈しむような手つきで掬い上げ、梳かれる。
「うーん。やっぱりね」
「な、何が?」
「少し髪が痛んでいる。トリートメントはしている?」
「は?」
「手入れは充分にしたほうがいいね。明日はデートなんだから」
 呆れたような言い方でベッドの下に手を突っ込むと、腕を後ろに引いた。
 どうやら土台は抽斗になっていたらしく、その中には服やら日用雑貨やらがキチンとしまわれている。ぜんぜん見当たらないと思ったら、こんなところにしまっていたのか。
 いままで気付かなかった俺も俺だがな。
「ほら行こ」
 抽斗の中からタオルや小さなボトルを持ち出すと、俺の手を引き、部屋から出て行く。
 そのとき、もしお約束が発生した場合、確実に言い逃れ不可能な場所がふと脳裏をよぎった。

 で、悪い予感というのは、だいたい当たるものらしい。
 どういうわけか、俺はいま藤と一緒に風呂場にいる。
 さらにどうしてか、タオルを身体に巻きつけた状態で髪を洗われている始末だった。というかこういった場合、目隠しなりなんなりするのが普通だと思うのだが、藤はそういったことをちっとも強制してこなかった。
 俺自身も「女としての自分」に違和感が薄れているためか、照れや戸惑いといった感情があまりないのだが、正直、この状態はマズイと思う。そのうち自分が男だったことさえ忘れてしまいそうで、かなり怖かった。
「もー、下を向かないでよ。逆毛になるからダーメ」
 能天気なオカマ口調で、〝俺〟の手がわしわしと髪を洗う。
 藤はどうなのだろう。見た感じ以前となんの変わりもないが、やはり俺のように、だんだん感覚が男っぽくなっていっているんだろうか。
「あ、あのさ」
「んー?」
 ぐいっと、アゴを持ち上げられる。知らず、また下を向いていたようだ。
「お前、平気なの?」
「平気って?」
「いや、男になってからさ、いろいろ大変じゃないのか?」
「……んー」
 頭のツボを押す力が、ピタリとやんだ。
「本音言うと、ちょっと怖いかな。だんだん、男の子でいることが当たり前に思えてきちゃって……このままだと、どうなっちゃうのかなって考えると、さ」
 やはり、藤も同じ悩みを抱えていたらしい。いつもみたいにあっけらかんと笑いながらではなく、しんみりとした静かな口調が、余計に事態の深刻さを物語っているようだった。
「でもね、そんな不安はすぐ吹き飛ばせる。だから、あたしはまだまだ大丈夫」
 声のトーンが、まるで電気を灯したように、パッと明るくなる。嘘や強がりでなく、本当にそう思っているのだとわかった。
「強いな、お前は」
「ふふん、恋する乙女は無敵。ってこと」
「……はん?」
 恋する乙女?
「キョウスケさんを想えば、あたしは安心できる。自分が四ノ宮藤だって、女の子なんだってこと、絶対に忘れない。きゃはー、言っちゃった言っちゃったー♪」
 男ボイスで黄色い声を出されても、突っ込むことができない。
 それだけ、藤の言ったことは衝撃的だった。
 この女に好きな男がいるのも驚きだったが、問題はその男を想えば、自分は何者かはっきりわかるという台詞だ。
 俺は夕香先輩が好きだ。けれどそれを考えていても不安は決して消えることはなく、藤の言うように吹き飛ぶことがない。
 藤が特殊なんだと思うこともできる。みんながみんな、好きな奴を想えば安心できるとは限らない。だが、それでも焦燥感を覚えずにはいられなかった。
 もしかして俺は、先輩に本気で恋していないのか? そんな思いに駆られ……。
「どぅあっつぅぅ!」
 突然、熱湯が頭からかけられた。
 椅子から滑り落ち、タイル張りの床に尻をしたたか打ちつけてしまう。
「い、いたた……。いきなり何すんだ!」
「人がせっかく秘密の恋心を打ち明けているのに、暗い顔しているほうが悪い!」
 シャワーを右手に握った藤が、胸を張りながら理不尽なことを言う。
 人がシリアスに落ち込んでいるってのに、なんつー女だ。
「それに、なんだかわかんないけどタカくんにはいまの気分を引きずっててもらっちゃ困るの。明日はデートなんだよ?」
「……なんか、ずいぶん気合入ってるな」
「あったりまえじゃない」
 激しい雨音がまたしても浴室に響く。
「熱、あつ、あっついってぇの!」 
「せっかく会うんだしさ、どよーんとした藤ちゃんなんか見せたくないじゃない? 中身はまぁ違うけど、それでも外見はあくまで藤ちゃんなんだからさ」
「あ、会うって、誰にだよ。ってか、熱いっ! 温度高すぎ!」
「えー、ぬるいくらいだよ? ほらほら」
 容赦なくシャワーを浴びせかけられる。
 俺、なんでいきなりイジメられているん?
「それと、キョウスケさんのことは夕香センパイには絶対に秘密。いい?」
「なんで。いやわかった、わかったからシャワー、やっ、らめぇぇぇ!」
 女の嬌声が風呂場に響く。それが思いの外いやらしく感じてしまい、少し落ち込んだ。
「はー、はー……一つ聞かせろ」
「ん?」
「その、キョウスケとは、もう付き合ってたりするのか?」
 もしそうだとしたら、おぞましいことだが、俺は「カノジョ」の藤を演じなければならない状況に立たされることもありうるわけで。
 自分の恋愛すら宙ぶらりんの無軌道状態なのに、何が悲しくて他人と恋人同士にならなくてはいけないのだ。しかも女役って。
「残念だけど、片思い。キョウスケさん、あたしじゃない人にゾッコンだし」
「望み薄っ!」
「あはは、ゼロじゃないなら、突撃あるのみっ。あと、もしタカくんが余計なお節介しようとか思っているなら、いままでのこと全部ばらした上に、あることないこと、むしろないこと九割で学校中の人に言いふらすからね」
「しねーよ」
 まったくタチが悪い。
 こいつだけは敵に回したくないと心の中で戦慄する俺をよそに、藤は気を取り直すかのように鼻歌交じりにぬるめのシャワーで髪を洗い続けた。
 それにしても、こいつがまさか俺と同じく片思い中だったとは。そう思うと不思議なもので、ほんの少しだけ同情というか親近感が芽生えてくる。
 まぁ、あくまでも、ほんの少しだけだが。

「奇跡だ……」
 何事もなく髪の手入れが終わり、俺は部屋まで戻るとようやく一息ついた。
 恐れていた家族の帰宅や、夕香先輩の突然の訪問といったトラブルもなく、藤もまた、あの片思い発言の他には特に何をするでもなく、笑顔で帰路に着いていった。
 窓から通学路を見下ろすと、長く伸びた影を追う藤が見えた。その両手には、裁縫用具と作りかけだったガイド服の入った紙袋が握られている。
 俺も不器用ではないが、さすがに残り数日で二着のガイド服を仕上げられるほどの腕前はない。そのことを察したのか、藤はトリートメントが終わったあと明日の予定を大雑把に伝えると、残りの作業は全部自分がやるからと言い、服作りのための必需品を自分の部屋から持っていったのだった。
 ノリだけで生きているような女だからということで、いままであまり気に止めていなかったが、藤もいろいろと陰で苦労しているのかもしれない。それでも、相変わらずお気楽な調子のままで笑顔を振りまくのだから、和弥じゃないが少しだけ見直したくなった。
「ったく。しゃあねぇな」
 誰に向けてでもなく、ため息混じりに呟く。
 ここまでお膳立てされては、もはや後には引けない。俺は喫茶店に並べるお菓子らを頭の中に思い描き、レシピを考えていった。
 正直なところ、自分だけの密やかな楽しみだったお菓子作りを、他人に振舞ってやることにまだ抵抗感はある。だが藤の頑張りの片鱗を見てしまったからか、俺の胸のうちにも、燃え上がるものがふつふつと沸いてきた。
 やるからには、大成功を目指す。
 ヤケが入った気分で、俺はそんなことを誓ったのだった。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

巫

Author:巫

・TS好きのはしくれ
・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

・当ブログのリンクはご自由にどうぞ
・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
管理者の詳細

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
FC2投票
無料アクセス解析
応援バナー
ちぇ~んじ!~あの娘になってクンクンペロペロ~
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR