ぞっこん3-6

長編のTSモノ
入れ替わった少年少女の話です。だらだらとしたペースで続けています。

ぞっこんショット!3-6


 放課後になり、いつも通り四階の部室を目指す。
 藤の身柄確保は、やっぱりというか残念ながら失敗してしまった。
 しかし同時に、この展開は好都合でもあることに気付く。
藤がいては先輩と落ち着いて話すことなどまず不可能だからだ。
 他の日ならともかく、今日ばかりはそうもいかない。
 カバンを持つ手と逆の位置に提げた袋が、心なしか重くなる。中は、昨夜のうちに突貫で仕上げたパウンドケーキだ。
 本当ならもっと趣向を凝らした物を贈りたかったが、昨日の今日ではさすがにそんな物は用意できなかった。それに、あまり凝りすぎても逆に藤らしくない。先輩にとってこれは、あくまでも「幼馴染の藤」からの誕生日プレゼントなのだ。
 そう思うとなんだか、急にやるせなくなってくる。だが写真部の部室はすでに目と鼻の先だった。
 ここまで来て今更引き返すのもおかしな話である。
「こ、こんにちわー」
 緊張を隠しながら、藤らしさを意識してドアを開ける。積み上げられた雑誌に囲まれた部室では、いつもと同じようにヌシたる夕香先輩が腕を組んで座っていた。
「やあ、藤くん。ごきげんよう」
 視線は一瞬だけ俺に移り、それからすぐまた机の上に並べられた二枚の写真に戻ってしまう。
「何を見ているんです?」
「うん、ちょうどよかった。キミにも査定してもらおうと思っていたところだ」
 査定ってなんの。と聞き返す前に、並べられた写真が俺の平常心を奪った。
「こ、これはっ」
 右手側に、むずがるような表情でパジャマをはだけ、夕日を受けた肢体を扇情的にさらす藤の写真。
 かたや左手側には、寝息すら聞こえてきそうな安らかな表情で横になり、月明かりを一身に浴びる藤の写真。
「な、なななん、なんですかこれぇ!」
「無論、先日の看病の途中に盗み撮った。そしていまは、どちらの写真がより秀逸か、比べていたところさ」
 端的だが的確に説明してくれる。
「決定的瞬間を後世に伝えるのは、カメラを持つ者の義務だと思わないかな?」
 さらにはその思想まで聞いていないのに教えてくれた。
 俺が何も言えずにいると、先輩は再び机の写真に目を落とし、代わり映えのしない表情で可愛らしい唸り声を上げる。
「うぅむ。しかし、最近のキミは可愛くなる一方だね。これで振り向かない男はそうそういないんじゃないかな」
 まさか幼馴染が自分の父親をマーキングしているとは、露ほどにも思っていないらしい。……普通は考えないか。
 それより問題なのは、『可愛い』とか言われることにショックを受けはしても、抵抗感が薄れてきているってところだ。
 女の容姿を持っていたところで心は男。和弥がそうであるように、可愛いとか言われていい気分になる男などまずいない……はずなのに、いまの台詞には照れくさいという気持ちの方が大きいのは、単に聞きなれてしまったからか。
 はたまた、言ってくれたのが夕香先輩だからか。あるいは、女として過ごしているうちについに心まで女側に傾きかけているからか。
「うぅ~」
 身震いがしてきた。できれば、相手が先輩だからという理由を当確にしてもらいたい。
 少なくともあと数日はこの身体のままでいなければいけないのだ。今日でこの生活も終わりだと思っていたからか、元に戻れる日が余計に遠く感じられる。
「しかし、この写真には違和感がある」
「え?」
「可愛らしいキミの姿は、これまでにも何度か見たことはある。だが、どこがとはいえないが、これは何かが違うような気がしてならないのさ」
 薄く笑いを漏らすと、先輩は両手の親指と人差し指で長方形を作り、そこから俺を覗き込んだ。
「写真はありのままを写す。そこに嘘はなく、あるのは人の先入観だけだ。……さて、ファインダーを通して見る藤くんに違和感を覚える私は、いったい何を思い込んでいるのかな」
 自問しているようで、質問をされているようにも聞こえる台詞だった。まわりくどい言い方に、話がうまく見えてこない。
「あの先輩、さっきから何を」
「いや、すまない。忘れてくれ」
 覗き窓を崩し、目線を二枚の写真に戻すと、気を取り直すようにして腕を組み写真の選抜を再開する。
 ひょっとすると、気付いてくれているのかもしれない。
 明確な言葉にこそ出していないけれども、先輩は俺が本当の藤ではないと勘付いている。そんな期待が膨らんでいった。
 正直に、言ってしまおうか。
 いままでのことを、全部。
「あ、あのっ、先輩」
「うん?」
 言葉はノド元まで出掛かり、しかし結局、そこから先は紡ぎ出せなかった。
 言ったら、嫌われてしまうかもしれない。
 不可抗力とはいえ、先輩のスリーサイズを知ってしまったり、藤にしか明かしていなかった内面を知ってしまったりと、後ろめたい出来事がないわけではない。そのことが余計に、俺の漠然とした不安を煽る。
「こ、これっ」
 これ以上この話題を続けていく勇気を失った俺は、ごまかすように、持ってきたパウンドケーキを先輩の前に差し出した。
「誕生日、おめでとうございます。ちょっと、いろいろあってこんな物しか作れませんでしたけど」
「ふ、藤くんが作ったのかい?」
 ひくっと口端を吊り上げ、笑顔を失敗したような表情を見せられる。
 改めて思うが、夕香先輩はどんな表情をしていても可愛い。気持ちをあまり顔に出さない分、たまに見せるあからさまな表情には強烈な破壊力があった。
 だからこそ余計に、嫌われてそれを失うのが、怖い。
「その、いや、気持ちは嬉しい。嬉しいん、だが……」
 ここまでうろたえているところを見ると、先輩は前に藤の手料理で酷い目にあった過去があるのかもしれない。まさかとは思うが、あの女は砂糖の代わりに塩なんていうベタで冗談のような失敗でもしたんだろうか。
「ちゃ、ちゃんと味見しましたから」
「あ、ああ……」
 先輩はあからさまに不安げな顔をして、プラスチックのタッパーを開けた。
 よほどの物を食べさせられたのか、恐々とした様子を見せる指先で一口サイズのパウンドケーキを摘む。
 ケーキと俺とを交互に見比べると、先輩は髪を揺らさずに小さく頷いた。
「そうだね。どんな物であれ、食べないのは失礼だ」
 その言い草の時点で充分失礼なわけなのだが、急ピッチで仕上げたために自信を持ってお勧めできる味にはできなかったのも確かなので文句は言えない。
 先輩は息を吐くほどにしか開かれなかった口の中に、摘んでいたカステラ風の菓子パンを押し込んだ。
 一口サイズのくせに半分しか減らなかったケーキを持ったまま、もくもくと小さなアゴを動かす。食べてから飲み込むまでの十秒にも満たない短い時間が、やけに長く感じられた。
「ど、どうです?」
「……おいしい」
 信じられないといった風に、先輩の口がたった四文字しかない言葉を紡ぎ出す。
 それだけで、俺は全てが報われたような気分になった。
 嫌われてしまうという不安も忘れ、ただひたすら嬉しさがこみ上げてくる。我ながら単純だと思うが、作り手にとってその台詞は、どれほど綺麗に飾られた評価よりも胸に染み入る一言なのだ。

 藤も和弥もいない静かな時間が、写真関係の雑誌に囲まれた狭い部室に流れる。
 自販機から買ってきた缶の紅茶と小さなパウンドケーキをお供にして行われるお茶会は、夕方の五時を報せる鐘を区切りに閉幕となった。
「藤くん。今日はありがとう」
「え? あ、いや、こんなのでよければ、いつでも作りますし」
「ふふっ、なら今度は、私の家で夕食を振舞ってくれないかな。ここまで上達していたと知れば、父もきっと喜ぶ」
 公園で出会った妙に若い男を思い出す。その気はないのに身体はキョウスケに反応したのか、ちょっとだけ胸が高鳴った。
「イヤ、かな?」
「い、いえっ。いつか、絶対に作りにいきます!」
「うん、ありがとう。一人で食べるよりも二人。二人より三人のほうが、きっと楽しいだろう」
 三人。という言葉が、少し引っかかった。
 話の流れからするに、先輩と、父親と、俺。内訳はこんなところだろう。
 そこで、一つの名前が挙がっていないことに気がつく。そもそも先輩の父親をターゲットにする以上、藤にしてみれば最大の障害があるのだ。なのに、一度だって藤はその存在を気にする素振りをみせなかった。
「あの……」
「うん?」
 夕香先輩の母親は、どうしているのか。
 聞けばきっと答えてくれるだろう。だがこの話は先輩にとって決して愉快な話ではないと、入れ替わって以来なぜか百発百中の直感が告げていた。
「いえ、なんでもないです」
「そうかい? おかしな藤くんだね」
 立ち入ったことは、いまは聞くべきではない。聞いたところで、それを知ったのは先輩にとって、あくまで〝藤〟だ。
 だからこの些細な違和感は、せめて元に戻るときまで、胸のうちにしまっておくことにした。
「ふぅ」
 まるで俺の気持ちを代弁するかのように夕香先輩がため息をつき、壁に掛かった時計を見上げる。
 そういえば、十分ぐらい前にも同じ仕草を見た。
「誰か待ってたんですか?」
「ふむ、さすがだね。その洞察力にはおそれ……」
 いつもみたいにやや大仰な褒め言葉が飛んでくると思いきや、先輩はなんの前触れもなく、いきなり小難しい顔つきを始める。
 鋭い眼差しを何度かしばたたかせ、やがてまぶたを下ろして黙考し出した。
 怒っているわけではないだろう。無表情が率先して顔に出てくる普段の先輩に戻っただけだ。
 ただそれだけのことなのに、俺は何か失言をしてしまったのかと、もやもやとした焦りを生む。
「キミは……」
 ようやく口を開いてくれた先輩だが、それ以上の台詞は出さずに、自分の寂しい胸元を見て軽く首を振った。
 自分の胸の大きさに落胆した、というわけではもちろんないだろう。そんなことは今更過ぎるし、大きければいいものではないとこの身体になってからは特にしみじみと思う。肩は凝るし走るとき邪魔で仕方がない。などとそんなどうでもいいことを考えている辺りになかなかの余裕が見え隠れしているかもしれないが実際にはそんなことはなく、いろいろと混乱中だったりしていた。
「……いや、なんでもない。そろそろ帰ろうか」
「は、はい」
 些細なことで恐々としてしまうのは第六感が鋭いのか、それとも情報伝達の電気が脱線しまくった思考回路の成せるわざか。あるいは、俺が気弱すぎるのか。
 なぜかそのとき、俺に向ける先輩の目が、疑いの色を持ち始めたような、そんな気がしてならなかった。


 藤は、宣言通りに行動を開始していたことが早速わかった。
 なんでも、学校が終わればすぐさま夕香先輩の自宅へ行き、親父の手伝いを買って出ているという話を、翌日の部活中に先輩から聞かされたのだ。
 嬉しいことに俺の性格をよくわかってくれていた夕香先輩は、まさか自分の父親とここまで気が合うとは思っていなかったと言って驚いていた。まさにその通りで、陽気で軽快なのは結構だが、そういったテンションで人にジャイアントスイングを仕掛ける人間を、俺はどうも苦手としている。
 逆に、ぶんぶん振り回されてもそれを大笑いできる藤ならば、あの父親とは直感だけで意思疎通を可能にするぐらい、仲良くなれるだろう。
 相変わらず、あの女は元に戻ったあとで俺が困るなんて殊勝な考えは持っていないらしい。
 ならばこっちも好き勝手してやろうと俺が取った行動は、奨励祭に向けてのケーキ作りに精を出すことだった。
 夕香先輩の反応から、藤は裁縫の腕がプロレベルでも、料理の腕はからっきしだということが窺える。そんな女が、無駄に露出率の高いガイド服を着て、美味しい手作りケーキを振舞う光景は、きっと学校中に旋風を巻き起こすだろう。
 さらには俺自身も気兼ねなくお菓子作りの腕が揮えるという、おいしい特典付きだ。
 衣装はすでに完成し、いまは夢の島ルームに保管されている。
 夕香先輩にはサプライズ発表したいのだということで、当日まで伏せておく予定で藤から押し付けられたのだ。
 藤は自分がサイズを間違うはずはないと言い切り、試着も当日までのおあずけにされている。
 だが藤のことだ。動けば糸がほつれるような、そんな小細工が仕込んでいないとも限らないので、内緒で先に試着してみた。見ているうちに無性に着てみたくなったとか、そんな意図は決してない。いや、いまの思考ノイズはナシ。初めからナシ。
 そんな、自分の感覚が徐々に女性化していっているような日々に恐れおののき、その傍らで時は無常に過ぎ去り、奨励祭の日は着実に近づいてきた。
 ――ある日は設営準備に追われ。
「ケーキは作り置きするとして、どうやって保存するんだ?」
「家庭科室に小さい冷蔵庫あったよね。それ借りようよ」
「……脅すなよ?」
 またある日は、夕香先輩が衣装を恥ずかしがり。
「ふ、藤くん。この衣装はさすがに、その、なんだ」
「わかりました、上に何か羽織ってください。というかむしろお願いします。先輩の肌をさらそうとしたアタシが馬鹿でしたぁ!」
「ああ、助かる。……キミが前言撤回とは珍しいね」
 とある日などは、和弥に迫られ。
「仕事のシフトは男女ペアがいいに決まっています。だから藤先輩は自分と組むのでありますっ」
「いや、その理屈は……正しいけど却下。公平にクジ引きだ」
「男二人によるガイダンスなんて、誰が得するのかさっぱりなんだけど」
 それでも特に大きな問題は起きず、比較的平和に過ごしながら。
 いよいよ奨励祭の日――今度こそ元の身体に戻れる日が、始まるのだった。
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Author:巫

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・小説モドキを主に不法投棄します
・えろいといえなくもない表現を時々するため、10代前半以下の方の閲覧はお勧めしません

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・ぬるい目で見守っていただければ重畳
・……上記のように妙な言い回しをする悪癖あり

・モドキとはいえ小説を公に無断転載してはいけません 常考
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